愛に生きて、逢いに来て。
「…鬼灯様、眠れません」
「だからって何故私の部屋に来るんですか」
はぁとため息をついたものの、無言で布団をめくってわたしを招き入れてくれる鬼灯様、大好き。
「鬼灯様あったかいです」
「夜気にあたった死乃冷たいです。そもそも亡者だから冷たいです」
その言葉の方が冷たいですよ鬼灯様。
だけど、ぎゅって、抱きしめてくださるから、許しちゃいます。
「冷たくてごめんなさい」
「…私が、あたためますから」
「ありがとうございます」
お気に入りのぬいぐるみを抱いて寝るよりも、遥かに心地よい。
ぬいぐるみもわたしも、熱ないから。
鬼灯様は、何も言わずにただ腕に力を込める。
「っ、鬼灯様、苦しいです」
「そうですか」
とは言ったものの、力を緩めてくださらない。
更に力が入ることはなくなったけど。
「……」
「……」
暫く、沈黙が支配する。
やけに冷たい空気が頬を撫でる。
「…死乃?」
呟くと、
「はい?」
返事がくる。
当たり前のような気もするが、なんだか、当たり前ではないような気もする。
どうしたことだろう。
死乃を抱きしめているはずなのに、確かに目の前にいるはずなのに、
感覚が無い。
「死乃…」
返事が無い。
私の中で、不安が掻き立てられる。
目の前に彼女はいる。
「…眠って、しまったのですか…?」
情けないことに、自分の声は震えていた。
少し身体を離して少女の顔を見る。
真っ白な頬。
閉じた目。
長い睫毛にかかる、切り揃えられた前髪。
「……死乃」
思い出したくないことを、思い出しそうになって、死乃を抱きしめた。
相変わらず、死乃は冷たかった。
「閻魔大王様ァ、河原の掃除の報告書なんですけど〜…」
「あ、それは鬼灯君に……あ…今日いないんだ」
「え?鬼灯様、非番ですか?なにかご用があるんでしょうか…珍しい」
「いや…、彼、この日は必ずなんだよね」
少しだけ、気まずそうに閻魔大王が言う。
大きな体を縮こませ、バツが悪そうな顔をする。
「毎年この日になると、部屋に閉じこもるんだ。…一人で」
「死乃」
耳元で囁くが、彼女は目を開けない。
自分の身体は布団の中であたたまっているのに、死乃はちっともあたたかくならない。
「…死乃」
布団に散らばった彼女の美しい黒髪を手ぐしで整える。
彼女の自慢の髪。
それでも、彼女はこの体を捨てた。
「「転生?」」
「うん、転生」
2人の獄卒を前に、閻魔大王が語る。
「転生しちゃったんだ、死乃ちゃんは。やらなきゃいけないことを思い出したって」
それまで閻魔大王と鬼灯の下で働いていた死乃。
鬼灯の告白で結ばれた2人は、それに現を抜かすこともなく、仕事もしっかりやっていた。
噂によると、2人の時間には本当に仲睦まじく、見ている周りまで幸せになるほどであったらしい。
「結局、やらなきゃいけないことっていうのは、わからずじまいなんだけどね」
彼女がいなくなってからも、鬼灯は全く変わりはなかった。
いつものように落ち着いた表情で閻魔大王に仕事をしろと罵倒し、獄卒たちに指示を出し、天国の視察にいったりと、たくさんの仕事をこなしていた。
「ひとつ、変わったような気がするのは、笑顔が減ったことかな…」
もともと、たいして笑うことはなかったが、死乃といるときは、時々微笑むようなことがあった。
「だけどね、彼女が消えて一年経ったこの日…」
彼が、ポツリと言ったんだ。
『死乃が、私に会いにきてくれるんです』
その日はどこか上の空で、食堂に連れていっても何も食べてくれなくて、仕事もミスが連発した。
「これはおかしいと思って、その日は彼を早退させたんだ」
次の日、彼はけろっとしていて、普段通りに仕事をこなした。
それとなく昨夜どうしたのかと聞いたら、
『寒いからって、また私の部屋に来ましたよ。死乃は寒がりですからね』
ふふ、と微笑んだ彼の顔は忘れない。
『死乃の意識が私に会いにきてくれるんです』
勿論、最初からわかっていました。
只、あの時のように振る舞いたくて。
只、一瞬だけ、いやあなたのいるひとときだけでいいから、現実を忘れ去りたくて。
