赤ちゃんできました!
そろそろお昼か。
ぼんやりと時計を見て気づく。
お腹も空き始めたころのこと。
ドタドタ…
騒々しい音。
誰なのかだいたい予想はつく。
「鬼灯様っっっ!!」
やはりか。
はぁ、とため息を吐いて、騒がしすぎる彼女を叱ろうとする。
が。
直後、鬼灯は固まることになる。
赤ちゃんできました!
いち早く反応した(できた)のは、ちょうどその場にいたお香。
「えぇ!死乃ちゃんそれ本当なの!?」
次に、これまた偶然居合わせた唐瓜。
「ままままじか!いつ予定日なの?」
次に、茄子。
「えー!すごーい!いつヤったの?」
更に閻魔大王。
「おめでとう!!死乃ちゃん、等活地獄は人手足りてるし、しばらく休みなよ!」
肝心の鬼灯は、固まったまま。
「あー…ほ、鬼灯様?おーい」
死乃が肩をトントンと叩くと、はっと我に返った鬼灯。
途端に、目を見開いて死乃の両肩を掴む。
「死乃!!こんなとこで何ヘラヘラしてんですか!!早くベッドで寝ていなさい!!安静にしてなさい!!ストレスになったらどうするんですか!!あなた自分のことわかってるんですか?お腹に新しい生命が宿っているんですよ!?妊婦ですよ!?少しは自分の身も案じなさい!!!!」
「え……あ、はい…すみません…」
吉報を届けたのに突然愛しの相手に怒鳴り散らされ、混乱する死乃。
鬼の形相(鬼か)の鬼灯に、その場のみんなが萎縮してしまう。
「…こんな鬼灯君初めて見たよ」
「普段はあんなに冷静なのに…」
「それだけ、重要だってことねェ」
逆に、鬼灯以外がみんな冷静になっていた。
「担架!担架!早く担架を!!死乃を私の部屋のベッドまでなるべく動かさずに運びなさい!!ほら皆さん動いて!!!」
「む、無茶言うなぁもう…」
「ままま、待ってっ!鬼灯様!とりあえず落ち着いて!?鬼灯様が冷静でなくて誰が冷静でいればいいの!?」
ぴた、鬼灯の動きは止まったが、死乃の言っていることもメチャクチャだった。
「あ…あの…」
「…すみません、取り乱しました」
すぐにいつものポーカーフェイスに戻り、安心したような寂しいような…。
「…で、死乃」
「はっ、はい!」
「大丈夫ですか?」
「え…?何が…」
「出産、です」
大丈夫か…。
鬼灯が心配するのも無理はない。
死乃は、もともと体が強い方ではないからだ。
「……」
目で、何かを死乃に訴える鬼灯。
その何かを感じとった死乃は、小さく微笑んだ。
「鬼灯様を残して何処にも行けないよ」
「……死乃」
(あの鬼灯君が、とうとうパパになるのか…。)
いい雰囲気になる2人を微笑ましそうに見るのは閻魔大王。
(ふふ、2人ともあんなに嬉しそう…。一体どんな小鬼が生まれてくるんだろう?死乃ちゃんに似ておっとり可愛いとか…鬼灯君に似て…鬼灯君、に、似て…鬼灯君……)
『おっさん、パパのしごとふやさないよーに、パパのぶんもしごとすれば?はいこれ、預かってきたから。手ぬくなよ』
………。
「ヒィィイイ…」
「?閻魔大王、どうしました?」
「…なぁなぁ」
「ん?」
感動の渦がみんなの心(ついさっき一部を除き)を温めるなか、好奇心に負けた茄子は唐瓜に耳打ちをした。
「妊娠ってことは、鬼灯様は死乃ちゃんに中出し…」
「どわぁぁっ!!やっやめろっ!!」
「え、なんでだよ〜事実じゃ」
「まぁ、事実ですよね」
「うわぁ鬼灯様!!」
「や、やめて…」
茄子の耳打ちはみんなに聞こえるレベルでした。
茄子は悪びれる様子もなく、好奇心に任せて質問した。
「攻めは鬼灯様ですよねぇ」
「そりゃあもちろん」
「ちょ、茄子…」
「そういえば、死乃ちゃんって鬼灯様と同棲してますよね?やっぱ毎日ヤっちゃうんですか?」
「死乃の身体のことを考えると毎日はキツイんですよね。寝るときとか、ほんと辛いです」
「え、同じベッド?」
「もちろん。生殺し状態ですよ」
「わぁつらい…」
「我慢は大変ですが、死乃のためならなんとか」
「妊娠のはいつヤったんですか?」
「そうですねぇ…決定的だったのは…」
「や、やだっ!やだぁ!鬼灯様!!」
「嫌ですか」
赤面する死乃をじっと見つめて、可愛いですねと一言、更に赤くさせる。
