お見合いから始めましょう


「エー、若利くんお見合いしたの?なんで?若利くんなら言い寄ってくる女の子いっぱいいそうなのに。」

天童はそんなふうに言っていたが、言い寄ってくる女の子というものに思い当たる節はなかった。
それに、見合い結婚をすることに対して何の疑問も抱かなかった俺にとってその質問こそ疑問だった。

理由を挙げるとしたら、母親が持ってきた見合い話に何の不満もなかった、ただそれだけのことだ。


見合いの席に来た日和は素朴な女性だった。
人並みの人生を歩んできたようで、人並みの趣味や特技。
ただ一つ、他人と秀でたものを挙げるとすれば、裁縫が上手い。それだけのようだ。

ただ、彼女を褒めた時。
軽く俯いて照れくさそうに笑うのが可愛らしいと思った。

彼女は俺がバレーの日本代表であることを知らなかったらしく、そのことを告げると大層驚いていた。



程なくして俺達の交際が始まった。
ほぼ結婚を前提とした交際だ。

女性との交際は初めてだったから、正直何をしていいかよく分からなかった。
そんな時は同期の天童(あまり参考にならなかった)や瀬見、大平に意見を聞いてみたりした。
ドライブだとか、水族館だとか、カフェだとか、普段あまり行かないレストランなんかに行ったりした。

バレーをやっている時のような爽快さは無かったが、自分の組んだデートプランで彼女が楽しそうにしているのを見るのは、少し楽しいと思った。


3ヵ月程の交際を経て結婚に至った。
白無垢を身に纏う彼女は、確かに清楚で美しかった。

新居を購入するまで、日和は俺の家で花嫁修業なるものを受けていた。
母親が厳しい人だったから辛かったんだろう、一人の時に部屋からすすり泣く声なんかも聞いた。
俺は声をかけていいのか悩み、結局部屋の前を素通りした。

「若利さん、お夕飯のご用意が出来ました。」
「…ああ。」

日に日に彼女の顔から、付き合っていた時の柔らかな笑みが消えているような気がした。



「手、どうした。」

彼女が洗濯物を畳んでいるのを見た時。
俺の目は彼女の手にいった。
たくさんの絆創膏が当てられており、所々で血が滲んでいる。

「あ…これは…お料理で、失敗してしまって。」

無理して笑う彼女に、俺は眉をひそめる。
そんなボロボロの手で、家事をこなしていたのか。

聞けば彼女は一人っ子で、家事は全て親がこなしていたらしい。
なので結婚してから俺の母親に高度な家事を求められ、着いていくのが必死なようだ。

あの時、声をかけなかったことを後悔した。


「大変だったんだな。気遣ってやれなくて、すまなかった。」
「そんな!若利さんは悪くありません。私が不器用だから…。」

俺は日和の隣に座り、洗濯物の山に手を伸ばした。

「若利さん!?大丈夫ですよ、私がやりますから。」
「いや、いい。俺にもやらせてくれ。」

手に取った衣類は、太陽に暖められてそのぬくもりが優しい。

「若利さ…、」
「一緒にやろう。夫婦なのだからな。」

そう言うと、日和は俯いて照れくさそうに笑った。

「はい。」


ゆっくりと時間が流れた。
縁側は太陽に照らされて暖かい。
雑談が途切れた時、俺はふと気になったことを問いかけてみた。

「日和。何故お前は見合い結婚を選んだんだ。」
「え…?」
「お前のような丁寧な女なら、言い寄ってくる男もいるだろうに。」
「そんな、私は大したことありませんよ…。」

日和はバツが悪そうな顔をした。

「そうですね…こんなこと、若利さんにお話するようなことではないと思いますが…。」
「気にするな。俺はお前の話が聞きたい。」

彼女が語ったのは、過去に交際していた男の話だった。
日和は結婚するつもりでいたそうだが、相手はそんな気はなかったらしく。
日和は一気に冷め、もう恋愛もしないと思っていたそうだ。
そんな時、見合いの話が持ち上がったらしい。

「なんだか、私には結婚する価値がないと言われたような、そんな気がしてしまって…。あ、でも、若利さんとのお見合いは投げやりになって決めたわけではないんですよ…?」
「そうか。」

彼女は慌てて取り繕うが、別に猜疑心を抱いたわけではない。
日和も他の男と交際していた時期があったのか。しかしそこでは失敗をしているようだ。
一度失敗したのなら、もう同じような思いはしたくないだろう。


「俺は女性と親密な仲になるのは日和が初めてだが、何の失敗もなかったと思う。」
「え…?」
「日和なら、いい妻になると思っている。」

俺が率直な気持ちを伝えると、日和は目を丸くして俺を見つめた。
それから口元を緩ませると、小さく頷いた。

「私、若利さんにとって素敵な奥さんになれるように頑張ります。」
「ああ。辛いことがあったら、教えてくれ。母さんにも何か言いづらいことがあれば、俺が代わりに伝える。」
「ありがとう、ございます。」

日和は糸が切れたように、じわりと目尻に涙を浮かばせた。

そんなに、辛かったのか。
力になれなかったのが、夫として、男として、情けないな。


俺は日和の小さな背中に手を添えた。



結婚して半年くらい経った頃。
俺達は念願の新居を購入した。
二人きりの生活は思った以上に自由で、日和は俺の実家にいた時よりも明るくなったように思える。
俺としても、今まで実家か寮生活だったので、妻だけが待つ一軒家に帰宅する日常が気楽でよかった。


