人がいないのを確認して、船尾に名前を下す。突然のことに名前はよくわかっていなさそうで、ワンピースの裾を直しながら不思議そうにおれを見上げた。
「なんで、そんな格好…」
「あ、ナースさん達がね、してくれたの」
似合う髪型も考えてくれて、メイクもしてもらったよと、嬉しそうに言うと、今度は少し不安げに、どうかな?と聞いてくる。
「に…、あってる……けど」
そりゃもちろん可愛い。口籠るおれに、よかった。と嬉しそうに笑って、またワンピースに触れた。ナースたちはよくわかってると思う。名前に似合うものとか、どうなったら可愛くなるのかとか。ただ許せないのが…
「…その格好で、誰かと会ってきたか?」
「え?」
名前は不思議そうにしながらも、えっと…。と斜め上を見て考え始めた。
「医務室でデュースさんと会って…、操舵室にも行って…」
名前の口から紡がれる人物達、この姿を見た奴が他にもいるってことかよ、おれよりも先に。そんな幼稚な考えが脳内を駆け巡る。食堂にいた奴らも殴ってでも記憶を消してやりたい気分だ。
「ちょっと、行って来る」
記憶を消すリストを頭に入れ、すぐにそいつらの元へ向かおうと踵を返した時、くいっと腕を掴まれた。足が止まってその先を辿ればもちろんおれを引き止めたのは名前で。不思議がるおれを名前は見つめた。
「行っちゃうの?」
ぽつりと発された言葉。名前自身無意識だったのか、固まるおれに対して、発した途端にみるみるうちに顔が真っ赤になっていく。いや、なんでそれだけで照れるんだよ。と言いたくなるが、名前は俯いて掴まれた手は離された。ひゅうっと風が通った。
「やっ、だいじょうぶ…」
引き止めたくせに、自分の言ったことに恥ずかしくなったのか。両手で顔を隠して俯いた。見えてる耳が真っ赤だ。恥じらう姿に嗜虐心がくすぐられたおれは、その手首を掴んで顔から離した。
「…隠すなよ」
「やめっ…」
「照れてんのか?」
「……っ」
真っ赤になりながらなんとか顔を背ける姿を見て、無意識に口角が上がって顔を近づける。あらわになった白い首筋に唇を寄せれば名前はふるっと震えた。ちゅうっとじっくりそこに吸い付けば赤黒い痕が付いて、そこに舌を這わせると、名前はぴくっと体を跳ねさせた。
「あっ…!」
顔を逸らしたまま、おれのしたことがわかったらしい名前は、なんてことするんだと涙目で訴える。手首を掴んでいた手を腰に回してぐっと引き寄せた。近くなった顔、額を合わせて微笑んでやる。
「お前は、おれのもんだろ?」
「そっ、そうだけどっ…」
狼狽えながらもはっきりとそう言った名前に、たまらずその体を腕の中に閉じ込める。巻かれた髪が顔にかかって、名前の匂いが一気に入ってくる。おれ自身、余裕ぶってるけど、心臓が破裂しそうなくらい昂ってる。名前の手が遠慮がちに背中に回されていく。そういうのが、たまらなくうれしい。
「好きだ…」
「…うん、わたしも…」
今までその二文字が言えなかったっていうのに、思いが通じた途端に言葉にせずにはいられない。それに照れながらも返してくれる名前が愛おしくて、どうしようもない。こんなに幸せでいいのかとすら思えてくる。
「エースくん」
「ん?」
されるがまま、胸の中からモゴモゴと名前がおれを呼ぶがして、腕の力をそのままに答える。
「わたし、幸せすぎて、死んじゃうかも…」
体を離して名前の顔を見れば、未だに頬は赤みがかっていながら、微笑んでいた。その笑顔におれは一瞬動きが止まる。
あの時遠ざけようとしていた自分がいかにバカだったのか思い知らされた。これからは名前がそばにいてくれる、これがおれの夢でないのなら、現実なのなら、おれは名前を全力で守っていく。
「死ぬほど愛してやるから、覚悟しとけ」
おれの言葉に今度は名前が一瞬驚いたようだったけど、またすぐに微笑んだ。
「よろしくお願いします」
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