千歳の執事姿、かっこええなぁ




私は確かに千歳の為だと非番なのにクラスへと戻ってきた。それは、間違いない。それに対しての文句は微塵もない。だが__。

「なんで裏方要員の私がメイド服着せられてるの?」
「人手が足りんけ仕方なか」
「えぇ……そんなぁ……」

そう、今の私は黒いチープなミニ丈のワンピースに白いレースがこれでもかと装飾された、誰がどう見てもメイドさんという服装をさせられていた。

「天ちゃんむぞらしかねー」
「ありがとう、千歳くんも執事の格好似合ってるよ」

私を見て可愛いと笑う千歳も燕尾服を着て白い手袋を着けている最中だ。というか、よく千歳の身長に合わせた丈の衣装があったな、と感心してしまう。このクラスの出し物が決まった時に実行委員の子が千歳は絶対接客だと押していたため、きっと彼女とその他の千歳ファンの努力の賜物だろう。

それにしても、いつもは少しだらしなく制服を着崩している千歳のかっちりとした服装は予想に反してよく似合っておりまじまじと見つめてしまう。それに気づいた千歳は意地悪そうに唇の端を持ち上げた。

「そぎゃん見つめられたら穴が開きそうったい」
「あ、ご、ごめん……」

思わず視線を逸らすが、千歳はそれを許さないとでも言うように壁へと私を追い詰めると覆い被さるように私の頭上に腕を置いた。空いている方の手で私の顎を持ち上げると、強制的に視線が絡み合う体勢にさせられてしまう。私の視界は千歳の整った尊顔でいっぱいになり、羞恥心が頬を染めていくのがわかった。

「ばってん、天ちゃんに熱っぽい視線を送られるのは悪くなかね」
「ね、熱っぽくなんてないよ……!」
「ふ、冗談ばい」

彼の冗談は冗談に聞こえなくて心臓に悪い。優しく微笑まれただけで心臓が跳ね上がり、同い年なのに落ち着いていて大人っぽく感じる千歳がクラスの女子たちから黄色い歓声を浴びている理由がわかった気がした。悔しいことに、しばらく頬の熱が冷める気配がない。

「もう、からかわないでよ……」

拗ねたように文句を言ってから千歳の腕をくぐり抜けて表へと向かう。そんな私を気にも止めず、彼の笑い声が背後から聞こえてなんだかやるせない気持ちになった。気にしたら負けだ、とけたたましく鳴る心臓を無視して自分に言い聞かせるがあまり効果は感じられない。

「あ!天ちゃん!!非番なのにありがとう!!ほんま助かるわー!」
「いいよ、暇だったし!これ運んだらいいのかな?」
「ああ!おおきに!!……あ!千歳はそっちのテーブル片してな!」
「ん、よかばい」

テキパキと指示を出すクラスメイトのおかげで大盛況の店内は順調に回っていく。最初は恥ずかしかったメイド服も時間が経てば慣れてきたのか気にならなくなってきた。私自身、人と関わるのは好きな方だし接客が向いているのかもしれないと調子づいて接客をこなしていた時だった。

「すんませーん!そこの子、注文いい?」
「あ、はーい!今行きます!」

外部からの来客であろうチャラついた男の人が3人いるテーブルから声がかかる。慌ててメモ帳を準備して駆け寄ると男たちはにやにやとした厭らしい笑みを浮かべてこちらを舐めるように見てきた。

「あの、ご注文は……?」
「アイスコーヒー三つと、それから君で!」
「え、っとアイスコーヒーが三つですね」

一人の男が注文している間も他の男たちはゲラゲラと品のない笑いでヤジを飛ばしている。居心地の悪さに表情が曇りそうになるのを必死に耐え、無視することにした。

「それから、き・み!お持ち帰りでよろしゅう!」
「そういうのは、ちょっと……」
「はぁ?何、ちょっと可愛いからって調子乗ってんとちゃう?」

それでも食い下がってくる男にやんわりと拒否を示すと、男は途端に不機嫌な顔つきに豹変した。恐怖を感じて後ずさろうと足を引くが、いきなり手首を掴まれ、逃げることすら敵わない。

「ほんま、気分悪いねんけど?接客する子がお客様の機嫌損ねてええんか?」
「……すみません」
「ここは、勉強してくれるよな?」
「べ、勉強……ですか?」
「自分そんなんも知らんのんか?タダにせいっちいいよんねん」