そんな生活の中。
ある日里帰りした時に、母親の口から出た言葉に、悩まされることになる。

『若利さん、日和さんとの生活はどうです? 急かしているわけじゃないですけど、牛島家の跡取りとか…私も孫の顔くらい見たいですから。』

子ども、か。
考えてもいなかったが、親からしたら当然の願いなのだろう。

しかし、子どもを作るには必要な段階を踏まなくてはならない。
つまり、日和と情を交わす、ということだ。
彼女はどう思っているのだろう。
夫婦とはいえ、知り合ってまだ1年も経っていない相手に関係を迫られたら、どう思うのだろう。

夫婦だから仕方なく行為に至る、というのは、俺としても気分が良くない。

…日和はどう思っているのだろう。
二人暮らしになって、会話が増えたように思えるが、未だにその話題は持ち上がらない。



それは、ある日の朝のこと。
バレーの日本代表チームに選抜され、強化合宿に招集された。

出発は朝早いので、日和には無理に起きなくていいと伝えてあった。
しかし目覚めれば隣の布団はもぬけの殻だった。

台所へ向かうと、テーブルに、丁寧な包みが置いてある。
弁当だ。日和が作ったのだろうか。

ふと、台所に隣接しているリビングに目をやる。
そこのソファでは、眠りこける妻がいた。
早起きして弁当を作ったはいいが、疲れて寝てしまったのだろう。


そして俺は流しの台の上に置いてある料理雑誌に気付く。
『スポーツ選手の妻が提案するスタミナ弁当集』とか『栄養満点!家族が満足するお弁当』とか。

わざわざこんなものを買って、勉強したのだろうか。
俺の、ために?


俺はソファに沈む日和に近付き、そっとブランケットをかけた。
その寝顔を見て、なんだか無性に愛おしさを感じる。
頬を撫でると、日和は気付いて目を覚ました。

「あ…わかとし、さん…?」

かなり寝惚けているようで、ぼうっと俺を見上げる目はまだ焦点が合っていなさそうだ。
俺はおかしくなって、小さく笑う。
そしてゆっくりと顔を近付け、その唇に自らの唇を重ねた。

「……!」

状況を判断した日和が、大きく目を見開く。
実は、二人の初めてのキスだった。

「えっ…!わ、若利さん!?」

唇を話すと、日和は顔を真っ赤にして慌てる。
そんな妻が面白い。俺はポンと彼女の頭に手を乗せた。

「行ってくる。暫く家は空けるが、頼む。」
「へ、あ、…は、はい!」
「時間があれば、連絡する。」
「…!はい!」

これからバレーをしに家を出るのだけど、こんなにも帰宅が待ち遠しいなんてな。
そう思わせるのは、日和だからなんだろう。


「…土産に何か、美味いものを買って帰ろう。」


俺はいつもより軽い足取りで、新幹線に乗り込んだ。





幸せ、という言葉がよく当てはまると思う。
日和との日々は、幸せだと感じた。
バレーのことだけ考えていた時よりもよっぽど充実しているし、日和がいることでよりバレー選手としても充実している。

「若利さん、おかえりなさい。」
「ああ、ただいま日和。」
「今日は早かったですね。」
「そうか?練習が終わったのはいつも通りだった。早く帰りたかったのかもしれないな。」
「ふふ、そうでしたか。ご飯出来てますよ。」


妻と二人向かい合って、妻の手料理を食べる。
今日あったことなんかを語り合って、無意味に笑ったり相槌を打ったり。
至福とはこのことを言うのだろう。

「料理の腕を上げたな。」
「あら、そうですか?この前買った料理本がよかったんですかね。」
「いや、きっとお前の潜在能力なんだろう。」
「まぁ…それなら発揮できてよかった。」

疲れもいい具合にスパイスになって、より美味しく感じる。
それにしてもがむしゃらに姑の言う事を聞いていた時期よりよっぽど美味い。


「「ごちそうさまでした。」」

おかずも全て平らげ、満腹で心も満たされた状態になる。

「なぁ、日和。」
「はい。」

日和は簡単に皿を重ねながら、返事をする。

「お互いよく知らない状態から始まった関係ではあるが…俺はお前を妻として迎えることが出来て良かったと思う。日和が妻で良かったと思う。」

普段あまり言えない感謝は、思った時に伝えるのが一番だ。

「若利さん…。」
「お前はどうだ?日和。」

問いかけてみると、日和はすぐに微笑んだ。
いつもは俯いて笑う日和の笑顔。最近はよく真正面から見るようになった。
やはり、可愛らしい。

「…私も、若利さんでよかったです。若利さんが旦那さんで…すごく、幸せです。」
「そうか。よかった。」



今の時代、恋愛の末に結婚に至る場合が多いらしい。
それと比べれば、俺達は結婚がスタートみたいなものだった。
お互いのことも、歩み寄り方も、何もかも手探りだったが。

その熱はじわりじわりと帯びてくる。
愛しさもじわりじわりと滲んでくる。

これからも、俺達は末永く手を取り合って生きていくだろう。
そして、どちらかが命を終える時。
きっとそばには片割れがいるのだろう。

そんな未来を迎えるために。
愛した人とずっと愛し愛されるように。


「これからも、よろしく頼む。」
「はい!こちらこそよろしくお願いしますね。」






「ヘー、若利くんもパパになるのかぁ。」
「ああ。来月が予定日なんだ。」
「え、もしかしてそれで今シーズンの代表辞退したのか…?」
「そうだが。」
「マジかよ…ネットニュースになっててビビったぜ。」
「奥さん、きっと嬉しいね。牛島がそばにいて安心だと思うよ。」
「…ああ。やはり日和も不安だろうし。そばにいたいからな。」

携帯の待ち受け画面の妻を見つめ、牛島は微笑んだ。

彼の高校時代の同期たちは、そんな牛島を見つめる。


「…赤ちゃん産まれたら会わせてネ。」
「ああ。家に遊びに来るといい。」




fin.

公開:2017/12/21


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