忍足、カルボナーラはパスタやで




遠くに居ても目を引く金髪が私目掛けて近づいてくれば、彼は飼い主にしっぽを振る大型犬のようだ、と失礼な事をついつい考えてしまう。
その大型犬__もとい、忍足謙也は開口一番昼食の心配をしてくれた。きっと彼自身もお腹が空いていたのだろう。

「なぁ、四方田さんはもう飯食うたん?」
「ううん、まだだよ!忍足くんは?」
「俺もまだやねん!!ほな、銀がおるコスプレ喫茶冷やかしに行こか!」
「いいね!楽しそう!」

銀さんが何のコスプレをしているか分からないが、コスプレ喫茶という楽しげな響きに釣られて私は忍足の後ろをついて行く。

流石"浪速のスピードスター"と言われているだけあって彼は人混みもすいすいと上手い具合にすり抜けて進んでいる。私はそういった才に恵まれていない為、必死に彼の背中を追いかけた。

小走りになったところで、やはり歩幅が違うため徐々に距離が離れていく。どうしたものかと思案するよりも先に、私が隣に居ないと気づいた彼は慌てた様子でこちらに引き返してくれた。

「あぁ、すまん!!ついいつもの癖でさっさと歩いてしもた……」
「うぅん、大丈夫。戻ってきてくれたし……!やっぱり忍足くんは歩くのも速いんだね」
「そりゃ、浪速のスピードスターやからな!……ってちゃうねん!今はそないな事言うとる場合やない!」
「おお!ノリツッコミだ!」
「あー、せっかく一緒におるのに俺一人歩いていったら意味無いやんな。歩幅合わせるように努力するわ……それで、その……」

忍足はモジモジしながら右手を私の方へ差し出す。目は不自然な程に泳いでおり、頬だけでなく耳までほんのりと赤みがさしていた。
その表情を見た私は、あ、手を繋ぎたいのかと瞬時に察するが、先程置いていかれそうになったのを理由に素直に手を繋いであげないことにした。
少し意地悪をしてみようと、両手で握手をするように彼のゴツゴツした掌を握ってみる。

「なぁに?握手?」
「って!なんでやねんッ!この状況、普通……ふ、普通……」

そこまで言ってまた茹でダコのように真っ赤になる忍足がなんだか面白くて、思わず笑ってしまったので私が折れることにした。

「ふふ、冗談だよ。はぐれないように、手を繋いでくれるんだよね?」
「……なんや、四方田さんは俺が思とったより意地悪やな」
「忍足くんは私が思ってたよりも可愛いね」
「なんやそれ……はぁ……行こか」

彼は眉間にシワを寄せるとため息を吐いたあとゆっくり進行方向へと歩みを進めた。


***


「凄い大盛況だね!」
「ほんまやなー!銀に連絡しといてよかったわ!」

廊下に続く長い列を後目に入口付近の受付をする生徒へ話しかければ、予約席と書かれた札の置いてあるテーブルへと案内される。

その後すぐに二人分の水を運んできた石田は軍服のような格好をしていた。がっしりとした体型にその服装はよく似合っていて思わず写真を撮っていいかと強請ってしまう。

「ねぇねぇ、石田さん!一緒に写真撮ろうよ!」

スマホをインカメにしてから写真アプリを起動すれば、石田は少し照れくさそうに画面の中へと写り込んだ。

「あ、あぁ……四方田さんがええなら」
「いやいや、今俺の番やろ!?俺も入るからな!?」

そして、そこに割り込むように忍足も入れば、画面は三人でぎゅうぎゅうになってしまう。撮り終えた写真を確認すると、結局石田の服装はよく見えなかった。
まぁ、これも記念だしいいよね!

