溢れる  1/1

夕飯の片付けを終えた頃、明日も仕事だからと、母さんは帰る支度を始めた。その時エースはどうするのかと問われ、3人の視線がおれに向く。


「…ッ」


大人達の視線がニヤニヤとしているのは気のせいではないはず。

そりゃもちろんまだ名前と一緒にいたいに決まってる。
買い物の時間だけじゃ全然話し足りないし、触れたりない。
折角気持ちが通じたんだ、もっと傍にいてぇ。

どう答えるべきか…。
視線を彷徨わせた結果ソファに座るおれのとなりにいる名前を見る。

その時わずかに名前がおれのシャツを掴んだのが分かった。
本人は恥ずかしそうに視線を下げてるけど。

ダメだ。なんだこの可愛い生き物。


「そういや数学の課題わかんないとこあったんだ。名前に聞こうと思って、それだけいいか?」
「え?」


名前が不思議そうな顔をおれに向ける。
そして戸惑いながらも、うん。と頷いた。


「それは大事ね!しっかり教えてもらってきなさい」
「なら名前の部屋でする方が集中できるだろ!な!」


2人は嬉しそうにさっさと行けとおれと名前を部屋へ追いやった。

名前を部屋に入れておれがドアを閉めれば、自然とハァと溜息が出た。


「なんか気遣われてんな」
「あはは…、そうだね」


振り返ってそう言うと名前は苦笑いで返した。

ベッドの端に座った名前に並んでおれも座る。

名前は視線を下げてうろうろさせていて目が合わない。

こいつ、緊張してるな。

そんな名前を見て加虐心を煽られたおれはそっとその頬に手を伸ばす。
スッと親指が触れて耳まで触れば名前はビクッと反応を示した。


「な、なに…!」
「別に?」
「くすぐったいよ…」


すぐに顔を引いておれの手から逃れようとする名前の両頬に手を添えて目線を合わせる。


「何日お前に避けられたと思ってんだ。地獄だぞ」
「それはっ……!!」
「ここまできて触らせないとか、お前は悪魔か!」


おれの言葉で名前はみるみる真っ赤になっていき視線が外された。
あ。とか、う。とか言いながら狼狽えている。

そんな様子を見ていると、本当に名前と気持ちが通じ合ったんだと実感が沸いてきた。
今の自分はさっきの親たち同様にやけていると思う。


「でも数学の課題…」
「そんなの」
「んッ……」


それでもなお言い訳をしようとする名前の口を塞いで黙らせる。


「ウソに決まってるだろ」


おれをポカンと見つめるのかと思いきや、元々赤くなっていた顔がゆでだこのようになっていき、手にまで熱が伝わって来た。頭から湯気も見えそうな勢いだ。


「もう…わたしダメ…」
「はぁッ!?」
「エースとこんなことになるなんて思ってなかった…」


その一言には思わず苦笑いが出る。
名前がおれのことを意識してなかったってことじゃねぇか。


「おれは10年以上こうしたいって思ってたんだよ」
「…ねぇ、どうしてそういうことサラッと言えちゃうの?」


恥ずかしくて死にそう…。
名前がおれの視線から逃れようと顔を逸らそうとする。
そうはさせるかと両手に力を込めて顔を固定した。

戸惑う表情の名前におれはにやりと笑って、また口付けた。


「んッ…ちょっと…エーッ…」


何度も何度も口付ける。
最初はおれの動きを止めようとしていた腕も、今じゃただおれの服を掴んでいるだけ。
そのまま後ろのベッドに押し倒していき覆いかぶさるようにしながらキスを続けた。

名前の頬から手を動かしてスッと腰辺りを撫でるとさすがに静止がかかった。


「ちょっ…、それは…っ!!」


何をしようとしているのかは察しが付いたのだろう名前が不安そうにおれを見つめる。


「お父さんいるのに…!!」
「……確かに」


真っ赤な顔でそう訴えているが、おれも思わず納得する。
ことに及ぶのはそう焦らなくてもいいか。
でも、じゃあせめてこのくらいはと、かかっていた髪を避けて名前の首元に吸い付いた。


「いっ…!!」


そんな声が聞こえたがおれが顔を上げると、名前が目を見開いてハッと両手で首を抑える。
だけどしっかり見えたおれのだという印にニヤニヤが止まらない。


「もうっ…!!」


名前が睨みつけるようにこちらを見るが、目が潤んでて何も怖くない。

むしろ、可愛い。

さっきは止められたが、今の状況でこいつはおれから逃げられないし…
おっちゃんだってさっき気遣ってくれてたし、どっか出かけてくれてるかもしれねえ。

いやでも、さすがにこんなすぐにってのは名前の心の準備だって…。

優しくすれば大丈夫……。またこんなことで他の奴に手を出されたりなんかしたら…。

頭の中で、都合よく解釈が進む。最後に悪いおれが行けと背中を押した。


「名前…」
「えっ……」
「やっぱおれ我慢できそうに…」


真剣に見つめながら名前に近付いていったその時


ピピピピピッ


名前のケータイが光って着信を知らせた。
その音でおれの動きが止まる。名前はすぐさまおれの下から抜け出すとその電話に出た。


「あ、ノジコ?」


あいつ……!!なんでこのタイミングで電話なんだよ…!!!
察せよ!おれたちが隣同士なの知ってるだろ!

……いや、あいつはわかってかけてきてる気がする。

あの女のしたり顔が頭に浮かんだ。


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