遠山がたこ焼きたべたいらしいわ




「姉ちゃん!あんな、あっちにたこ焼きの屋台ぎょーさんあってな!」

大きな身振り手振りでこれでもかと喜びを表現する遠山は年相応でとても可愛らしい私の癒しだ。同い年だというのにテニス部の三年生は皆何故か大人びているし、二年生の財前も歳不相応に落ち着いている。そんな中で遠山の存在はきっとテニス部の誰からしても愛でる対象だろう。

「金ちゃん、たこ焼きは逃げないから!ゆっくり、ね?」
「えー、たこ焼きは逃げへんけど、姉ちゃんと一緒にたこ焼き食べる時間は少ないやんかー……」

今にも走り出そうとする遠山を必死に宥めるも、そんな可愛いことを言われてしまっては思わず私自身がクラウチングスタートを切ってしまいそうになる。

「じゃあ、一番奥から順番に回ってみようか!」
「やったー!たこ焼き食い倒れやー!!全部の屋台制覇して、食べ比べしよな!!」
「全部、は……いけるかなぁ……?」

つい先ほど食べ終えたパスタが入っている胃を服の上から不安げにさするが、遠山はそんなことお構いなしで私の手を引いてそのまま走り出した。

流石大阪というべきか、各々の屋台が誇らしげに一番美味しいたこ焼きを謳っているところをみると、昼食を食べてすぐなのにどうしても食べたい欲が高まってしまう。

「あー、ワイ、腹ペコで死にそうやー……どれから食べるか迷ってまうしどないしよー……」
「あ、じゃあ、私が一番近くの屋台で買ってくるからここ、場所取りしててくれる?」
「ええのん!?ほな、よろしゅう!!」

百面相のようにコロコロ表情を変える彼を元気付けようとまずはやっと空きが出たベンチ付近にある屋台でたこ焼きを買うことにした。手始めに一パックだけ買って遠山の元に戻れば、太陽みたいな笑顔であっという間に全てを平らげてしまう。

「あ!姉ちゃんが買うてきてくれたんに、ワイ、一人で食べてしもた……」

先ほどまでの太陽が消え、途端に眉尻を下げる遠山を咎めるなんて私にはできないし、むしろいっぱい食べる君が好き!状態なので、正直もっとたこ焼きを買い与えたい。

「気にしなくていいよ!私お昼ご飯食べてるし、金ちゃんお腹空いてたんでしょう?まだ買ってくるよ!」
「うーん、でもな、白石にな、姉ちゃんは女の子やさかい……困らせたらあかんって口酸っぱくして言われてんねん……」
「ふふ、金ちゃんが気を使ってくれる理由はそれかぁ……。でも、金ちゃんに振り回されるのも楽しいよ?」

後輩を甘やかしたい私は遠山の柔らかな髪の毛を優しく撫でる。すると、いつもなら寄りかかって甘えてくるはずの彼は徐に立ち上がった。

「……いや、やっぱあかん!」
「え?」
「いつもな、姉ちゃんがワイにしてくれてるみたいにな、ワイも姉ちゃんの役に立ちたいわ!」
「うーん?」
「せやから、ここで待っとってな!!ワイがたこ焼き買ってくるさかい!!!」
「え、金ちゃ……行っちゃった……」

引き止めようと伸ばした右手は空をかいて私は一人ベンチに取り残された。
でも、意外だ。テニスとたこ焼きが大好きな金ちゃんが私を優先してくれるなんて。これも、成長の兆しなのかな。なんだか、弟の成長を目の当たりにしてるみたいで心が温かくなる。

なんてことを考えていると突然やけに身に覚えのあるチャラついた男たちに囲まれた。……千歳にコーヒーをかけられた人たちだ。

「さっきは世話になったなぁ」
「ドルチェアンドガッパーナの香水がコーヒーに掻き消されてしもたわ」
「見たところあのえらいでっかい男おらんな?一緒に来てもらおか」

にこにこと人の良さそうな笑顔を貼り付けながら話しかけてくる男たちは先ほどのことを根に持っているらしい。

「帰ったんじゃ……」
「ネーチャンが一人になるの待っとってん」
「いや、その……」
「逃さへんで?」

今日は厄日なのかもしれない。ぐいぐい距離を詰めてくる男たちに恐怖を覚え、上手く声が出ない私は助けを求めようと当たりを見回した。すると、両手にたくさんのビニール袋を抱えた後輩が遠くに見える。

