財前のバンド演奏手伝うたるで




時計を見ると指定の時刻まで後五分。
私は慌てて待ち合わせ場所である中庭を目指した。
中庭ではどうやら野外ステージが催されているらしく、近くにつれて響くような重低音と観客の熱気が空気を介して伝わってくる。人混みを掻き分けて目的の人物を探そうにも、人が多すぎて上手く彼を見つけることができない。辺りをキョロキョロと見回していると、突如左手が掴まれ、後ろへと引っ張られる。

「何してはるんですか。待ち合わせは入り口やって、俺言いましたけど?」
「あ、財前くん!」

バランスを崩してよろけたところを抱きとめた財前は軽く眉間にシワを寄せると親指でステージ入り口を指さした。そういえば、そんなこと言われていたかもしれない。ごめんごめん、と平謝りをして、人混みを二人で抜ければ、待合室になっている教室へ財前が案内してくれた。

「それで、私は何手伝えばいいの?」
「とりま、この衣装に着替えてそこにおる子にメイクしてもろてええですか?」
「え、着替え……?」
「バンドの手伝いしてもらう言うたやないですか。天さんボーカルなんで」
「裏方だと思って……!!え!?」
「時間ないんで、なるはやでよろしゅう頼んます、説明は後でしますし。ほな」

いつもより少し早口で用件だけ告げると財前は扉の向こうへと姿を消してしまった。隣にいる女の子は上機嫌でメイク道具を机の上に並べている。なんだか、この光景にデジャブを感じつつ、私は女の子に話しかけた。

「えーっと、その、メイクしてくれるの?」
「はい!普段コスしてるんで、私にメイクは任せてくださいっ!とりあえず先にお着替えしましょ!!」

さあさあ、と渡された衣装は普段着にするには派手すぎる多くの装飾があしらわれた可愛らしいものだった。脱ぐのも着るのも大変な衣装に戸惑いながら袖を通せば七五三のときのような高揚感が私の心を支配する。丁寧にブーツまで用意されていたので、それも履いて再びメイクをしてくれるという女の子の前に座った。

「先輩ゴスロリめっちゃ似合いますね!!うわー、コスして一緒に併せとかして欲しいわぁ!!」
「ゴスロリ……?併せ……?」
「あー、先輩パンピなんすね!!気にせんといてください!!ちゃっちゃとメイクしちゃいましょ!!」

普段はナチュラルメイクしかしない私に普段使うことのない色が次々と載せられていけば、なんだかいつもと違う私になれる気がして心が踊る。完成したという声を聞いて鏡を覗き込むと、鏡の中の私の様相は本当に別人のようだった。

「ほな、私は財前くん呼んでくるんで、少し休憩しとってください!」

一礼すると扉を開けて駆け足で出ていく彼女に私も慌ててお礼を告げる。可愛いお洋服に、可愛いお化粧をするだけでこんなに気分が上がるなら普段からもう少しお化粧の練習してみようか、なんてぼんやり考えていると再び教室のドアが開いた。

「天さん、準備終わりました?」
「うん、どうかな?」

教室に入ってきた財前に向かって一周くるりと回って見せる。全円のスカートがひらりと風に浮かべば、気分はお姫様だ。それを見た財前はいつものポーカーフェイスを一瞬崩して口元を押さえた。

「……!馬子にも衣装っすね」
「あ、ひどーい!」
「嘘っす、可愛いっすよ。他の奴に見せるん嫌なくらい……」
「え、えぇ……!?」

財前はゆっくり私に近づくと、巻いてもらった髪の毛を梳くように優しく撫でた。まさかそんな甘いセリフを財前から聞けると思っていなかった私は顔に熱が集中してしまう。彼のことだからきっと揶揄っているだけだ、と自分に言い聞かせて高鳴る心臓を落ち着けようと胸に手を当てた。

