月と心 1/2
「ただいま…って、なにこれ?」
「おー!名前帰ったなー」
テーブルの組み立てに夢中になってて音には全然気が付かなかったため、突然扉が開いておれとおっちゃんの視線が同時に扉へ向いた。
当然名前も驚いた表情でおれを見つめている。
「テーブル新しくするの?」
「おう、手狭だったろ、エースにも組み立て手伝ってもらってんだ」
「そう……」
名前はおれを気にしながら、おっちゃんと会話を続ける。
その後荷物を置きに一度部屋へ行った。
「エース今日はウチで食べてくだろ?だから来たんだよな?」
「いや…」
「たまにはおれとも食おうぜ」
「さっきルージュさんと会ったけど買い物してたから夕飯用意してると思うよ」
今のおれと名前の関係をわかってるはずで、何かきっかけを作ろうとしてくれてるんだろうおれを夕飯に誘うおっちゃん。それをいつのまにか部屋から出てきた名前が止めた。
「なんだ、そうなのかよ?」
「悪いなおっちゃん」
「いや、また来ればいい」
おっちゃんは名前の言葉の後おれに確認すると、あまり残念そうではなさそうに作業を再開した。名前はエプロンを付けてキッチンに入って行ったのが見えた。きっと夕飯の準備だと思う。
名前の夕飯も最後に食べたのがいつだったかわからないくらい時間が経っちまったな…。
首を振って作業を再開する。
「そうだ名前、今日は鍋にしようぜ!会社の奴が釣りで大物獲れたっつってデカい魚くれたんだよ」
「えっ、他の材料何もないよ?」
「じゃあ買ってくるか!っておれはこいつを完成させねえとだから。悪いけどエース、名前と行って来てくれよ」
「っておれかよ」
驚いて顔を上げると名前と目が合った。
お互いに少し目を見開いて咄嗟に逸らす。
そんなおれ達の様子をおもしろそうにおっちゃんは見ていた。
「いいよ、大丈夫」
名前はエプロンを外しながら、キッチンから出てくる。
「人んちの買い物なんてエースに悪いよ。一人で行ってくる」
「もう外も暗いし、荷物も重いだろ」
「買い物なんていつも一人だし、それにテーブル途中でしょ」
鞄に財布を入れて部屋を出ようとする名前を追いかけた。
折角おっちゃんがくれたチャンスじゃねぇか。逃すわけにはいかねえ。
「おれも行く。テーブルももうおっちゃん一人で十分だろ」
おれが来たことに驚きを隠せていない名前は鞄の紐をグッと握りしめておれから視線を外せずにいた。
「おー、おれだけで大丈夫だぜ。行ってこい行ってこい」
シッシッと手を振って大丈夫だというサインだろうかおっちゃんはおれ達に行くように促した。名前もこれ以上は食い下がらず、小さく深呼吸して扉を開けた。
ザッ…ザッ…
おれのサンダルの音が鳴る。
マンションを出てスーパーへ向かう途中にある公園の隣の道、ちなみにここまでお互いに一言も発していない。
おれもだけど、名前も何か考えているような気がした。
あれだけ話したいと思っていたのに、いざそのタイミングになるとうまく切り出せない。
おれはどうにかあの誤解を解いて、ちゃんとおれの気持ちを伝えたい。
あんな、勢いでじゃなくて、名前の目を見て、ちゃんと伝えなきゃいけねえんだ。
おれの一歩前を歩く小さな背中を見つめる。
手を伸ばせばすぐに届くと思っていた距離は、自分の意思とは反対にどんどん離れていった。
もっと早く言葉にすべきだった。
もっと早く名前に好きだと伝えておくべきだった。
今、伝えて、捕まえなければ、こいつはもう二度と手に入らない。
「エース?」
名前の声がして顔を上げると、名前が不思議そうにこちらを見て立ち止まっていた。
「どうしたの?」
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