あれよあれよと聞く茄子も茄子だが、答える鬼灯も鬼灯だ。
「茄子くんも、そーいう話はなるべくわたしのいないところでやってよっ」
「あ、ごめん…」
「ったく…お前は…」
「あの日、本当は中に出すつもりはなかったんですがね…。死乃が中に出してって」
「うわぁぁぁぁぁぁぁ!!!」
死乃の絶叫で後半はほとんどかき消されたが、要点はみんな聞いていた。
「死乃ちゃん大胆だなぁ〜…あれ、唐瓜どこいくの?」
「おまっ空気よめ!」
「死乃で抜くことは許しませんよ」
「あの、一応、ここ閻魔殿ね」
「もォ…みんなお下品ねェ。死乃ちゃん、あたしと少し散歩行きましょ!少しなら歩いても平気よね?」
「あ、はいっ!お香さん!」
「桃源郷…?」
「そ、白澤様にお薬もらいましょ!」
ぐい、と手を引かれ、なかば強制的にお店に押し込まれた。
「あ…」
なるべく白豚には会うな。
鬼灯に言われた言葉を思い出すが、まぁいいかとお店に入る。
「ににに妊娠!?死乃ちゃんが!?」
「えー!おめでとうございます!」
「あはは…」
「てか死乃ちゃん鬼灯とデキてたの!?」
そこからか。
鬼灯が彼をどれだけ嫌っているのか、わかった気がする。
「あらァ、結構有名でしたよォ?」
「あり、えない…あんなサディスト鬼…」
ブツブツ言いながらも、つわりに効くような薬を探してくれた。
死乃の腰に手を回す白澤。
鬼灯様との赤ちゃんできたっつったろうが。薬探せよ。
「てかね、死乃ちゃん。昔、鬼灯は堕胎薬にも使われてたんだから、あんな奴の近くにいたら流産しちゃうよ」
「なんですかそれ」
「うわぁぁぁまた突然現れたなお前は!!!」
脱兎のように飛びのいた神獣。
ボソリと呟く鬼灯。
「…死乃に触ってんじゃねぇよクソ豚が」
「お、お前そこまで言うキャラじゃなかっただろ!?」
「とにかく死乃、薬をもらったら早く地獄に帰りましょう。というか、一刻も早く帰りましょう。というか、帰りたいです」
「お前の意思じゃん!!死乃ちゃんを巻き込むな!!」
「うるさい豚ですね。早く豚足で薬探してくださいよ」
「なんなんだこいつ…ほんとヤな奴だな…人にもの頼む態度じゃないっ」
「人じゃないだろうが」
「知ってるわうるさいないちいち!」
苦笑いする死乃。
そういえば、何故鬼灯はわざわざここまで来たのだろうか。
…心配してくれたのかもしれない…。
理由はともあれ、死乃は嬉しかった。
桃太郎からはいと渡された薬を受け取り、ケンカがヒートアップする前に鬼灯を引っ張ってお香と地獄へ戻った。
じゃあここでとお香と別れ、鬼灯と死乃は並んで歩く。
「死乃」
「なに?」
「無事に産んでください」
「…うん」
「できる限り、私もサポートしますから」
「ありがとう」
「…死乃を失いたくありません」
「……鬼灯様」
急に真剣な声になるので、少し不安を感じた死乃。
しかし、きっと、鬼灯の方が不安に決まっているだろう。
ぴた、と、立ち止まる鬼灯。
「…ずっと、隣にいてください」
涼風がさっと吹いた。
死乃の髪の毛先が、鬼灯の着物に触れる。
一瞬驚きつつも、小さな彼女の背中に腕を回した。
「鬼灯様なしで何処にも行けないよ」
鬼灯が死乃の額にキスを落とすと、死乃は背伸びして鬼灯の唇にキスをした。
そっと伸ばされた大きな手は、死乃の下腹部に。
「…いるんですね、ここに。私と死乃の子どもが」
「…うん、いるよ」
ふっと微笑んだように見えた鬼灯の顔。
「今まで以上に大切にさせてくださいね」
「鬼灯様の疲れない程度で」
死乃の頭にぽんと手を乗せると、そういえばお昼ですね、と言った。
食堂行こっか、と死乃。
同意した鬼灯。
しっかりと繋がれた手。
硬い地獄の地面を、柔らかい草履で踏みしめて、2人並んで歩いた。
「死乃ちゃん、この書類よろ…」
「私がやります」
その後、死乃の分も働く鬼灯が見られたとか。
fin.
○あとがき
妊娠したら薬とかはあんまりよくないらしいですね…。
お腹のなかの赤ちゃんによくないとか。
この話では普通に薬貰いに行っちゃってますが…笑
公開:2013/05/29/水
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