観覧車を出たところで、小さな子供が泣いているのを見つけた。たぶん保護者の人とはぐれたんだと思う。
「おとーーさぁーん!」
「大丈夫?1人?」
「うぐっ、うわぁぁん!!」
「おれは子供は嫌いだ」
わたしが子どもに駆け寄って声をかけていると、嫌そうな表情で顔を歪ませているローくんが呟いた。
「でも放っておけないよ。お父さん探してあげよう」
「ッチ…」
「なんで舌打ちするかな…」
少し睨むように見るとすぐに目を逸らされた。
は。と息を吐きつつ、わたしはしゃがんで男の子に向き直った。
「お名前言える?」
「ひっく…シンド…」
「シンドくんね、かっこ良い名前だね。お父さんと来たの?」
「ひっ…う、うん…」
「一緒にお父さん探そっか」
「うん…」
微笑んで、指で小さな目元から涙を拭ってあげると、突然シンドくんの身体が浮いた。驚きつつそれを見ると、彼を抱き上げたのはローくんで、その行為の最終形態はいわゆる肩車というやつだった。
「おい、父親見つけたら言え」
「うん…!」
ローくんの意外な優しさに驚いて見つめていると、早く行くぞと手を引かれた。こちらを見ずに進むローくんはなんだか照れているようで、かわいい。と思ってしまった。
「おとーさぁーん!!」
「シンドくんのお父さんいませんかー!」
「……」
ローくんは叫んではくれないけど、シンドくんを頭に乗せてあちこちを歩き回ってくれている。
シンドくんもがっちりローくんの帽子を掴んでるし、なんだか親子みたいだなぁ…。と微笑ましい考えが過った。その時前方から駆けてくる男性がいた。
「シンドッ!!」
「おとうさん!!」
その人の顔を見たシンドくんの表情が明るくなった。ローくんはシンドくんを降ろしてあげると、シンドくんはお父さんに抱きつき、お父さんもまたしっかりと受け止めていた。
「よかった…!どこに行ったのかと!」
「うん!お兄ちゃんたちが一緒にいてくれたんだよ!」
「そうか」
お父さんは立ち上がると2人の様子を突っ立って見ていたわたし達に、ありがとうございました。と頭を下げた。
「い、いえ!見つかってよかったです」
「本当にありがとうございました」
「肩車ありがとうモフモフのお兄ちゃん!」
「あぁ、もう逸れんなよ」
「うん!」
ポンポンとシンドくんの頭を叩くローくんは優しい表情をしている。
子供苦手なんて言ってたけれど、そんなことないじゃん。
「本当にありがとうございました!」
「お姉ちゃんもありがとう!」
お父さんは何度も何度も頭を下げてくれて、シンドくんは笑顔で手を振ってくれた。2人を見送ると、わたしの口からは安堵の息が出た。
「見つかって良かったね」
「あぁ」
「ちょっとは好きになったんじゃない?子ども」
「……」
無表情で顔を逸らされたけど、それは彼なりの照れ隠しなんだと捉えておく。
「腹減った飯行くぞ」
「ホントだ、もうこんな時間」
アトラクションは観覧車しか乗っていないけど、シンドくんのお父さん探しに結構時間がかかってしまい、時刻はお昼をとっくに回っていた。
「何食べる?やっぱこういう所ってホットドッグとかかなぁ」
「おれはパンは嫌いだ」
「え、そうなの!?」
「あぁ」
パンが嫌いだなんて珍しい人だなぁ。だけど、パン。というワードを出した時のローくんの表情からして、相当嫌いなんだとわかった。すっごく顔が歪んでた。
「じゃあローくんは何食べるの?」
「おにぎり」
「…ぷっ」
ギロリと睨まれた気がした。
「おれはベポが握ってくれたのを持って来てる。お前は好きなのを買え」
「ま、まじすか…」
おにぎり持参。ローくんのイメージとは程遠い気がする。笑いを堪えながら、わたしはフードショップに向かい、ホットドッグとジュースを購入した。
空いているベンチを見つけてそこに並んで座る。
「おいしー」
「……」
横をちらと見れば、ローくんは口いっぱいにおにぎりを頬張っていて、リスみたいだと思ってしまった。
まさかそんな可愛いローくんを見られるとは思っていなかったし、これがギャップ萌えというやつなのかと感心した。
「ちなみに具は?」
「おかか」
「おかかもいいね…、わたしは梅が好きかな」
「おれは梅嫌いだ」
「おぉ…」
ローくん、意外と好き嫌い激しいタイプなんだ。この人の奥さんになる人は大変そうだな。といらぬ世話までやいてしまった。
「な、なんでこうなるのォー!!?」
お昼食べてからもジェットコースターに乗ったり、たくさんのアトラクションに乗って凄く楽しかった。なのに…!!
