「ただいま〜」
「おかえり〜」
後片付けをして、マルコ先輩と暫くお喋りして、やっと帰宅したのが夜の8時。自室へ上がろうと階段を一歩登ったとき、キッチンにいる母から声を掛けられた。
「今日夕飯いらないわよね?」
「うん、メールしたじゃん」
「そうよね。あ、エースくん来てるわよ」
「はーい」
ん…?今さらっとなんて言った?
エースが…?来てる…?
「え!どこ!?」
「名前の部屋にあがってもらってる〜」
「はぁっ!?」
ほんとにウチの母親は…
いくらお気に入りでも男の子を年頃の娘の部屋に入れる!?しかも勝手に!!
階段を駆け上がり自分の部屋の扉を開いた。
バタンッ!
ドアを開けると我が物顔でくつろぐエースの姿があり、わたしを見てひょいとベッドから起き上がると片手を上げた。
「よ!やっと帰って来たか〜」
「やっと帰ってきたかじゃないでしょ!!なんでいるの!」
「いやぁ……家出してきた」
ポリポリとこめかみ辺りを掻くエースに、ゆっくりとため息を吐いてからわたしはエースの隣に座った
「で、なんでウチにきたの?白髭の所があるじゃん」
「久々におばさんの料理が食いたくなってさ」
「あ、それでわたしの夕飯はエースが食べたって訳ね」
ごっそさん。と手を合わせるエースにそれはいいから、理由を教えろ。と話を続けた。
「テストの点、悪かったからジジイと喧嘩した」
「…あれ?テスト良かったんじゃなかったの?」
「前よりかはな、でも悪い事には変わりはねェ」
「あらら…」
思わず担任の口癖が出てしまった。今日のエースの元気がなかった原因はこれね。納得したわたしの隣で今度はエースが眉間に皺を寄せた。
「で、お前こそこんな時間までどこいってたんだよ?」
「マルコ先輩の部屋、ご飯作りに行ったの、それから話したりいろいろしてたらこんな時間に…」
「へェ……」
なによ、聞いといてその顔って……
「わたしちょっと着替えてくるね」
「なぁ」
立ち上がるとエースに手首を掴まれた。どしたの?と聞くがエースと視線が合わない。
「名前…」
「ん?」
「いや、いいや」
よく分からないエースにそっか。と、そのまま行こうとすると、今度は腕を引っ張られて頭をエースの胸に押し付けられた。
「えっ!?」
全く思考がついて行かないけれど、腰もガッチリ固定されていて頭に乗っている手も動かない、エースとは中2から一緒だけど、こんなにくっ付くのは初めてで、なんだかドキドキする。
「ど、どうしたのエース…変だよ…?」
「名前は…」
「うん…?」
「名前はマルコの事が好きなのかよ?」
「はぁ?」
ガッと大きな胸板を押せば結構簡単に身体は離れて、不貞腐れたような顔をしてるエースと目が合った。
「だって最近はずっとマルコと一緒じゃんか…」
「それは……」
確かに…、テストもあったし、最近はマルコ先輩とずっと一緒にいた気がするけど…。
すると、エースがへらりと笑って、頭に手がポンポンと降りて来た。
「わりィ、こんなこと言って。誰といようが名前の勝手だよな」
ハハ、と笑うエースが少し寂しそうな顔をしてるのは気のせいかな。
「いいの……着替えてくるね」
「はぁ……」
バタリ。とベッドの上で寝転ぶと、ギィと音がなった。
なんなんだ…、ほんと…。
だんだん名前が遠い存在になっていく気がする。
今までずっと一緒だったのに…。
なんでかわかんねェ、ただおれといる時間が減っていってるのは確かだ。それが嫌だ、本当に嫌だ。
今日だって、またマルコかよ…。
もうテストは終わったじゃねェか。
クシャ…
自分の髪を掴んだ。
「ッ……!?」
…ん…?……この気持ち…。
さっき読んだ、そこの本棚にあった漫画の主人公と同じだ…。
なんつうか、自分の傍にいてくれないと嫌だっていうか、モヤモヤっていうか…。
もし、あの主人公と同じなら…、おれは…。
名前のことが…好き…なのか…。
着替えを済ませエースのいる自室の前で立ちすくむ
なんて言うか…入りずらい…!!