「ほな、注文聞こか……2人とも何にするんや?」
「せやなぁ、四方田さん何食べたい?」
「うーん、カルボナーラ!」
「じゃあ、俺もそれ!あとは……お!おでんあるやん!おでんも頼むわ!」
「……おでんとカルボナーラ二つやな」

サラサラと小さなメモに書き留めた石田はカウンターの方へと消えていった。それにしてもおでんとカルボナーラという微妙なチョイスに笑ってしまう。

「忍足くん、おでんとカルボナーラって食べ合わせどうなの?」
「まぁ、無くはないやろ!カルボナーラは四方田さんと同じもの食べたかったからやし、おでんは単純に俺が好きやねん」
「おでん好きなんだ!なんか渋いね」
「好きな飲み物は青汁やで」
「渋っ!」

好きな食べ物や、普段しない世間話をすればすくにトレーを持ったウエイトレスがやってくる。その子はどうやら忍足の知り合いだったらしく、私と忍足の会話に自然に入ってきた。

「銀さん他のことで手が離せんみたいでなー、運ぶのが私でごめんやで!」
「おお、久しぶりやな!!おおきに!」

忍足が彼女に笑顔を向けると彼女もつられて笑顔を返したが、一緒にいる私を見つけ、途端に、にやにやとした笑みへ変化していった。なんだか居心地が悪い。

「なんや、謙也も一丁前に彼女連れて文化祭回れるやなんてなぁ?えらい出世したなぁ?」
「か、かか彼女とちゃうわ!!……あっ」
「ぅあ!?」

忍足が大袈裟に音を立てながら立ち上がれば、混みあった店内故に近くを歩いていた別のウエイトレスにぶつかってしまう。運が悪く、そのウエイトレスが持っていた水が宙を舞った。

案の定その水の塊はコップの形を崩すと空中で弧を描き、綺麗に私の制服を濡らす。下着まで浸透する水分が気持ち悪い。

「ごめんなさい!」
「す、すまん!!俺が急に立ったから!!」
「いやいや!ごめん!うちが余計なこと言うたから!!」

水を持っていた通りすがりの子と料理を運んでくれた子と忍足の三人が私に向かって勢いよく頭を下げた。
なんだかその光景に申し訳なさを感じてしまい、私は彼らを安心させるように精一杯の笑顔を向ける。

「その、事故だし、誰も悪くないから謝らなくていいよ……!」
「めっちゃええ子やん……この子……!流石に濡れたままは嫌やろし、余ってる衣装貸したるから裏に来ぃ!」
「え、あ、ちょ……!忍足くん!ごめん!先に食べてていいから!」
「え、いや……それは……あぁ、行ってもうた……」

そのまま忍足と知り合いの女の子に手を引かれて簡易的な更衣室まで連れて行かれれば、サテン生地の淡いピンク色のナース服を手渡された。ご丁寧に、ナースキャップと聴診器を添えて。

「今、ナース服しか余ってへんくて、堪忍な?……まぁ、びしょびしょよりはましやろ?ほな、着替えたらもっかい出来たてのカルボナーラ持っていくわ!」
「えぇ……」

私が返事をするよりも早く、彼女は表へと戻っていく。取り残された私は諦めてピンクのナース服に袖を通した。

普段の服よりも明らかに布面積の少ないナース服はやっぱり恥ずかしい。それでも忍足を待たせていると思うとなんだか居た堪れなくなったので意を決して更衣室を出ることにした。

「お、お待たせ……」
「ぇ!?四方田さん!?な、なんやその格好!?」

先程の席に戻れば忍足は顔を真っ赤にしてぱくぱくと口を開いてこちらを指さしている。これしか無かったらしい、と説明すれば納得した様子だったが、やはり目のやり場には困るらしくこちらを見てくれなくなってしまった。

「そ、その……寒いやろうし俺のジャージ後で貸すわ……」
「ありがとう、助かるよ」
「はい、カルボナーラ二つとおでんお待たせしましたー!さっきのお詫びにな、ドリンク無料で付けるさかい、食後に店員呼びつけてな!ほな!」

先程の女の子はトレーから注文した商品を机の上にテキパキと並べると、嵐のように去っていった。

「ドリンク、無料だって。忍足くんはやっぱり青汁?」
「プッ、せやな!青汁あったら青汁にするわ!」

沈黙が怖い私は恐る恐る彼の様子を伺えば、拍子抜けするほど楽しそうにけらけらと笑っている忍足が視界に入った。

「ふふ、じゃあ、遅くなっちゃったけど、ご飯食べよっか」

安心すれば、思い出したようにお腹が空いてくる。勢いよく手を合わせて、忍足と視線を合わせて声を揃えた。

「「いただきます!」」




To be continued...

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