「ありがとうございますっ…、いただきます」



目に涙を浮かべながら手に持ったスペアリブに小さく噛み付いた名前を見て、サッチと目を合わせる。
サッチは呆れながらも、心配そうな視線を名前へ送っていた。

おれが、コタツが獲ったもので飯を作るように頼んだ。
昨日も一昨日も、飯に連れて来てもまともに食べようとしなかったからだ。


名前はおれがスペード海賊団の船を捜索している時に見つけた。
目の前でぶっ倒れた時はビビったが、こいつも立派な航海士だったらしい。

あれから、デュースに名前のことについて聞いた。


船長であるエースの幼馴染でエースに連れ出されて海賊になった。そのせいかエースへの想いは誰よりも強い。

独学で学んだ航海術でスペード海賊団の航海を支えていたんだと。
なのに、本人は自分に自信がなくて、自分の存在価値を低く見積もる癖がある。

それに、人一倍気を遣うやつだとも聞いた。

全くもってその通りだった。
エースへの罪悪感からか、航海士として働くことに迷いがあるらしく、操舵室へやっても、航海士としてそのチームに混ざろうとはしていなかった。
あの広い操舵室の隅でいつも資料の整理だとかを手伝っているくらいだ。


それで、十分に働いていない自分はここで出る飯を食う資格がないとでも考えているのか、飯にもほとんど手をつけなかった。

これはあくまで予想だったが、今の感じをからして、やはりそうだったのだと確信した。


目の前でゆっくりながら肉を食べる名前に「美味いか?」と問えば「はいっ」と小さく笑顔が返ってきた。

これまで長年海賊をしてきたが、こんな女海賊とは出会ったことがない。
ホワイティ・ベイも含めて、女海賊ってのはいつも勝気で強い女ばかりだった。

比べて名前は、どこの島でもいそうな、平穏が似合う子だった。
新世界まで来てるんだ、精神的にも弱くはないはずだが、誰かが守ってやらねぇとすぐに壊れてしまいそうな、そんな危うさを感じた。



「名前、飯はちゃんと食えよい」
「……?」



おれの呼びかけに不思議そうな顔をこちらへ向ける。

きっと、自覚してなかったんだろうな。
こいつにとって、食事をとることよりも、エースとかおれたちへの罪悪感とかの方が大きかったんだ。

初めて会った時もそうだった。
デュースから聞いた話じゃ、名前一人を船に残しておれ達に挑みに来たと聞いた。
一人で待つ間、仲間の安否ばかり考えていたんだろう。

あの過度の栄養失調から数日食事を取っていなかったことは明白だ。
仲間のことや周りの事ばかり考えて、自分のことは考えられていない。
今も、体調のことなんて頭になかったんだろうな。




「お前が迷ってるのをわかって、おれは操舵室へいれたんだ」
「……」
「仕事は自分の思う範囲で手伝ってくれりゃいいし、飯のことも遠慮はいらねぇよい。しっかり食わねぇとまた倒れるぞ」
「マルコさん…」



驚いた表情を浮かべる名前の頭に手を伸ばして、数回撫でてやる。
微笑んで見せれば、名前は一瞬目を見開いて少し頭を下げた。



「ここにいる間、お前の面倒はおれが見るよい」
「っ…」
「困ったことがあれば頼れ」



名前は顔を下げたまま、腕で涙を拭った。
小さく「はい」と言ったのが聞こえて手を戻した。


こいつらがこの先どうなるかは船長であるエースの決断にかかってる。
エースがこの船に乗るのか、降りるのか。
その決断次第で名前含めスペードの奴らの行く末が決まる。

他のやつらはそれぞれ配置した場所で働き出したと聞いてるが、きっと個人差はあれど全員迷いながら過ごしているはずだ。
この子は、エースとの関係が長い分その迷いが大きいんだろう。

エースが決断を下すまで、名前にとっても不安な期間だろう。
せめて、自分を壊さないようにはしてやらねぇと。



「マルコだけじゃねぇぞー。名前、おれのことも頼れな!」



サッチが横から笑顔で名前に言葉をかける。
名前は顔を上げて「ありがとうございます」と目元を赤くしながら微笑んだ。



「おまっ、笑ったら可愛いじゃねぇか!もっと笑っとけ!な!」
「そ、そんなこと…!初めて言われました…」
「え、まじ?」



名前は頬を赤らめて恥ずかしそうに顔を逸らした。
絶世の美女と言うわけではないが、容姿が整っている部類には入るだろう。
それに、控えめだけど、仲間想いで一生懸命な性格だ。今の反応も含めて、男を惹きつけるものを十分持ち合わせてる。



「いや、お前かわいいぞ!もうこの船乗っちまえ!」



おれの妹になれ!
どこかで聞いたセリフを言いながら、名前に差し出すサッチの手をおれが代わりにバチン!とはたく。なに勧誘してんだ。



「いってぇ!!」
「やめとけよいサッチ」
「ふふふっ…」



おれ達のやりとりを見て、おかしそうに笑う名前に今度はおれ達が呆気に取られる。
サッチと目を合わせて互いに眉を下げた。
こういう些細なことでも笑えるんじゃねぇか。


しばらく笑っていたかと思うと、表情を変えて、今度は少し心配そうな表情を浮かべた。「どうした?」とサッチが声をかける。



「あの、エースくんは、ご飯食べてますか?」



サッチを見上げる名前の眉は八の字に下がっている。
その姿をみてサッチは名前の頭に手を乗せて、優しく微笑んだ。
大丈夫だと言い聞かせるように。



「ちゃんと食ってるよ、あいつこそ遠慮するべきだろうにな!」



この船の誰よりも食ってるんじゃねぇか?
とサッチの言葉に心底安心したように名前はほっと息を吐いた。

いくら気にするなと言ってもエースのことを心配するのは仕方がないな。

エースのことはサッチがよく面倒を見ているから心配はしてねぇが、あいつもそろそろ考えがまとまった頃だろう。ここまで親父に叩きのめされて、今の自分が白ひげに勝てるなんて思ってはねぇだろうが、かと言ってすぐにうちの旗に下るような玉でもない。

まだ時間はかかりそうか。



少し緊張の解れたらしい名前を見て、微笑む。

さっき、名前を海賊らしくないと思ったが、この子を見てわかった。
海賊以前に、ただの年相応の女の子だ。

見知らぬ場所、ましてや海賊船、きっと気の休まる時なんてなかっただろう。
おれ達といる時くらいは気を張らずにそのままのこの子でいられるようにしてやりたい。

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