後編

「…私は…白澤様のことが嫌いです……!!」





「……あァ?」





あまりにも唐突な告白に、白澤は顔をしかめた。
いつもより低い声で、軽くドスをきかせる。
驚きが苛立ちに変わる。




「言っておくけどね、僕だった死乃が嫌いだよ。こんなの、ただの政略結婚。結婚したくてするものじゃないし。そんな相手のお前を、なんで結婚なんかしなきゃなの?って感じだよねー。お前は黙って、抱かれてりゃいーの」



何も返ってこない。
まずい、言い過ぎたか?
少し心配になったとき。




「…っう」




死乃は、泣いていた。


白澤はわけがわからなくなり、戸惑う。



だって、今さっき、僕のこと嫌いって言ったじゃん。
嫌いな奴から嫌いって言われて拗ねてるの?




…ねぇ…泣かないでよ、死乃。




「ごめ……なさ…っ」



死乃は、しゃくりあげながら言葉を紡いだ。



「嫌いだったのは…最近まで…っだったんです。貴方に笑われながらも、…貴方を追いかけていた過去の私は……本当は、白澤様のことが好きだったのではないかって…思えてきて。貴方は高貴な方だとわかっていたので…ついていくしかできなくて…」




「死乃…?」




白澤は、感じていた。



胸が高鳴るのを。




これは、初めての感覚だった。



否、幼い時に、この気持ちを封印する前に一度だけ感じたことがある。





気づいた。


自分は、目の前の健気な女性に恋をしていた…と。




「…死乃」



「…ひっく…はい」



白澤はぎこちなく腕を伸ばす。


彼女を、胸の中に収めてしまいたかった。




白澤は気づいていた。


死乃は、特別であると。


彼女は、そこらの遊女や淫乱な娘とは違う。




……大切にしたい。



触れただけで壊れてしまうような、ガラス細工。


そんなものに触れるかのように、彼は無意識に、そっと彼女の頬に触れていた。


女性と一対一の時には、すぐに押し倒してしまう彼としては珍しい、否、絶対にないことだった。



それだけ彼女を愛し、大切にしたいという気持ちが現れていた。




死乃もまた、彼の愛情の行為に身を任せていた。




優しく抱き寄せると、死乃は、昔と比べて広くなった白澤の胸に顔を埋めた。




重ねられた十二単に、腰まで伸びた髪に、柔らかな肌に、膨らんだ胸に、自らの体に触れる全てに、見える全てに、白澤は死乃の"女"を感じていた。



ふと思う。


死乃が嫌いだったら、彼女を振り払い一人でも遊んでいられた。


それでもついてくる彼女を…嬉しく思っていた。





頬に左手を添えると、幸せそうな笑顔の死乃は、自らの頬を手にすり寄せた。



軽く屈むと、顔を寄せた。


驚き戸惑うような彼女が愛しく、涙の跡の残る左頬に唇を触れさせた。


途端に死乃の顔は赤くなる。
目を逸らそうとする死乃を、頬に添えた左手が逃がさなかった。


またゆっくりと顔を寄せ、今度は唇どうしを触れせる。





やっと一つになれた2人。




逢えなかった時間を埋めるように、互いを確かめ合った。




穏やかな川のように、ゆったりと時間が流れた。










「…あらァ、桃太郎。白澤はどォ?」

「あ、奥方様!!えぇ、奥方様の仰った通りのようでした」



「うふ、やっぱりねェ。…あたしに見抜けない恋なんてないのよォ…」


「え…、どういうことですか?」



「あの子の幼少期、死乃姫と頻繁に会わせていたのよ。まぁ、最初は、両家の政略的な話を聞かせないためだったんだけどねェ。それでね、あの子ったら、段々と死乃姫に恋していったみたいで。でもねェ、きっと勢力の差がわかっていたのね、あの子は死乃姫じゃなくて、同等くらいの勢力を持つ高貴な女性ばかりを好むようにしていたみたいね」



「……」

「…あら、語りすぎちゃったかしら。…桃太郎?」

「あ…いえ、奥方様の洞察力があまりにも優れていらしたもので…」

「ふふ、貴方も早く結婚なされば?」

「…えっえぇぇ!?い、いいいえ、今はまだ…」

「あらそう?つまらないわねェ。…ところで、白澤は?」



くぁー。


真っ白なウサギが、日向で欠伸を一つ。




「あ、白澤様は死乃姫のところです」









「死乃〜〜!!」

「白澤様っ!!」





お終い。




公開:2013/05/07/火

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