「おい、行くぞ」
ニヤニヤしながらわたしの腕を引っ張って行くローくんを必死の目で見つめる。
くそー!いろいろあったから忘れてると思ってたのに…!
お化け屋敷。
「いやぁぁ!!」
「ただのコンニャクだ」
「ぎゃぁぁ!!」
「ただの人形だ」
「ハァハァハァ…」
触れるもの見るもの全てに驚くわたしとは反対に余裕そうに隣を歩くローくんが不思議で仕方がない。なんでこんなに平常心なの!??
「もう…いつまで続くの…」
もう一生出られないんじゃないかとさえ思うほどで、涙が目に溜まる。その時、突然トントンと肩を叩かれ、反射的に後ろを振り向いた。
するとそこにはなんとも形容しがたい人が立っていて
「ぎゃぁぁ!大怪我した年寄りー!!」
「ゾンビだよ!うがぁぁぁ!」
「いやぁー!ローくん助けてェー!!」
ゾンビがツッコミを披露したことなど何も考えず、すくにローくんにしがみついた。
「ロー」
「えっ!?」
「呼べば助けてやる」
はい?なんでこんな時にそんなこと言うんだろう。不思議に思って表情を確認しようとしても暗闇でどんな顔してるのかも分からない。
「ロー!ロー!ロー!た、助けて下さぁい!!」
「フッ…」
その瞬間、身体が浮いた。
「えっ?」
「大人しく目閉じてろ」
この状況をよく理解できないままローくんに言われ目を閉じる。でも、背中と足の裏に回っているローくんの腕、それと振動からローくんはわたしを抱き上げて歩いているのだとわかった。
おかげで、怖いものは視界に入らなくなったし、何も触れない。それに緊張からかお化け屋敷内のBGMは耳に入らず、ローくんか自分のものかわからない心拍音がずっと聞こえていた。しばらくして、閉じていた目に光が差した。
「んっ…!」
「おい、出たぞ」
「わ、あ、ありがとう…!」
ローくんに降ろしてもらって慌てて身なりを整える。その間もローくんは何も言わず待っていてくれて、終わったのを確認すると、そろそろ帰るか。と呟いた。その言葉に空を見ると薄暗くなっていて、もうすぐ太陽が沈む時間なのだとその時やっと気付いた。
「そうだね」
パークの出口付近に来たところで、お土産やさんが目に入り、家に何か買っていこうかと立ち止まった。
「お土産買ってってもいい?」
「こんなとこいつでも来れんだろ」
「ローくんは船持ってるけどわたしはあまり来ないし…だめかな?」
「おれは待ってるから行ってこい」
近くのベンチへ向かうローくんの背中を見てクスリと笑う。だって、面倒臭そうにしながらもわたしの意見を聞いてくれたローくんは実は優しい人なんだって今日1日でわかったから。
わたしは1人お土産屋さんに入った。
「うーん、どうしよう…」
ノジコとロビンにはこの白熊ストラップにしようかな。それと家庭用にクッキーの詰め合わせ。それらを持ってレジへ向かうと、レジのおばちゃんがサービスだって、2匹の白熊がハートを持っているストラップをくれた。
「わ、ありがとうございます」
実はそのストラップ、2つセットで、2つくっつけるとハートが完成するというもの。せっかく連れてきてくれたんだし、これはローくんにプレゼントしようかな。そう思いベンチに座ってるローくんのところへ戻ったとき、そのストラップを差し出した。
「なんだこれ?」
「レジのおばちゃんがくれたんだ、誰かとペアで付けてよ」
「へぇ…」
ストラップを摘んでまじまじと見つめるローくん。その白熊、ベポくんに似てるからきっと気に入ると思うんだけど。そう思っているとそのストラップの片方を、ん。という無愛想な声と共に差し出された。
「え?」
「お前がつけろ」
「え、わたしでいいの?」
「あぁ」
「わ、ありがとう!」
まさかローくんからそんな言葉を聞けるとは思っていなかった。受け取って早速バックに付けてみる。
うん、やっぱり可愛い。
次
[ 59/107 ][*prev] [next#]
もくじ