元々それが目的だったのかとこの時やっとわかった。
一刻も早くこの連中には帰って欲しいが、私の独断でそういったことを言える立場ではない。黙って思案していると男の一人がスカートの上から臀部をゆっくりと撫でた。気持ち悪い感覚に思わず声を荒げるが男たちは楽しそうに笑っている。

「や、やめてくださいっ……!」
「なんや、ネーチャンが一緒にこの後遊んでくれるなら穏便に済ませたってもええんやけどなぁ?」
「アイスコーヒー三つ!お待たせしましたー!」

身を捩った瞬間、聞き覚えのある声が背後から聞こえて目の前の男たちに黒い液体を躊躇なくかけた。
液体とともに氷も一緒に頭からかぶった男は一瞬何が起こったか分からず、ぽかんとするが、我に帰った男の一人が怒鳴り声を上げた。

「てめぇ、何してくれとんねん!?」
「ちったあ頭冷えたかね?」

怒りを隠す気もない男たちとは対照的に空になったグラスをトレーに置いた千歳はにこにことした笑顔を浮かべている。私は千歳の浮かべる笑顔がいつもの優しいものではなく怒りを孕んでいると感じ取って思わず後ろへ一歩下がった。

「何言ってるかわからへんわ。なぁ、どう落とし前つけてくれんねん」
「かー、せからしか。大概にせんね」

千歳の初めて聞く低い声に先ほどまで賑やかだった教室は途端に静まり返る。千歳の胸ぐらを掴もうと立ち上がった男の手を彼は避けようともせず見下ろしていた。それもそのはず、伸ばした手は襟を掴むことができても大柄な千歳を持ち上げることはできない。

「な、コイツ……めっちゃでかいやんけ」
「さっさと金払って出ていかんのやったらつまみ出すけどよかね?」
「ひっ……もう行こうぜ……」
「くそう、コーヒー臭ぇ。どうすんねんこれ……」

男たちは千歳に敵わないとわかると途端に大人しくなり、きちんと三杯分のコーヒー代を残してそそくさと廊下に消えていった。安心した私は千歳の広い背中に思わず身を寄せる。

「ち、千歳くんありがとう……」
「礼には及ばんよ。ばってん、大丈夫ね?すぐ行くけん、裏で、ちっと休んどき」
「う、うん……」

彼に言われた通りに少し休憩する、とクラスメイトに耳打ちすれば「お客さんの波も落ち着いたし、もう上がっていいよ」と気を利かせてくれた。私は彼女のお言葉に甘えて、フリルのついた白いエプロンのリボンを解きながら深く椅子に腰掛ける。

誰もいない更衣室は静かで、少し不安になった。しかし、すぐに扉をノックする音と優しい千歳の声が扉の向こうから聞こえてくれば、私の頬は自然と緩む。

「入るばい」
「うん、さっきはありがとう」
「気にせんでよか。それより何もされてなかね?」
「……少し、おしり触られたくらい」
「……こすかー、俺も触ったことないんにたいぎゃ腹立つばい」
「いやいや」
「あ、俺も上がらせてもらったばってん、少しゆっくりできるったい」
「よかった!一人だと少し心細くて」
「それよか、もうエプロン外したと?もったいなかね」
「あ、もう上がるしいいかなって」
「天ちゃんのメイド姿独り占めできると思っとったんに」
「なにそれ、ふふ、変なの」

千歳は無造作に置いてあった白いエプロンを拾い上げると私の後ろに周り、再びリボンを結び直す。私はそんな彼の仕草にもいちいちドキドキしてしまうが、彼にとってはきっとなんともないことなんだろう。
そのまま私は軽々と持ち上げられ、千歳の膝の上に抱えられた。されるがまま無抵抗になってしまうのは彼の手の速さ故か。それとも、私がそれを望んでいるからなのか、わからない。

「俺専属のメイドさんにしたいくらいむぞらしか」

そう囁く彼の双眼が私を射抜けば、もう目を逸らせない。心臓が痛いほど煩いのは、きっと至近距離で千歳の綺麗な顔を見ているからだろう。きっと。

「なぁなぁ、二人で何しとるんー!?」

豪快な音とともに元気よく入ってきた男の子は私たちのところまで駆け寄ると不思議そうにくりくりとした目をこちらに向けている。

「金ちゃん、今いいとこやったんに」
「えー、ワイ、はよ天ちゃんとたこ焼き食べたいねん」
「も、もうそんな時間!?じゃあ制服に着替えるから二人とも一旦出てって!!」

火照った頬を冷ますにはちょうどいい。遠山が入ってきてくれた事に心底安心しながら不満そうな二人を押し出してリボンを解いた。

To be continued...

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