「天さん」

不意に名前を呼ばれれば、財前はイヤホンの片方を私に差し出す。恐る恐る左耳にイヤホンを当てると聞き覚えのある楽曲が鼓膜を通して私の身体を駆け巡る。軽快なテンポに踊るようなベースライン、心を揺さぶる歌詞。

「この曲……」
「口パクでええんで。ボーカル入り流しますし」
「う、歌えるよ……あんまり上手くは歌えないかもしれないけど」
「え?」
「この曲、前友達におすすめされてね?好きで、プレイリストに入ってるの」
「……ありがとうございます」

突然お礼を述べる財前に私はきょとんとした顔で彼を見つめる。財前は珍しく照れたような素振りで視線を逸らすと、消え入りそうな声で独り言のようにぽつりと呟いた。

「これ、俺が作ったんすよね」
「ええ!?すごいね、財前くん!!!!」

まさか、制作した本人目の前にいるなんて思っていなかった私は興奮気味に身体を揺らす。相変わらず照れ臭そうな財前は少し複雑な表情を浮かべた。

「いや、メロディーライン単調やし、歌詞もありきたりやし、そうでもないっすわ。ただ、初めて投稿したやつなんで思い入れあるんすよね。天さんが知っててくれたのは意外やったけど、その、嬉しいっす」

饒舌になる財前が可愛くてセットしている彼の髪の毛を崩さないように優しく頭を撫でると、複雑な表情は怪訝な表情に変わる。

「ふふ、財前くんも可愛いところあるんだね」
「……子供扱いせんといてください」
「ごめんごめん」
「……この曲知ってるならオフボにするんで、しっかり歌うてくださいね」
「う、うん。がんばる……!」
「ほな、そろそろ出番やし他のメンバーも待ってるんで行きましょか」

イヤホンを外した財前に、私も慌ててイヤホンを外して手渡した。すると、イヤホンを受け取った手がそのまま引かれ、気づけば二人で教室を出て走り出していた。

乱れた呼吸と髪の毛を軽く整えて、ステージ脇で他のメンバーへの自己紹介を軽く済ませ、簡単な打ち合わせを終わらせるとすぐに本番がやってきた。生徒設営の野外ステージとはいえ、迫力のある音響や観客の熱気は目を見張るものがある。ドキドキと煩い心臓に大きく吸い込んだ酸素を送り、私はマイクを握りしめた。

***

鳴り響く拍手と歓声に包まれ私たち全員がおじきをすると、文化祭一日目の一般公開を終了するアナウンスがタイミングよく流れた。

「先輩、明日の出し物の後一緒に回りません?」
「えっとー……」

恐らく勇気を出して誘ってくれたであろう財前は私の微妙な反応に怪訝な表情を浮かべる。嫌なら別にいいっすよ、そう吐き捨てて控室へ向かう彼を慌てて追いかけた。

「違うの!財前くんと回りたくないわけじゃなくてね!?」
「ほな、俺より先に誰かが誘ったっちゅー事っすか」
「当たらずしも遠からずというか……」
「単刀直入に言ってもらえません?」

クールな彼が露骨に急かすような態度を取るのはきっと私がはっきりしないせいだろう。でも、私自身も混乱している。財前は苛立ちを隠すようにスクールバックを漁ってテニス部のタイムスケジュールが書かれた紙を引っ張り出した。

「私もさっき気づいたんだけど、まだ一緒に回ってない人がいて__」
「でも、一日目これで終わりっすよ……あ」

何かを思いついたようにタイムスケジュールを凝視していた財前が声をあげ、私もつられるように彼の手元を覗き混む。すると、金色小春という名前の下に可愛らしい丸文字で小さく『時間が押して一般公開が終了した場合のアタシとのデートは二日目の出し物終了後、つ・ま・り、後夜祭ダンスやで』と書かれていた。
私と財前は互いに目を合わせて苦笑いを作り、人も疎らになった野外ステージを後にすべく、再び足を進めた。


To be continued...

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