「はよ、行こうや」
「ぃゃ……!」

強く腕を引かれて身を捩る。近づいてきた遠山と目が合ったと同時に、パコンっという音が聞こえ、黄色い塊が男の手首めがけて飛んできた。

「いってぇ!!!!」
「は?……テニスボール?」
「おっさんら、何しとんねん」

先程まで抱えていたビニール袋を地面に落とし、ラケットを構えている遠山は今まで見たことないような形相で男たちを睨みつけている。

「なんだこのチビ……!」
「誰がおっさんや!!」
「姉ちゃん困らせるなら、ワイ、手加減出来へんで」

ポケットから再びテニスボールを取り出すと、私の腕を掴んだ男の顔面目掛けてサーブを打ち込んだ。う……痛そう。

「っち!!もうええわ!!」

男に吸い寄せられるかのように弧を描いたテニスボールは見事男の顔面へとクリーンヒットした。当人は鼻を押さえながら出口方面へと走っていく。それに続くように他の男たちも彼を追いかけて小さくなっていった。多分もう戻ってこないだろう。

「金ちゃん、ありが__」
「姉ちゃん大丈夫やったか!?」
「ぅあっ!うん、大丈夫。金ちゃんのおかげだよ……!ありがとう」

男たちが見えなくなるといつもの遠山がそこにいた。心配して駆け寄ってくれた彼を躊躇いもなく両手いっぱい広げて受け止めるが、猪突猛進してきた彼の威力を支えきれなかった私はその場に尻もちをついてしまう。

「ワイが姉ちゃん一人にしたから、怖い思いさせてしもた……」
「違うよ、金ちゃん悪くないから……!あ!そうだ!たこ焼き食べよう!」

地面に落ちているビニール袋を拾い上げて土を払う。うん、ビニール袋の中でソースはやんちゃしているが、食べる分には問題ないだろう。

「でも、ワイ……」
「はい、あーん!」

二本の爪楊枝で少し潰れたたこ焼きを突いて遠山の口に放り込んだ。彼はもごもごと口を動かすと幾ばくもなく悲しい表情は消えて、いつもの太陽のような笑顔が顔を出した。

「これめっちゃうまいで!!姉ちゃんが食べさせてくれたからかいな!?」
「ふふ、やっぱり金ちゃんには笑顔でいて欲しいな」
「それならワイだって!姉ちゃんには笑顔でおって欲しいわ……!ほな、ワイからもあーん!」

手を受け皿にして口元までたこ焼きを持ってきてくれた遠山は急かすように視線を向ける。するのはいいけど、されるのはなんだか照れ臭くて、私も急いでたこ焼きを口に入れた。

「ん!美味しい!」
「せやろ!って、ワイが作ったんとちゃうけどな!」
「うん、でも、金ちゃんが食べさせてくれたからこんなに美味しいのかも!」

私は遠山の真似をして彼に笑みを浮かべるが、遠山から思っていた反応は返ってこない。不思議に思って視線を忍ばせると、後輩は耳まで赤くして、口を少し尖らせていた。

「金ちゃん?」
「あ、ああ!姉ちゃん!!そろそろ時間やで、早く財前とこ行かななんか準備とかあるんやろ!?」
「え、本当!!金ちゃん、たこ焼きありがとう!またね!!」

ポケットからスマホを取り出して時刻を確認するとそろそろ約束の時間だった。せっかくたこ焼きを買ってきてくれたのに遠山に申し訳ないと思いつつ、その本人が背中を押してくるので素直に中庭へ向かうことにした。

「なんや、心臓痛いなぁ……ワイ病気やろか……」

走ってる最中遠山の声が微かに聞こえた気がして振り向くと、にかっと笑いながら可愛い後輩は手をこれでもかと振ってくれる。私も振り返して再び歩みを進めた。

To be continued...


prev / next
[contents]
人気急上昇中のBL小説
BL小説 BLove
- ナノ -