デュースさんからエースくんのことについて聞いたあの日から、エースくんが四六時中白ひげさんを襲うということはなくなったようだった。
時折聞こえていた爆発音も聞こえなくなった。

偶然、操舵室の窓から、甲板を掃除するエースくんが見えた。



「ほんとだったんだ…」



にわかには信じられなかった。
ここで仕事をもらいながら、その成果に応じて白ひげさんに勝負を挑む。なんて…。

サッチさんに揶揄われながら、ブラシで甲板を擦るエースくんは、以前のように傷だらけではない。
するべきことがわかって迷いがなくなったって顔


その落ち着いた表情に心底ほっとした。


フーシャ村を出てからエースくんが負けるところなんて見たことがなかった。
きっと、エースくん自身も初めての敗北。
この船に乗ってからも、白ひげさんを襲うエースくんの姿は何かに焦っていて、このまま壊れていってしまいそうで、怖かった。

航海士として、彼の航海を支えてきたつもりだったけど、壁にぶつかるエースくんにわたしは何もできなかった…



「名前、何かあったかよい」
「あっ!すみません、ぼーっとして」
「いや」



突然声をかけられて驚いてしまった。
腕に乗せていた本の一冊が落ちて、マルコさんが拾ってくれる。
そのままわたしの手に残っている本を奪う。

マルコさんはいつも流れるようにわたしを助けてくれる。
わたしはそれに甘えてばかりだ。

わたしが見ていた方向に視線を滑らせたマルコさんは「エースか」と呟いた。



「ほんとに甲板掃除してるなんてねい」



少しおかしそうに微笑む。
その表情はとても優しいもので、わたし自身の頬も緩んだ。


マルコさんだけじゃない。
毎日どこからか聞こえてくる、あと何回の言葉。

さっき見えたサッチさんも含めてみんな、エースくんのことを気にかけてくれている。
敵だったのにな。

どうして、ここまでわたし達を受け入れてくれるのか不思議。

操舵室のみなさんも、マルコさんから何か言われてるのかもしれないけれど、とても優しくて、毎日何か声をかけてくれる。
仕事を割り振る時にも必ず「これならできるか?」とわたしを気遣ってくれるのだ。

仕事内容だって、資料の移動や、書き写しなど、ほんとうに簡単なこと。



「これはどこに置くんだい?」
「あ、すみませんっ、その棚にしまうように言われてて」
「あぁ、あそこかい。名前じゃ届かねぇだろい、…ったくあいつら」



マルコさんの反応から、やっぱりマルコさんが何か気を利かせてくれていたんだとわかった。
これくらい何か椅子にでも乗れば平気なのに。

マルコさんは少し悪態を吐きつつ、さっきわたしから奪った本を棚に戻していく。

やっぱり、優しい。
マルコさんだけじゃなくて、この操舵室のみなさんも。

まともな仕事なんて何一つできていないわたしを受け入れてくれている。
いつのまにかこの場所が居心地が良いことに気がついていた。


この間、デュースさんに図星を突かれてドキッとしたけれど…


わたしもこの人たちと一緒に働きたい。

ここに、いたいな…。


エースくんが覚悟を決めるまで、そう思ってしまう自分が嫌だった。エースくんやスペードのみんなを裏切っているような感じがしていたから。


でも、エースくんも、自分と白ひげさんと向き合って、彼なりにケジメをつけようとしている。
それがわかってから自分の中でも気持ちが強くなっていた。


マルコさんは棚から振り返ると目が合って「他に頼まれてることはないか」と確認した。
それに頷くと「なら付いて来い」と腕を引かれる。

操舵室を出て広い船内を歩く。
いつものルートじゃないから食堂ではないようだ。
初めて通る道順で行き先の検討がつかない。



「ど、どちらに行かれるんですか?」
「あぁ、今までお前に対する配慮が足りてなかったなと思ってな」
「配慮…??」



マルコさんの言葉に頭にクエスチョンマークが浮かぶ。
これ以上ない配慮をしてもらっていると思うんだけど…。

そんなことを考えながらマルコさんが足を止めたのは医務室…、ではなくその隣にあるお部屋。
以前倒れた時にこの隣の医務室で寝かされていたことを思い出したけれど、今目の前にある扉には入ったことがない。作りは医務室と同じよう。
違うのは“男子禁制!!”と扉の真ん中に大きく書かれていること。


それを前に動きを止めたマルコさんを見ていると、振り返った彼と目が合ってドキリとした。
かと思うと「あー…」と視線を外される。



「正直、おれはここがあまり得意じゃない」



なんとなく気まずそうに首の後ろに手をやった。
マルコさんの言いたいことがわからなくて、わたしは首を傾げる。



「女同士の方が話しやすいこととか、いろいろあるだろい?そういうの考えてやれてなかったなと思ってな」



女同士…?



