石田と一休みしよか




「ご馳走様でした!青汁あってよかったね!」
「いやー、ほんまに青汁あるとは思わんやったな……」

空になったグラスを二人で見つめて思わず笑みが零れた。十一月だというのにほんのり温かいせいか、グラスは汗をかいている。
水滴がコースターに染み込むのをぼんやり眺めていると、落ち着いた低音が私たちの頭上から聞こえてきた。

「そろそろ交代やで、お会計してもええか?」
「おう!俺が払うさかい、銀と四方田さんはもう行ってええで!」
「え、でも……」
「ええからええから!」

忍足は笑顔で石田が持っていたトレーを奪い取ると、私たちを急かすように出口の方への背中を押し、手をひらひらと振った。慌てて忍足にお礼を告げ、私と石田は人がひしめき合う廊下へと押し出される。石田は壁側に私を寄せ、着ていた軍服の上を私の肩にかけてくれた。

「部室に替えのジャージあったはずやから、それまで羽織っとき」
「あ、ありがとう。でも、石田くんは着替えて来なくてよかったの……?」

私は濡れている制服を握りしめて石田を見上げると、彼は困ったように微かに微笑んだ。

「四方田はんだけそないな格好しとったら注目浴びるかもしれへんしな。このままでええわ」

どうやら、コスプレのまま一緒に歩いてくれるのは彼なりの配慮だったらしく気を遣わせてしまったことを申し訳なく思った。

「なんか、ごめんね」
「気にせんでええ。ほな、行こか」

私たちは人が来る方と逆流するように部室へと歩みを進める。幸い、人混みのせいか知り合いにナース服姿を見られる事がないまま部室へと着いて心底安堵した。

「じゃあ、とりあえず着替えてくる!!」

石田が頷いたのを確認して私は部室の中に駆け込む。普段と違い、静かな部室は何だか少し寂しく感じた。

棚に閉まってあった長袖のレギュラージャージともともと履いていたハーフパンツを履くが、ジャージがどうやら大きすぎたようでミニのワンピースのような丈になってしまう。一応下も履いているのに、なんだか少し恥ずかしい。

部室から出れば石田は木陰に座って待ってくれていた。
まだ少し湿っている制服を適当に干して、彼の元に駆け寄る。彼は驚いたように一瞬目を開くとすぐに視線を逸らした。

「その、格好は……」
「ごめん、あの、ちゃんと中にハーフパンツ履いてるから……」
「そか、その、気ぃつけるんやで」
「はい……」

微かに頬を染めてこちらを見ようとしない石田に、なんとなく申し訳なさを感じて敬語になってしまう。それをどうとらえたのか、彼は慌てて弁解をし始めた。

「ああ、怒っとるんとちゃうで」
「うん、わかってるよ。石田くん優しいから心配してくれてるんだよね」

私が意図せずに配慮に欠いた格好をしたのが完全に悪い。少し落ち込んだ様子を見せると、石田は気まずそうに自分の隣を軽く叩くと、私を横に座るように促した。

「あ、上着ありがとう」
「その格好は寒そうや。まだ着とってええ」
「じゃあ、お言葉に甘えて……」

文化祭の喧騒が校舎の遠くで聞こえる気がするが、今はそれよりも木々のさざめきや風の優しい音色が心地良い。
温暖な気候と満腹も相まってなんだか瞼が重く感じた。

うとうとする私に気づいた石田は「朝から皆と回って疲れたんやろ、少し休み」と優しく微笑んでくれた。

石田に失礼だと、必死で目を擦るがどんな勇者も睡魔には勝てないという友達の迷言を思い出しながら私は意識を手放した。

***

「うー……んん!?」

ぼんやりと太陽光が木漏れ日として差し込めば、眩しくて眉間に皺が寄ってしまう。影を探すように身動げば、優しい匂いを近くに感じた。

「おお、まだ寝とってええで」

聴き慣れた主張しない声はえらく近場、それも頭上から聞こえてきた。驚いた私は飛び上がるとどうやら石田の膝の上で眠っていたらしい。

「ぎゃーーー!!!ご、ごごっごごめんなさい!!」

全力で謝罪をするも、彼は目を細めたままもう一度膝を叩いてくれる。……生まれて初めて男の人に膝枕をされてしまった。

「まだ少し時間があるさかい、寝とき」
「だ、大丈夫……です……。ごめん、今日石田くんに迷惑かけてばっかりだね」

彼もきっと文化祭を楽しみたかったはずだ。それなのに私の都合に合わせて一緒に部室の横で不毛な時間を過ごさせてしまった。しかも、私だけ眠ってしまうなんて尚更申し訳なくなってしまう。
お礼に何か買ってきたほうがいいんじゃないか、と考えたときに彼から思いもよらない言葉が飛び出した。

「その、石田くんって言われるの慣れへんな」
「へ?」
「四方田はんさえよければ、名前で読んでくれへんか」

同い年だというのに落ち着いている彼に遠慮していた私だが、彼からの申し出はとても嬉しく、断る理由なんて思い浮かばなかった。

「うん!じゃあ、これから銀さんって呼んじゃう!」
「おおきに。……天はん」
「ふふ、銀さんと一緒だとなんだか落ち着くね」

思った事をそのまま口に出せば、石田は再び頬を朱に染めて微笑んでくれる。そのまま少し雑談をすれば、風に揺られた制服は先ほどよりも乾いているように見えた。

「そろそろ時間になるさかい、着替えて来ぃや」
「うん、ありがとう。行ってくるね!」

物干し竿から引ったくった制服を手に小走りで部室へと向かう。そのまま袖を通せば、先ほどまで濡れていたとは思えないほど、しっかり乾燥していた。

太陽と秋とは思えないこの温暖な気候に感謝せざるを得ない。石田のように両手を合わせてなんとなく太陽に向かって拝んでみた。気分も晴れた私は待たせている石田の元へと軽い足取りで向かう。

制服に着替えた私を視界に入れると安堵したように息を吐いた石田は、やはり先ほどまでの格好をあまりよろしく思っていなかったらしい。

綺麗に畳んだ上着を彼に返すと、今度は受け取ってくれた彼に再びお礼を告げる。

「ほな、戻ろか。次は千歳か?」
「うん。あのね、千歳くん、ちょうど当番決めの時にどっか行ってたから私と回る時間と当番の時間が被っちゃったんだよね」

彼のサボり癖というか放浪癖というか、悪癖には困ったものだ。しかし、今回のことは明らかに自業自得なので私は苦笑いを溢す他なかった。

「気の毒やけど、あいつらしいな……」
「だから、私も自主的にクラスに戻って少し手伝うことにしたの」

一応、一緒に行動したほうがいいだろうという自己判断で私は彼とクラスに居ると決めた。

石田も私の表情を写すかのように苦笑いを浮かべると、歩幅を合わせて校舎の方へと歩き始めた。




To be continued...

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