小石川とお化け屋敷に行くで




体育館を後にした私は約束の休憩スペースへと足を伸ばした。そこに見慣れた大きな背中が視界に入り、私は小走りで駆け寄る。

「小石川くん!!お待たせ!」
「あ、ああ、四方田さんか。白石はもうええんか?」

声をかけると、少し驚いた表情から次第に優しげな笑顔へと変わっていく彼になんとも言えない安らぎを覚えた。

「うん、小石川くんはどこに行きたい?」
「なんや、こういうの、慣れてへんくて……すまん。決めてへんかった」
「あ、じゃあさ……お化け屋敷行ってみない?さっき見つけて気になったんだよね!!結構評判いいみたいだよ!」
「俺はええけど……四方田さん怖いのとか平気やったんやな」
「得意ではないけど、怖いもの見たさってあるよね」
「そ、そか……ほな行こか」

人の波に当てられないよう、壁側に私を寄せて歩幅を合わせてくれる小石川はやはりとても優しい。存在感が薄いと言われ、落ち込んでいるところをよく見るがテニス部の誰よりも気遣いができる温かさを私はよく知っていた。

休憩スペースから少し歩いた先におどろおどろしい看板とそこに並ぶ人だかりが見えてくる。最後尾の看板を見ると十分待ちの文字が記されていた。小石川と一緒に回れるのはせいぜい三、四十分程度だ。私の我儘に付き合ってくれると言ったって待ち時間が発生すると話は変わってくる。私は小石川の顔色を恐る恐る伺った。

「小石川くん、十分待ちだって……やめとく?」
「俺の時間内で収まるやろうし、かまわへんよ」
「ほんとに?……ありがとう!」

お礼を告げて最後尾に並ぶが、賑やかな廊下とは裏腹に私たちの間を沈黙が支配する。ほんのり感じる気まずさに耐えかねて声をかけたのは私の方だった。

「なんか、小石川くんとこうやって2人でお話するの初めてだね」
「あ、ああ。せやな。部活んときはえらい賑やかやしな」
「小石川くんって皆に優しいよね。今日こうやってお話できてよかった!」
「ぇ……部活でも中心におる四方田さんが俺の事そないな風に思ってくれとるとか……なんや、照れるな……」
「そ、そんな、真面目に言われたらこっちまで照れるよ!?」
「あ、ちゃうねん!ちゃうこともないねんけど……ほら、俺……部内で影薄いやん?」
「ぅうーーん……」
「あ、気を使わせてしもた……そないな顔させたかった訳やないねん。えっと、それでな、俺副部長なのに影薄いから部員たちに忘れられることもあるし、俺と四方田さん対照的やから俺の事なんか気にとめてくれへんくて当然やと思っとってん。あーー、つまり、何が言いたいんかっち言うたら、俺の事気にかけてくれる四方田さんのが優しいで?……おおきに」

そう言って眉を下げる彼の笑顔は私が知る誰よりも優しいもので、私は彼が周囲の人たちから慕われている理由を改めて理解した。小石川の人望は彼自身が気にしているであろう影の薄さなど微塵も気にならないほど厚い。だが、きっと謙虚な彼はこの事実を伝えたところでそんなことないと困ったように笑うのだろう。

2人で顔を合わせて笑い合えば柔らかな雰囲気が二人を包む。しばらくして、係の生徒に声をかけられたことでいつの間にか先頭にきていた私たちに順番が回ってきたと知るのだった。

「あ、そろそろだね!行こう!」
「え、あ、あぁ……?」

小石川と距離が縮まったことも相まって、嬉しさを隠しきれない私は上機嫌で彼の腕を引いてお化け屋敷の中へと入り込む。そこで、想像していたよりも本格的な内装と遠くから聞こえる女子生徒のガチめの叫び声に、入って一分もせずに後悔したのだが私が言い出した手前、戻りたいなんて言えなかった。
震える手足に力を込めて、彼の腕にまとわりつく。優しい小石川はきっと振り解くなんてしないだろうという打算からしたずるい行為も彼は笑顔で受け入れてくれた。やっぱり優しい。

「け、結構……本格的なんだね……」
「四方田さん大丈夫?無理せんといてな」
「小石川くんは平気そうだね……」
「せやな、別に得意でも苦手でもないねんけど、四方田さんが隣におるおかげかもしれんな」
「それって、どういう__ぎゃあっ!?」

暗闇のせいか彼の表情が見えないのがなんだかもどかしく感じて、聞き返そうと見上げれば、突然左足をひんやりとした冷たいものに握られる。可愛げ皆無の悲鳴を上げながら私の身体は大袈裟なほど飛び上がってその場に尻餅をついてしまう。足を掴んだ物体はすぐに暗闇へと消えてしまった。
だめだ、無理、怖い。入るんじゃなかった。

「四方田さん?怖かったら無理せんでええんやで、出よか」
「ご、ごめん……今ので……腰抜けちゃった……」
「そら、大事や……!」

我ながら心底情けないことに、その場に座り込んでしまった。いくら菩薩のような小石川ですら呆れていることだろうと視線を上げるが、予想とは反して心配そうな瞳がこちらを覗いて揺らいでいた。

「四方田さん、その、嫌かもしれんけど、少しの間辛抱しとってな?」
「ぇ……うん?!え!?小石川くん!?」

突然重力が無くなったかのように身体がふわりと宙に浮けば、次の瞬間、しっかりとした男の人の腕で抱きかかえられる。客観的に見た今の私の状態は所謂お姫様抱っこというもので……羞恥心からほんの少し恐怖を忘れてしまう。いや、なにこれめっちゃ恥ずかしい!!!

「こ、小石川くん!!お、重いから!!下ろし……っ!!!」
「暴れたら危ないで。目ぇ、瞑って、耳塞いどき。そしたらいくらかマシやろ?」
「ぅ、うん、ごめん……ありがとう……」

腰が立たないのを免罪符に彼の腕の中に大人しく収まった私は、言われた通りに目を瞑り、耳を思い切り塞いで彼の胸に体を寄せた。少し早い鼓動が聞こえてくると恐怖で強ばっていた体が次第に解れていく。
小石川は小走りで順路を進んでいるようだった。出口に着いて彼に声をかけるまでの時間はすごく短く感じ、現金な私は少し、ほんの少し名残惜しさを感じる。

「四方田さん、もう目……開けてええで」
「小石川くんありがとう……迷惑かけちゃってごめんね」
「いや、その……役得やったから気にせんでええよ」

照れ臭そうに頬をかく彼は私よりも遥かに逞しい身体をしているのに、可愛く思えてしまう。自然と溢れる笑みに小石川焦ったようにまた頬を赤くした。

「ふふ、なにそれー」
「あ、いや、今のは聞かんかったことにしてくれへんか?」
「うーん、いいよ!お姫様だっこしてもらっちゃったしね」
「こんなん他の奴らにバレたらえらいどやされそうやな……」

後日、彼が私をお姫様抱っこして文化祭を回っていたという尾鰭のついた噂が流れて他の部員たちから詰め寄られるのはまた別のお話。


To be continued...

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