3.5 動く

学校が終わって、クラスの女子の誘いを適当に断って家に帰る。

いつものように隣の部屋へ向かうが反応はなく、まだ名前は帰ってきていないんだとわかる。

この時間ならきっと買い物だろうな。
ったく、買い物行く時は声かけてくれりゃ荷物持ちくらいするのに

それに、買い物してる時の名前は学校じゃ見せないおれだけが知ってる姿で、なんとなく込み上げるものがある。
いつも自分が持ちきれないくらいに買う癖もあるくせに。


きっといつものスーパーだろう。
そろそろ陽も落ち始めるし迎えに行こうと扉から離れる。

ふとマンションの下に目をやれば遠くの道に名前らしき姿が見えた。それも一人じゃない。
うちの制服を着た男と歩いてる。

一瞬カッと頭に血が上って、気づいたら下まで駆け降りてた。
名前のいる方へ進んでいけばさっきみた二人が目に入る。

遠くて顔は見えねぇけど、二人で顔を合わせて笑い合ってる。



「誰だよ…」



つぶやいてもあいつらには聞こえてない。

おれ以外の男と笑い合う名前にふつふつと何かが込み上げる。

まだ遠くにいる相手を睨みつけていればふとそいつがこちらを見た。
途端に足を止め、持っていた袋を名前へ渡す。

名前も不思議そうにそれを受け取って、その男は踵を返し去っていったようだった。


残された名前は奴に手を振ってる。そこへ近づいて名前を呼ぶがおれの声に気づく様子はない。

名前がおれに気づかないことにすら苛立って、今の名前にはあの男がおれよりも優先されてるってことに心底ムカついた。

名前が手を振るのをやめて袋を持ち直したころ、ようやく手が届く距離まで来た。



「おい名前」
「うぇっ…!?」



名前が驚いたようにおれを見る。
その様子はいつもと変わりなくて、突然現れたおれに驚いているようだった。



「さっきから何回も呼んでんのに」
「えっ、うそ、ごめん」
「いや…、てかあいつ何だよ」



おれの質問に名前はさっきあいつが去ってた方を見た。



「さっき偶然会って…、袋持つの手伝ってもらったの」
「…ふーん」



別に顔を赤らめてるとかそういうわけじゃない。でも、名前の中であの男が何者かになってしまいそうな感じがして、焦燥感みたいなものが頭の中を支配した。
うちの制服だったし、同じ学校だってことはわかるが、一体どこのどいつだ…。



「エース?エース!」



突然腕に触れられてとっさに思考が戻る。
見れば名前が不思議そうにおれを見上げてて、その姿に不意にきゅんてしたから視線を逸らした。



「どうしたの?」
「いや、…別に」



変に思われないように、そのまま名前からスーパーの袋を奪って、もう片方の手で名前の手を握った。



「帰るぞ」
「うん」



不思議そうにしつつも素直についてくる名前。自然と繋いだでも離されることはない。
そういうところが可愛いと思いつつ、離されないのは相手がおれだからであってほしいと願う。



名前の部屋まで袋を運んでいつものようにキッチンの入り口に袋を置いた。
いつもなら名前は夕飯の支度を始める。それはおれもわかってるし、名前もここで手は離されると思ったんだろう。かすかに手の力が緩む。だけど、おれはまた力を込めてリビングまで引っ張った。



「えっ、エース?」


驚いた声を出しつつも抵抗はしない。
おれに連れられるまま。

ぐいっと引き寄せれば簡単におれの中に収まった。



「え…?」



近くにきた名前の首筋に顔を埋める。
スッと息を吸えば名前の匂いがいっぱいに広がって、さっきのイライラがちょっとだけ治った。
名前の存在が今おれの中にある。今、名前を独り占めできてるのはおれだけだ。

あんなやつに名前は渡さねぇ。

ギュウギュウと抱きしめる腕に力を込めれば、名前の手が背に回ってトントンと軽く摩られた。



「エース、どうしたの…」
「…っはぁ」



さっきまでいっぱいに吸った名前の匂いを惜しむように少し息を吐いた。
顔は上げない。

たぶん今、なんか情けない顔してそうだから。



「今日の晩飯何」
「え、…もやし炒め」
「肉がいい」
「あー、うん、わかった、肉もやし炒めね」
「ん」


名前はまた、あやすように。トントンと、軽く背中を撫でた。


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