モビーディック号、彼の四皇エドワード・ニューゲート率いる白ひげ海賊団の船

スペード海賊団はこの白ひげ海賊団に挑んで敗北した。
船長であるエースくんと共に、わたし達もこの船に乗せられ、食事と寝床だけでなく、それぞれの能力を見定められ、個人に合った役割を与えられた。


わたしは航海士チームへと入れられた。

あの時、マルコさんが考えていたのはわたしを航海士チームへ入れることだったらしい。

他のスペードのみんなは、この船に乗っているとは限らないとのこと。ここは本船で同じ規模の副船が数隻あって、そのうちのどこかに乗っているのだと。



「間違いなく全員乗ってるから、その点は安心しろよい」



そう言うマルコさんが嘘をついているようには見えず確かめる術もないためその言葉を信じるしかなかった。


スペード海賊団とは比べ物にならないくらいに大きい船だけでも驚きなのに、これと同じくらいの船があと数隻あるというのだから、わたし達では到底及ばないような力を持つ相手だったのだと知らされた。

そんな中エースくんは今もこの船の船長である白ひげに挑んでいると聞いた。
わたしが療養していた期間も含めて毎日。

一度だけ、エースくんを見た。
全身傷だらけで、ボロボロ。それでも、視線は鋭く目の前の敵を見据えていて胸が締め付けられた。エースくんはまだ負けを認めていない。まだ闘ってる。

なのに、わたしは…。

エースくんに声をかけるどころか、近付くことさえできないまま、わたしは逃げてしまった。

航海士チームへ入れられて数日が経っても思い出すのはあの時のエースくんの姿。
エースくんはあんなになってまで闘っているのに、彼を残して、ここでの環境に馴染んでしまっていいのか。迷いがずっと心の中で渦巻いていた。


わたしはエースくんのために航海士になったのに、今のわたしは一体なんなんだろう。



白ひげ海賊団の操舵室には数十人の航海士がいて、この船の航海を安全に行うために日々働いている。わたしがいなくてもこの船の航海は成り立つ。
この広い操舵室の中でもわたしの居場所はない気がしていた。


わたしがこの役目に迷いを持っていることに気づいているのか、マルコさんは、わたしを気にかけてよく声をかけてくれた。



「そろそろ飯行くかよい」



いつも昼時になれば操舵室へ顔を出してそう言ってくれる。
周りの方達は驚いていたけれど、今のわたしには頼れる人はこの人しかいない。
マルコさんに連れられて、二人で食堂へ向かう。
操舵室から食堂までの道順はもう案内なしでも行けそうなくらいにはなってきた気がする。



「慣れたかい?」
「あ…、そうですね…、まだまだわからないことの方が多いですけど」
「そうか」



マルコさんはこの船の一番隊隊長であり、航海士チームのトップでもある。あと、医者でもあり、医療チームも彼が纏めているのだと、先日再会したデュースさんに聞いた。

隣を歩くマルコさんを見上げてみても彼の表情に変化はなくて、何を考えているのかはわからなかった。

世間でも白ひげの右腕とまで言われている人が、どうしてわたしなんかを気にかけてくれるのか不思議でならない。



食堂につけばいつものように大勢の人で賑わっている。
ここの食堂はスペード海賊団とは比にならないくらいの広さで料理人も大勢いて、食事時にはたくさんの料理が並んだ。

マルコさんについて行くと、厨房からサッチさんが顔を覗かせる。
四番隊の隊長である彼はここの厨房を任されている料理人だ。
リーゼントが特徴的な笑顔が素敵な人、わたし達の姿を確認すると、いつものようにパッと微笑んでくれた。



「おっ、名前も来たな!そこ座ってろ、今持っていく」
「あぁ、頼むよい」



指された席へ座れば両手にたくさんの料理を持ったサッチさんがやってきた。
ふわりといい香りが鼻の奥まで届いて、情けなくも、ぐぅ。とお腹が鳴いた。
それに気がついているのかマルコさんは正面の席へ座って少し微笑んだ。



「今日はコタツが獲ったトンガリ豚のスペアリブだぞー」
「うまそうだねい」



ドンッと目の前に大盛りのスペアリブが置かれる。あまりの量に驚いていると隣にはサラダが置かれた。サッチさんは手際良く小皿も置いてくれて、お礼を述べると、にっこりと優しい笑顔を向けてくれた。



「さ、遠慮なく食べてくれ」



マルコさんはすぐにその一つへと手を伸ばしガブリと齧りついた。
わたし達の横に立つサッチさんはその反応を伺っているようだ。



「ん、うまい」
「だろー!ほら名前も食えっ」
「い、いただきます」



一つ手にとって口にすれば食べたことのない味が口いっぱいに広がって、思わず「美味しい」と言葉が零れた。

わたしの反応を見て「だろ?」とサッチさんは嬉しそうに頬を緩ませる。
目尻に皺ができて、海賊とは思えないくらいの優しい笑顔



「コタツは優秀だな!食った分以上に働く」
「ははは…、よかったです」



久しぶりにスペードの仲間の名前を聞いた気がする。
デュースさんに、コタツはこの船で一番最初に働き出したのだと聞いた。

コタツはここで仕事をして、もらった分の恩を返そうとしているんだ。


手に持ったスペアリブを見つめる。


デュースさんは「あいつが一番仁義ってもんわかってるのかもな」と言っていた。コタツが働き出して、他のみんなもそれぞれの場所で働くようになったのだと。

捕虜として拘束されても、殺されてもおかしくないこの状況で、わたし達を温かく迎え入れてくれるこの人たちに恩を返さなければと思う反面、この船での生活に慣れてしまうことがエースくんを裏切るような気がして、どうしても心の中は晴れない。

自分の迷いのせいで中途半端な状態のわたしが、こんなに温かい食事までもらって、ここまでお世話になっていいのかな。


スペアリブを手に黙りこくっていたわたしを見かねたように、サッチさんが名前を呼んだ。
顔を上げると、まるで言い聞かせるようにジッと目を見てサッチさんは続ける。



「これはコタツが獲ってきた飯だ。だからなんも遠慮することねぇよ。お前の仲間のだろ」




サッチさんの言った言葉を理解した時、目に涙が溜まった。
正面に座るマルコさんも、優しく微笑みながらわたしを見つめている。

なんて…


なんて優しいんだろう。



「ありがとうございますっ…、いただきます」



わたしが気を遣わないように食事まで手配してくれたんだ。
この人たちは、どうしてわたしなんかを気にかけてくれるんだろう。

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