只、そうすることで、あなたを、死乃を救いたくて。
否、救われていたのは私でしたね。
「…今年も、会いに来てくれてありがとうございます」
まるで寝ているみたいだった。
今にもパチリと目を開け、鬼灯様、と、笑いかけてきそうな…。
「……」
忙しい毎日のなか、片時もあなたを忘れずにいさせてくれる、一年に一度の逢瀬。
愛しい死乃の唇に、キスを落とした。
眠り姫のように恋人の口づけでは目覚めないけれど、彼女を取り巻く全てが茨の森にはなりませんように。
「お気をつけて」
「……」
見慣れた天井。
自分じゃない、布団でもない、確かな他人のぬくもり。
あたたかい夢を、みていた気がする。
「……ほお」
「死乃っ!!」
「か、香ちゃん?」
「死乃っ!あんたっ今日休みって聞いて心配したんだから!!」
今にも泣きそうな顔の友人。
少し慌ててしまうが、嬉しくもなる。
「あ、はいこれ、クラスのみんながあたしに託してくれた!お見舞いね!」
がさ。
手渡されたのは、普通のレジ袋。
「ほら、この前死乃、"なんか好き"って言ってたじゃん?この…あの…」
「…ホオズキ?」
「そうそれ!!造花だけどね」
ホオズキ…。
鬼灯、
鬼灯、様?
「あとこれ!ミルクプリンね!」
「…あ、これ高いやつ!」
「そ!みんなのお金だよ?滅多に休まない死乃だからさ、みんな心配したんだよ!あのさ、勘違いだったら悪いけど…毎年この日に休んでない?死乃」
「そうだっけ?」
「そうだよぉ」
プリンと香ちゃんを交互に見て、クラスのみんなの顔を思い出し、満たされた気分になる。
わたしの分だけかと思ったら、もう一つ出てきたので、2人して笑った。
ぺり、蓋を開けると、白いプリンが揺れた。
小さなスプーンで、プリンを、ぬくもりの残る唇に運んだ。
「ふぁ…あれ!鬼灯君、今日早いね!」
「おはようございます閻魔大王。早いねじゃないです、今日も仕事たっぷりありますからね」
「ヒィ…」
fin.
公開:2013/05/23/木
「…鬼灯様、眠れません」
「だからって何故私の部屋に来るんですか」
はぁとため息をついたものの、無言で布団をめくってわたしを招き入れてくれる鬼灯様、大好き。
「鬼灯様あったかいです」
「夜気にあたった死乃冷たいです。そもそも亡者だから冷たいです」
その言葉の方が冷たいですよ鬼灯様。
だけど、ぎゅって、抱きしめてくださるから、許しちゃいます。
「冷たくてごめんなさい」
「…私が、あたためますから」
「ありがとうございます」
お気に入りのぬいぐるみを抱いて寝るよりも、遥かに心地よい。
ぬいぐるみもわたしも、熱ないから。
鬼灯様は、何も言わずにただ腕に力を込める。
「っ、鬼灯様、苦しいです」
「そうですか」
とは言ったものの、力を緩めてくださらない。
更に力が入ることはなくなったけど。
「……」
「……」
暫く、沈黙が支配する。
やけに冷たい空気が頬を撫でる。
「…死乃?」
呟くと、
「はい?」
返事がくる。
当たり前のような気もするが、なんだか、当たり前ではないような気もする。
どうしたことだろう。
死乃を抱きしめているはずなのに、確かに目の前にいるはずなのに、
感覚が無い。
「死乃…」
返事が無い。
私の中で、不安が掻き立てられる。
目の前に彼女はいる。
「…眠って、しまったのですか…?」
情けないことに、自分の声は震えていた。
少し身体を離して少女の顔を見る。
真っ白な頬。
閉じた目。
長い睫毛にかかる、切り揃えられた前髪。
「……死乃」
思い出したくないことを、思い出しそうになって、死乃を抱きしめた。
相変わらず、死乃は冷たかった。
「閻魔大王様ァ、河原の掃除の報告書なんですけど〜…」
「あ、それは鬼灯君に……あ…今日いないんだ」
「え?鬼灯様、非番ですか?なにかご用があるんでしょうか…珍しい」
「いや…、彼、この日は必ずなんだよね」
少しだけ、気まずそうに閻魔大王が言う。
大きな体を縮こませ、バツが悪そうな顔をする。
「毎年この日になると、部屋に閉じこもるんだ。…一人で」
「死乃」
耳元で囁くが、彼女は目を開けない。