今日のエース変だし、あんなにくっ付いたの初めてだし!
くっ付けられた耳から聞こえてきたエースの心音がトクトクいってて、自分もなんだかドキドキして…!!
思い出しただけて顔が熱くなる。
もう!どういう顔して会えばいいのよ!!
ガチャ
「ん?お前何やってんだ、顔芸?」
「ち、違うわっ!!」
扉から出てきたエースはさっきとは違って、いたっていつも通りで、わたしの顔が不細工だって指差して笑う。ムカついたからわたしもエースのそばかすを笑ってやった。
「名前〜〜!!」
その時、母が呼ぶ声。互いに顔を摘み合った手をそのままに、何〜?と返す。
「大雨降ってきちゃってパパ電車止まって帰ってこられないんだって、だから車で迎えに行ってくるわね」
「そっか、気を付けてね!」
「はーい、あ、エースくんゆっくりしてってね〜」
「ありがとうございまーす」
ちゃっかり返事してるし…!!
わたし達はまた部屋に戻って談笑、さっきの事は気になったけどエースはいつも通りだったし気にしないことにした。
ピカッゴロゴロッ
「ぎゃっ!」
雷の音に思わずエースにしがみつく、とエースはククッと馬鹿にしたように笑った。
「名前って、昔から雷苦手だよな〜」
「無理!本当に無理!」
「へへっ、だっせー」
「うっさい」
雨も滝のように降っていて、一瞬でも外に出たら全身ずぶ濡れになるレベル。
そういえば、エースは帰れるのかな…?
そう聞こうとしたとき、テーブルに置いてあったケータイが鳴って、またエースにしがみついた。
「うぎゃぁっ」
「電話じゃねェか」
エースからケータイを受け取って見てみると、母からの着信。どうかしたんだろうか?ピッと通話ボタンを押し、耳にあてる、反対側からエースもくっ付けて来ているけど、まぁ気にしない。
《ついさっき、無事お父さんの所にたどり着いたんだけど…》
「どうしたの?」
《大雨で事故が起きちゃったみたいで、通行止めになってて帰れないのよ》
「えぇ〜っ!!」
《だからママ達近くのビジネスホテルにでも泊まってくわね、あ、寝る前に見て欲しいんだけど、二階の窓の戸締まりとガスと〜〜〜と〜〜〜〜〜と………》
「あぁ、うん、分かった」
《あ、あとちょっとエースくんに代わって》
「え、うん?」
「え、おれ?」
「うん」
2人して首を傾げるも、エースはケータイを受け取ると会話を始めた。
「もしもし……あぁはい、おれもそう思ってて………え、いいんすか?分かった、うん、ありがとうございます、うん、じゃあ…!」
ピッと通話終了ボタンを押して渡して来たケータイを受け取る、なんだって?と聞けばエースはニッと笑った。
「こんな雨じゃ帰れないだろうから泊まってけって」
「えぇっ!?」
「いやー、おれも思ってたんだよな、すっげぇ雨だってよぉ」
楽しそうにニコニコと頭を掻きながら言うエースにため息が出る。母よ…まじか…。
「折角言ってくれてんだし、いいじゃねェか!」
「まぁ、いいけど…」
ウチの親も何考えてんだか…、それにエースもどんだけ信用されてんの…。
両親の考えに呆れつつもそろそろお風呂に入らなければと思い立つ。
「えっと、お風呂先入る?」
「おれ後でいいぜ」
「そっか、じゃあ、待っててね」
「おぅ!」
嬉しそうなエースの声を背に、わたしはお風呂へ向かった。
そういえば、エースの着替えどうしよう…?
一応いつものバッグは持ってるみたいだけど、着替えはあるのかな。
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