「はぁっ!?なんだその話!」
おれの声が響く。
と言っても広い食堂の片隅、他にも人が大勢いるものだから、特に注目を集めるでもなくかき消された。
昼飯を食ってから通りすがりに呼び止められたのは、あの四番隊のサッチ隊長と一番隊のマルコ隊長だった。マルコ隊長がカウンターに座り、そのカウンター越しに厨房から手を振っていたのがサッチ隊長
呼ばれて、戸惑いながらも促されるままにマルコ隊長の隣に座らされた。
そこで聞かされたのはエースが白ひげのところに行ったとのこと。
ついに決断をしたのかと思ったが、おれの予想は大きく外れた。
「そうそう、うちの客人扱いになんの」
「しかも白ひげの下で仕事をしながら?意味わかんねぇ」
「お前らの船長は考えることがぶっ飛んでるねい」
「それを許可したあんたんとこもだろ」
二人とも呆れたような言葉を発しながらも顔は笑っている。
おれの方は事態を理解できねぇってのに…。
サッチ隊長の話をまとめると…
エースはこの船の客人扱いになって…
白ひげに仕事をもらって、仕事の成果につき、白ひげを襲撃すると。
100回襲撃してもエースが勝てなかったら、おれ達は白ひげの旗に下ることになるらしい。
そんなむちゃくちゃな話…なんで白ひげもそれを許可したのかわからねぇ。
おれが困惑の表情を浮かべてるのに、この場の二人は飄々としている。
マルコ隊長なんかはコーヒーすすりやがった。
「ま、親父だからねい」
「親父がいいっつったらこの船ではいいんだよ」
そんなもんなのか。
「ちなみに百回負けたらうちの旗に下るってのはおれが流した噂な。期限がねえと何年でもやりそうだったからよ」
てへっ。なんてかわいくもなく舌を出したサッチ隊長を冷めた目で見つめる。
百回勝負ったって、そもそもすでに何十回と負けてるってのに…。
カチャと音を立てて、マルコ隊長がコーヒーカップを置き、ま。と声を発した。
「これでエースも身の振り方は一応決まったわけだよい」
「そういうこと!」
「いや、でも、いいんすかそれで…」
「あと、おれがエースの預かり人ってことになったから」
この人らの受け入れの柔軟さはなんなんだ。
船長の気まぐれには慣れてるってのか?
うちの船長も相当自由人だったが、それすらも四皇レベルだったってことか。
けどまぁ、この人らの言う通り、中途半端な立ち位置にいるおれ達の命運がそろそろ決まるかもってことは確かだ。
やり方はぶっ飛んでるが、エースがエースなりに納得して決めたんなら、おれはそれでいい。
おれが最後に会った時は、まだいろいろ悩んでるみたいだったからな…。
つい最近までは白ひげにやられてよく医務室へ運ばれてきた。
海に落とされる度、ウォレスが泣きそうな表情でエースを連れてくるんだ。
目が覚めておれの顔を見ると途端に冷静さを取り戻して、ここで立場をもらっているおれを皮肉るわけでもなかった。
「名前は…、どうしてる…」
そういや、一度だけ名前のことを聞いてきたな…。
名前はエースのことを見たって言ってたけど、エースは名前がこの船に乗ってることも知らないようだった。
自分の信念しか見えていないのかと思っていたからその言葉には少しらしさを感じて安心したのを覚えてる。
「この船に乗ってるよ。航海士チームに入れられて、今はマルコ隊長が面倒見てくれてるみたいだ」
「…そっか」
安心したような、でもどこかやるせないような。そんな表情。
おれたちが一緒に旅をしている間、名前とエースが顔を合わせないなんてことはなかったもんな。会話はなくともエースはいつも名前を見てたから。
この百回勝負が終わればエースと名前が再会する日もそう遠くないはずだろう…。
隊長達と別れて廊下を歩いていれば前から名前が歩いて来た。
久しぶりに顔を合わせ、互いに苦笑いを溢す。
名前は航海士チームへと入れられていたから会うことは少なくなったが、時々食堂でマルコ隊長と食事を取っているところは目にしていた。
今だって、表情こそ難しいが、顔色も悪くない、飯もちゃんと食べているようだし、体調の心配はなさそうだ。
隊長がちゃんと世話してくれてるんだとわかって安心する。
「久しぶりだな、無理してないか」
「はい、デュースさんこそ」
「ここだとおれの代わりはいくらでもいるからな。前よりも休めてるかもしれん」
そんなおれの冗談に二人でまた小さく笑う。
おれ達はこの船で役割を与えられて、ここでの生活に馴染み始めている。
そのことは会うたびにお互いが薄々感じていた。
だけど、いつでも二人ともエースのことが気がかりだったのも事実、名前と会えばいつも聞かれるのはエースのこと。
これまではおれもあまり確信めいた話はできなかったが、今回は違う。
ついさっき、聞いた最新情報を名前へ伝えれば、目を見開いて驚いていた。
「百回…!」
「ま、それはサッチ隊長が流した噂だけどな。ここまで広まったら今更逃げれねぇだろうけど」
「百回エースくんが負けたら…、白ひげ海賊団に下るってことですか…」
「そういうことだな」
おれの話した内容に驚きつつも、さっきのおれ同様すぐには理解できないようで
ゆっくり咀嚼するように、おれの話を整理していた。
だけど、驚いてはいるものの、名前の表情は思っていたよりも暗くはない。
むしろ、少し明るくなったようにも感じる。
「名前、もしかして、この船に乗っていたいか?」
「えっ…!?」
まさに図星を突かれた。というように顔を上げた。
そして、すぐに気まずそうに目を逸らして、コクンと小さく頷いた。
名前の気持ちというか考えはおれにも理解できた。
この船にはずっとここにいたいと思えるだけの魅力がある。
挑んで敗北したおれたちを捕らえずに自由にさせて、仕事まで与えて。
船長のエースは未だに襲撃を繰り返しているのに、誰からもその件で責められたりしたことはなかった。
全員が自分の船長なら大丈夫だという確信を持ってるからだ。
船長は船員を子として愛情を注いで、海賊団全員が家族だというこの船
部外者であるはずのおれたちにすらその愛情を分けてくれている。
名前はよりそれを感じることがあったのかもしれない。
ここに来た時よりも随分と表情も顔色も良くなった。
「名前」
おれの呼びかけに名前がゆっくりと顔を上げ、不思議そうにおれを見上げる。
おれは、ふっと微笑んで見せた。
「おれもだ」
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