自分の身体は布団の中であたたまっているのに、死乃はちっともあたたかくならない。
「…死乃」
布団に散らばった彼女の美しい黒髪を手ぐしで整える。
彼女の自慢の髪。
それでも、彼女はこの体を捨てた。
「「転生?」」
「うん、転生」
2人の獄卒を前に、閻魔大王が語る。
「転生しちゃったんだ、死乃ちゃんは。やらなきゃいけないことを思い出したって」
それまで閻魔大王と鬼灯の下で働いていた死乃。
鬼灯の告白で結ばれた2人は、それに現を抜かすこともなく、仕事もしっかりやっていた。
噂によると、2人の時間には本当に仲睦まじく、見ている周りまで幸せになるほどであったらしい。
「結局、やらなきゃいけないことっていうのは、わからずじまいなんだけどね」
彼女がいなくなってからも、鬼灯は全く変わりはなかった。
いつものように落ち着いた表情で閻魔大王に仕事をしろと罵倒し、獄卒たちに指示を出し、天国の視察にいったりと、たくさんの仕事をこなしていた。
「ひとつ、変わったような気がするのは、笑顔が減ったことかな…」
もともと、たいして笑うことはなかったが、死乃といるときは、時々微笑むようなことがあった。
「だけどね、彼女が消えて一年経ったこの日…」
彼が、ポツリと言ったんだ。
『死乃が、私に会いにきてくれるんです』
その日はどこか上の空で、食堂に連れていっても何も食べてくれなくて、仕事もミスが連発した。
「これはおかしいと思って、その日は彼を早退させたんだ」
次の日、彼はけろっとしていて、普段通りに仕事をこなした。
それとなく昨夜どうしたのかと聞いたら、
『寒いからって、また私の部屋に来ましたよ。死乃は寒がりですからね』
ふふ、と微笑んだ彼の顔は忘れない。
『死乃の意識が私に会いにきてくれるんです』
勿論、最初からわかっていました。
只、あの時のように振る舞いたくて。
只、一瞬だけ、いやあなたのいるひとときだけでいいから、現実を忘れ去りたくて。
只、そうすることで、あなたを、死乃を救いたくて。
否、救われていたのは私でしたね。
「…今年も、会いに来てくれてありがとうございます」
まるで寝ているみたいだった。
今にもパチリと目を開け、鬼灯様、と、笑いかけてきそうな…。
「……」
忙しい毎日のなか、片時もあなたを忘れずにいさせてくれる、一年に一度の逢瀬。
愛しい死乃の唇に、キスを落とした。
眠り姫のように恋人の口づけでは目覚めないけれど、彼女を取り巻く全てが茨の森にはなりませんように。
「お気をつけて」
「……」
見慣れた天井。
自分じゃない、布団でもない、確かな他人のぬくもり。
あたたかい夢を、みていた気がする。
「……ほお」
「死乃っ!!」
「か、香ちゃん?」
「死乃っ!あんたっ今日休みって聞いて心配したんだから!!」
今にも泣きそうな顔の友人。
少し慌ててしまうが、嬉しくもなる。
「あ、はいこれ、クラスのみんながあたしに託してくれた!お見舞いね!」
がさ。
手渡されたのは、普通のレジ袋。
「ほら、この前死乃、"なんか好き"って言ってたじゃん?この…あの…」
「…ホオズキ?」
「そうそれ!!造花だけどね」
ホオズキ…。
鬼灯、
鬼灯、様?
「あとこれ!ミルクプリンね!」
「…あ、これ高いやつ!」
「そ!みんなのお金だよ?滅多に休まない死乃だからさ、みんな心配したんだよ!あのさ、勘違いだったら悪いけど…毎年この日に休んでない?死乃」
「そうだっけ?」
「そうだよぉ」
プリンと香ちゃんを交互に見て、クラスのみんなの顔を思い出し、満たされた気分になる。
わたしの分だけかと思ったら、もう一つ出てきたので、2人して笑った。
ぺり、蓋を開けると、白いプリンが揺れた。
小さなスプーンで、プリンを、ぬくもりの残る唇に運んだ。
「ふぁ…あれ!鬼灯君、今日早いね!」
「おはようございます閻魔大王。早いねじゃないです、今日も仕事たっぷりありますからね」
「ヒィ…」
fin.
公開:2013/05/23/木
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