神獣フード
「あっ死乃さん!」
「こんにちはー。鬼灯様にパシられて来ましたー」
「すみません、まだ出来上がってなくて、今白澤様が作ってるんです」
「そんなにかからないですよね?待ってますよ」
「あ、じゃあ今お茶出しますね」
「あらーありがとうございます!」
「中にどうぞ」
「はーい」
「死乃ちゃん!よかったーあいつが来るかと思ってたからさー」
白澤様は、大きな釜の中の液体をかき混ぜながら笑った。
そうか、あんなに鬼灯様がここに来ることを嫌がってたのは、そういえばそういうことだったんだ。
椅子に腰掛け、出されたお茶を啜る。
特にすることもないので、ぼんやりと白澤様の手元を見ていた。
ふと腕時計を見れば、正午を少し回っていた。
心なしか、お腹が空いてきたような気がする。
あ、今日は鬼灯様に食事誘われてるんだ。
1時だったかな…遅刻したらヤバイ、あのデカすぎる金棒の餌食に…。
あーご飯のこと考えてたらすごい空腹感が…。
ウサギってそこらの草食べてればお腹満たされるんだよね。
いいなぁ羨ましいよなぁ。
…そういえば。
「白澤様って何フード食べるんですか?」
「いや、一応人間のフードで事足りるから」
白澤様、人型だから何にも疑問に思わなかったけれど、そう、彼は神獣なのだ。
しかし…なんともつまらない答え。
「じゃあ…神獣ってことは、獣ですよね?やっぱ草より肉派ですか?」
「草って…。僕は由緒ある神獣だよ?…まぁ、人型になって食べられる物はだいぶ変わったよ。…あ、でも、今も昔も好物は変わらないよ」
「好物?」
「うん、女の子」
「………」
ガタッ
椅子が音を立てた。
音を立たせたのは死乃であるが。
「帰ります」
「白澤様ー、薬でき…えぇ!?なんで!?死乃さん!」
「悪いのはこの白豚です。豚なんだから草食ってればいい。桃太郎さん、わたし帰りますね」
「草!?ちょ、白澤様!?死乃さんに何をしたんですか!」
荷物をまとめ、今にも帰りそうな死乃に、さすがの白澤も慌てる。
「わ、ごめんって、冗談だよ〜…でもまぁ…事実女の子も食べるけど」
「獣ってかケダモノかよ!!あーやだ〜こんなのの近くいたら獣臭くなりそう」
「大丈夫!死乃ちゃんは対象外だから!」
「……男だって言いたいのかよ!女じゃないって言いたいのかよ!…鬼灯様は、女性らしいって言ってくださったのに……このっ下衆豚!!!!」
バァン!
激しい音を立てた扉が若干歪んだ。
女性らしいってどこが…
とでも言いたそうな桃太郎をよそに、白澤はとあるワードに反応を示した。
「鬼灯……?」
「うっ…うぇっ」
「は、白澤様…?死乃さん泣いてましたよ…追いかけなくていいんですか?」
「…?僕追いかけなきゃいけないの?」
「…あ、あれ?白澤様、死乃さんのこと好きなのかと…」
「……。死乃は対象外…」
…なんで?
僕は、女の子なら誰だって対象じゃないか。
それに死乃は可愛い、スタイルもいい。
…何がダメ?
そう、わかっている。
「……鬼灯、だよ」
ひどい、ひどい、ひどい!
白澤様のばかやろー!!
いくらなんでもあんな言い方…わたしだって一応女の子なんだし、傷つくよ…。
そういえば、白澤様はほとんどの女性に優しい態度とるけど、なんかわたしだけそうでもなくね?
「…嫌われてたんだ」
…あーぁ、なんでわたし…。
好きになんか、ならなきゃよかった。
「死乃、こんなとこにいたんですか」
「鬼灯様…」
上司で、尊敬している鬼灯様。
そうだ、鬼灯様に頼まれて、代わりに薬をもらいにきたんだ。
白澤様に会えると…少し嬉しく思いながら。
「全く…帰りがあまりに遅いので、白豚さんに襲われてるんじゃないかと心配しました」
「す、すみません…心配かけてしまいましたか…」
はぁ、とため息をつく鬼灯様。
申し訳なくて、泣き顔を見られるのが恥ずかしくて、顔を上げられない。
「死乃」
ぐいっと顔を近づけられ、ドクンと心臓が高鳴った。
「あ…ほ、鬼灯様…」
「…」
片手で顔を掴まれる。
「…何があったんですか?」
突然のことに驚く。
何故、鬼灯様はわたしのことをこんなに気にかけてくれるんだろう?
まっすぐな眼差しに、目が逸らせない。
「…白澤さんに何か言われましたか?」
…うわ、図星。
勘が鋭いなぁ、鬼灯様は…。
「あ、の…えと」
「離せっ」
「「!!」」
意外な声だった。
いや、この状況で彼以外がそんな台詞を吐くのもおかしい気がするが。
「白澤様!」
「…何故貴方が」
はぁ、はぁ、息を荒げる白澤様に、急いできたんだとわかる。
なぜそんな必死に…。
ツカツカと歩み寄ってきて、わたしの腕をガッとつかんだ。
「死乃っ」
「あ」
鬼灯様から引き剥がすようにわたしを引っ張る。
「……いきなりやってきてなんなのですか、あなたは」
微かに苛立ちを込めた声。
鬼灯様はいつも以上に目をギラリと光らせ、白澤様を睨んでいた。
「…死乃」
「…?」
突然名前を呼ばれて、ビクッと震えてしまう。
「死乃は確かに対象外だよ。なんか、他の女の子はヤる目的で見ちゃうけど死乃は違うんだ。そんな風には見れない。死乃は食べられない」
「…は?」
鬼灯様は、頭のおかしい人を見るような目のまま素っ頓狂な声で言った。
「死乃、白澤さんと何を話したんですか」
「あ…えと、フードのことを…」
鬼灯様は頭にハテナを浮かべる。
そりゃあ、訳がわからないだろう。
「兎に角!死乃、僕は…」
途端に、顔が赤くなっていく白澤様。
え、なにこの人…あ、神獣か…、プレイボーイだと思ってたのに、とんでもねぇ可愛いじゃないですか。
「死乃、僕は君が好き。他の女の子よりずっと好きだよ」
……。
時間が止まったみたいに、わたしと鬼灯様は固まっていた。
ぎゅうっ
緊張でなのか、白澤様の手に力がこもる。いだだだだそれわたしの腕ですって。
「はい、よろしくお願いします」
痛みで涙目になりながらも、返事をすると、白澤様は顔をあげ満面の笑みを見せた。
鬼灯様の視線を感じ、ふと思い出す。
「お腹すきましたね、鬼灯様」
「えぇ、もう正午をだいぶまわっています。食堂行きましょう」
そういって、鬼灯様と地獄に帰ろうとすると。
「えっ!?今僕たち成立したんじゃないの?なんで死乃、鬼灯なんかと…」
「あぁ、今朝食事誘われてて。すみません白澤様、あ、ご一緒にどうですか?」
「こ、恋人なのに…まあ行くけど」
みなさん薬忘れてませんか?
「あー!釜の火つけっぱなしであの人は…てか、帰ってこねぇんだけど」
fin.
公開:2013/05/19/日
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