「お待たせ」
「おせェ」
「すみません…」


今日は、前々からローくんに空けておけと言われていた8月5日。昨晩、一体どうすればいいのかとわからずにいたわたしの元にメールが届いた。


《明日の朝9時に北海町の港に来い》


いやあのね。まず名乗ろうよ。ローくんにはわたしのアドレス教えたけど、わたしは知らないんだから!それにこれじゃ何かの脅迫のメールだよ!
と突っ込みたいけれど、そんな勇気はなかった。それに、アドレスにlawって文字とbepoって入っててすぐにその送り主がわかったから問題もなかったし。


「ねぇ、どこに行くの?」
「あ?言ってなかったか?」
「聞いてない!」
「だったらまぁ、楽しみにしてろ」


意地の悪そうな笑みを浮かべながらそう言うローくんにわたしの顔が引き攣る。だけど、教える気はないらしい彼は、海の方へ歩いてってしまってわたしは慌てて追いかけた。

ロー君は海岸の端まで来ると、何も言わず、ジッと海を見つめた。何かあるのかと、わたしも並んで見てみるけれど、特に何もなく、ただ海面が揺れているだけだった。


「ねぇ、何かあるの…?」


ゴボゴボゴボゴボ…ッ!


「えっ、何っ!?」


突然、海面に泡が発生して思わずローくんの腕を掴んだ。


「ハッ、積極的じゃねェか」
「そんなんじゃない!」


海面の泡は、量と勢いが増している気がする。


ザッバァーン!


ローくんへの抗議中に突然現れた船に、わたしは驚きの声も出ずにただただ口を開けて呆けてしまった。


「ふ、ふ、船が…、出てきた…」
「おれの船だ」
「おれのっ!?」


な、なんで高校生が船なんか持ってるの!?それにしても白ひげの親父さんといい、シャンクス先輩といい、みんな自分の船持ってるらしいけど、なぜ!?

ガッチャンと鉄製の扉が開くと、中から人が出てきた。


「キャプテーン!いつでも出航できまーす!」
「あぁ、名前乗れ」
「えっ、お、おじゃまします…?」


ローくんに手をとってもらいながら、岸から船に乗り移り、ローくんについて扉の中に入った。

中は薄暗くて、長い廊下がずっと続いている。それに音も反響しやすく足音が響いた。

こ、怖い…

隣を歩くローくんの腕にしがみつくとまた、積極的だな。とか言われたので、抓っておいた。

しばらく歩くと、ローくんがある扉の前で立ち止まり、わたしも足を止めた。


「2時間もすれば着く、それまでここにいろ」


口の端を軽く上げると、ガチャリと、扉を開けた。中に通され、まず目に入ったのは、大きな大きなガラスの張りの窓。ここは海の中になるので、水中よ様子がよく見え、わたしは感嘆の声をあげた。


「うわぁ!すっ、すっごい…!!」
「はっ、だろ?」


部屋の真ん中に置かれている対面のソファに腰掛けたローくんを見れば少し誇らしげで、それに対して笑みが溢れたけれどわたしは少し違和感を感じた。


「そういえば、ベポくんはいないの?」
「あぁ、あいつはバイトだ」
「あ、そうなんだ」


いつも一緒にいるあの目立つ白くまベポくんがいないことへの違和感だったのだけど、それはベポくんバイトしてるんだという驚きに変わった。


「もしかしたら会うかもな」


会うかもなってことはベポくんのバイト先に行くのかな…?長い足を組みながらケータイを触るローくんを見るけれど、それ以上は教えてくれないみたい。


「キャプテーン!お茶淹れてきましたー!」


扉が開き、さっき船から出てきた男の子2人が部屋に入ってきて、ローくんとわたしの前のテーブルにカップを置いてくれた。それと中心にオシャレなクッキー。


「ありがとう…!えーっと…」
「あ、おれシャチ!よろしくな!」
「よろしくねシャチくん」
「ちなみに、あいつがペンギン!」
「よろしくな」
「よろしくね!」


ペンギンくんの頭の帽子にはペンギンと書いてあって、なんて分かりやすいんだ。と少し感心してしまった。

2人はうちの1年生だそうだ。ローくんとは中学からの仲らしく、今でもキャプテンと慕っているんだとか。ローくんはこんなにも仏頂面だけど、どこか人を惹きつけるカリスマ性みたいなのがあるんだなと思った。

2人が部屋から出ていって、クッキーとお茶を楽しんでいると、ゴゴゴと音がして船が進み始めたのが分かった。窓を見ると景色が移っていって、綺麗だなと思う反面一体どこに連れて行かれるのかという不安も出てきた。


「ねぇ、どこ行くの?」
「だから、楽しみにしてろって」
「ですよね」




「おい、起きろ」
「んん…」


いつの間にか眠ってしまっていた。目を開けるとニヤリとわたしを覗き込むローくんと目があった。


「間抜けな寝顔だな」
「ひどい!」


そんなやり取りをしつつ時間確認のため時計を見れば11時4分を指していて、確かにローくんの言っていた通り2時間ほどでの到着だった。


「うわぁ…!何これ、シャボン玉…?」
「あぁ、見るのは初めてか?」
「うん!あ、もしかしてここってシャボンディ諸島?」
「あぁ」
「ヘェ〜!こんなところなんだ!」