理解の追いついていないわたしを他所に、マルコさんは再度扉を見る。
はぁ。と小さく息を吐いて、その扉をノックした。



「はぁ〜い」



久しぶりに耳にする女性特有の高い綺麗な声
ガチャ…という音とともに扉が開いて、まず目に飛び込んできたのはたゆんと揺れる胸
そして鼻の奥に届く甘い香り



「あら?マルコ隊長じゃない!いらっしゃ〜い」



視線を上げていけば、そこには黒髪の綺麗な女性がいらっしゃって、マルコさんを見るとさらに顔を綻ばせた。



「え、マルコ隊長ですって?」
「珍しいわね、隊長がいらっしゃるなんて」



後ろから別の女性達も顔を出して、それぞれが綺麗なお顔を綻ばせた。



「どうぞ入って」
「隊長なら大歓迎よ」


次々とマルコさんを部屋に通そうとする声がかかるけど、マルコさんはそれを丁寧に断っていた。
そして、マルコさんが少し身体をずらしたことで、わたしの姿が目に入ったらしく、あら?とその綺麗な瞳がわたしを捉えた。



「あの噂の船長のところの子ね、前より随分顔色が良くなったわね」
「あぁ、名前だよい」
「お、おかげさまで、あの時はお世話になりました」



へこっと頭を下げれば、数秒の沈黙。
何も返事が返ってこないことに不思議に思ってゆっくり顔をあげると、驚いた様子で目を見張る女性とマルコさんがいた。
何かおかしなことでもしたのだろうかと首を傾げると、女性がふふっ、と小さく笑った。



「ごめんなさいね、この船に乗ってて、そんな丁寧なお礼なんてされたことがなかったから」
「お前、ほんとに海賊らしくないねい」
「ほんとね、普通の女の子じゃない」



マルコさんもおかしそうに笑う。
大したことではないのに、そんな風に言われてなんだか恥ずかしい。


そこで、改めてマルコさんは彼女たちを紹介してくれた。

この方達は白ひげ海賊団のナースさん。
容姿からもその予想はしていたけれど、白ひげ海賊団の船医さん達の補助や船員達の健康管理をしているんだとのこと。

きっと、わたし達スペード海賊団もこの方達にお世話になったんだろう。

にしてもこちらにいらっしゃるみなさんとても綺麗で、美人な方ばかり。
そんな方達を前にすると、なんだか自分の容姿が貧相に思えて居た堪れない。



「よ、よろしくお願いします…」
「名前ね、こちらこそよろしくね」



優しく微笑んでくれて、美人の笑顔って破壊力がすごいなぁ。なんて思ってしまった。



「女同士の方が相談しやすいこともあるだろうと思ってな。紹介しておこうと思ったんだよい」
「そんなっ、わたしのために、ありがとうございます…」



また、マルコさんがわたしのために気を利かせてくれたのだとわかる。
確かに、この船に来てから女性のクルーには会ったことがなかった。
バンシーさんも別の船に乗っているみたいだったし…



「そういうことだ、こいつが困ってたら助けてやってくれよい」
「もちろんです、ここに来れば常に誰かがいるからいつでも歓迎よ」



マルコさんとナースさんの会話が頭上で交わされる。
そして、ナースさん達の目がわたしに向いた。



「じゃあ早速だけど…、いらっしゃい名前」
「え?」
「良いでしょ隊長?」
「あぁ」



マルコさんの返答にナースさん達は微笑むと、わたしの腕を掴んだ。
そのままひょいっと部屋の中に招かれる。
不安に思いながらマルコさんを見るけれど、彼は小さくため息を吐いただけ。



「じゃ、名前借りるわね」
「よい」
「ええぇっ…!?」



片手を上げたマルコ隊長の姿が扉が閉まっていくにつれ見えなくなる。
パタン。と音とともに完全に扉が閉まると、振り返ったナースさんはさっきと同じように微笑んでいた。

ヒヤリと背中に冷たい汗が流れた。



「さぁ、始めるわよ」

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