まさか人生初シャボンディ諸島を経験させてもらえるとは思っておらず地面から出てくるシャボンに子どものようにはしゃいでしまった。のだけど、行くぞと腕を掴まれローくんが歩き出した。


「あれ、シャチくん達は?」
「あいつらも島を回ってる」
「そうなの?」


なんだ、一緒じゃないのか。まぁ誘ってくれたのはローくんだし彼の好きなようにしてくれていいんだけどね。
ローくんは長い足でどんどん歩いて行く。足場の悪い地面に苦戦しつつもわたしも必死で彼の背中を追いかけた。


「着いたぞ」
「ここって…」


遊園地…?
門には大きくシャボンディパークと書かれていて、観覧車や、ジェットコースターなんかも見える。


「ベポがここでバイトしてる。チケットは貰っておいた」


そう言い、指の間に挟んだチケットをピラピラと見せてくれた。うん、なんだろ、それだけで様になってる。

入場ゲートから中に入るとどこを見渡しても楽しそうなものばかり。ジェットコースターから誰かの叫び声も聞こえて、わたしのワクワクがさらに大きくなった。


「わたし遊園地なんて久しぶりだよ!楽しもうね!」
「あぁ」
「あっ!くまさんだぁー!」
「あっ、おい!」


くまさんが風船を配っているのを発見!
中に人が入っていようが、そういうかわいいものには目がない。


「くまさーん!」


周りに群がっている子供達もなんのその、押し退け迷わずくまさんに飛びついた。


モフッ!


ハァ…肌触り弾力…最高…。


「わ!名前だ!」


んー。と顔を埋めていると上から声がして、聞き覚えのある声に思わず顔を上げた。


「ベポくん!」
「久しぶりだね!」


まさか、入り口付近で風船を配ってるとは…。
確かに着ぐるみ着なくていいし、適職だけどさ。


「あれ?キャプテンは?」
「一緒だよ!どこかにいるはず」


するとグイッと肩を掴まれベポくんと引き剥がされた。


「あぁー…」
「あ、キャプテン!」
「おぅ、チケットありがとな」
「うん!楽しんでね〜」
「行くぞ」


そう言い、わたしの手首を掴んで歩き出したので、慌ててベポくんにまたね。と声を掛けた。

それから暫く手を引かれ、着いた先にわたしは絶句。


「こ…、ここ…?」
「あぁ、行こうぜ」


なんでいきなりお化け屋敷!!?


「ごめん無理!!」
「うるせェ、怖いのか?」


後ずさるわたしの腕を瞬時に掴むと見下ろすように言ってくる。だけど、怖いものは怖い。なんとかして逃げなければ。


「こ!こういうのは最後にとっておくものでしょ!」
「まぁ、名前の怯える顔を最後までとっておくのも悪くねェか」
「ひっ…!」


不敵な笑みに身体が凍りつく。
こっ、怖いよこの人…!!お化けよりか…はないけど、それでも怖い!考えてることが怖い!


「あ、かっ、観覧車!観覧車行こう!」
「お前…それこそ最後にとっておくもんだろ」
「いいじゃん!ほら、早く行こう!」


さっきとは逆で今度はわたしがローくんを引っ張っていく。乗り気ではなさそうでブツブツ言いながらもちゃんとついて来てくれた。


「高いねー」
「おれは初めて乗った」
「あはは!確かにローくんが観覧車とかなんか変!」
「お前はよく乗るのか?」
「うーん、わたしも小学生以来かなァ、大きくなってから乗ると、またなんか違うね!」


なんだろうな。小さい頃は、ただ高いところに行くっていうのが楽しくてワクワクしたけれど、今は、景色とか、普段は見れないものを観れる。なんて、大人な考えが出てしまった。


「そうだ、写真撮っておこう」


パシャパシャと景色を撮って、上からの景色に見入っているローくんもさりげなく撮っておいた。
やっぱイケメンだねェ…、またクラスのローくんファンの子たちに見せてあげよう…。


「おい、今撮ったろ」
「えっ?な、なんのことやら」
「とぼけるな、貸せ」
「あ!」


ローくんにケータイを奪われ、今撮った写真を見られた。だけど、ローくんはそれを削除することもせず、フッと笑った。


「おれの方がうまい」


そう言ってローくんがケータイの画面をこちらに向けて来た。それを見せてもらうとわたしは目を見開いた。


「わ、わたし!!」


そこには潜水艦でわたしが寝ていた時に撮ったのだろう、だらしのない寝顔写真。しかも待ち受け。なんという醜態を晒してくれてるのよ!


「うわぁぁ!こんな間抜け顔を無闇に晒さないで!!」


慌ててケータイを奪おうとしたが、サラッと避けられてしまった。
ローくんはわたしが必死になってるのを見てクツクツ笑っている。それにもめげずに手を伸ばすが、いつのまにか下に到着していたようで扉が開けられ、従業員の方に、終了でーす。と声をかけられた。



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