彼女の母  1/1

くそっ。誤算だった。

教室に名前はいなかったし、部屋の中からは物音がした。だから名前は帰ってるものだと思いこんでしまった。


「いやぁ、悪いなエース」


助かったぜ。と言いながらテーブルの脚となる部分に釘を打ち付けるのは名前の父親
おれが部屋に入る時の物音はこの男のものだったようだ。
しかもなにやら大がかりなことをやっている。


「テーブル新調しようと思って新しいの買ったはいいものの一人だと組み立てが大変でな」


そう言われると手伝うしかなくなってしまった。
おれとしてはすぐにでも名前を探しに行って話をしたいというのに。


「まぁお前、焦んなくても名前はこの家に帰ってくんだからよ」
「お、おう…」


なんかいろいろ見透かされてる気がすんのも癪だ…。

今までの名前の家のテーブルは一応二人用で昔は名前と並んで座ることもできていたが、最近じゃ手狭になってきたらしい。確かにおれと名前が二人で食べる時にもちょっと狭い感じはしていた。
今回は4人家族用という今までの2回りほど大きくなったテーブルの脚をおれとおっちゃんでそれぞれ組み立てていく。

電動ドリルなんて便利なものはないからそれぞれドライバーを使ってネジを止めていく。
その作業を黙々と続けているとおっちゃんが口を開いた。


「エース、最近名前と喧嘩でもしたか?」
「はっ!?……いや、そんなことは…」
「ははっ、隠さなくていいって、名前見てたらわかるよ」


さすが父親というべきか、仕事であんま会えない割りに、しっかり娘のこと見てんだな。
名前もやっぱいつもと様子が違うってことか。

おっちゃんはテーブルの脚を差し込みながら、まぁ。と続けた。

「アイツも抜けてるとこあるからなぁ」
「いや、今回のはおれが悪いんだ」
「へぇ?」


おれの返答におっちゃんは面白そうに片眉を上げた。
おっちゃんがこっちを向いてることには気付いたけど、おれは目の前のネジ回しに集中して答えた。


「名前はいつも自分のことは後回しで、周りのことはよく見てるのに自分のことになると途端に鈍くなるくらい優しいやつなんだ、なのにおれが」
「よくわかってんじゃねぇか。それで、そんなところが好きなんだろ?」
「はっ!?」
「ん?」
「あ。いや。あぁぁー」


咄嗟におっちゃんを見てしまったおれは、慌てて取り繕うとするけどもう手遅れなのが分かって、そのまま首を落として項垂れた。

そんなおれの反応を見てハハハッと笑うとおっちゃんは続けた。


「よくわかってるけどなエース、付け足すとすりゃ名前はただの鈍感じゃなくて、母親譲りの究極の鈍感だ」
「母親譲り?」


手に持っていたドライバーをビシッと顔の前で立てるおっちゃんにおれは首を傾げる。

名前の母親はおれは会ったことがない。写真ならそこにあるテレビの前に3人で写ってるのが飾られてるから見たことはあるけど、名前から話を聞いたこともないし、全くと言っていいほど知らない。

テレビの前の家族写真に目をやる。
こうして改めて見てみると笑い方とか雰囲気が名前と似ているかもしれない。


「あいつの母親を落とす時はすげえ苦労したんだぜ」


おっちゃんはテーブルの組み立てを再開して話し始めた。
名前の母ちゃんとのことを思い出してんのか懐かしそうに目を細めてる。


「どんなにアピールしても、他の女なら絶対に好意として受け取るだろうって場面でもただの親切としか受け取らねぇ」
「名前みてぇ」
「だろ?休みの日もデート誘ったり、いろいろしたのになぁ」


それを聞いてると、おれも自分のやってきたことをいろいろ思い出した。

学校もずっと一緒で、クラスが離れても会いに行って。休みの日もほぼ一緒にいて、いろんなとこ出かけて、距離詰めて、キスまでして。
こう思うと、関係だけが変わらないまま成長してしまった。


「時間だけが経っていくんだよな」


まるでおれの心の中を覗いたかのような発言。

だけどこの人はそれだけ鈍感だった名前の母親を落としたんだよな……。


「どうやって落としたか知りたいって顔してるぞ」


思わず、視線を彷徨わせた。
なんとなく気まずい。


「まぁそうだな、特別に教えてやるよ」


おっちゃんは少しもったいぶるようにそう言うと、作業を止めてドライバーを置いた。


「こう…真っすぐ目を見てな、お前が好きだ。…って」


おっちゃんがこっちを見て言った言葉はとても単純で、おれは「それだけ?」と聞いてしまった。だけどそんなおれを見ておっちゃんはおもしろそうに続ける。


「あぁ。案外簡単なことだったよ。あいつも超鈍感だけどさ、鈍感な奴だからこそ言葉にしねぇと伝わらねぇってことにおれも気づけてなかったんだ」


おっちゃんの言うことがストンと心の中に落ちてくる。自分も納得できる話だった。


「だから、下手なアピールってのは名前には何も伝わってねぇと思うぞ。気持ち伝えたかったら、しっかり言葉にしろよ」
「そう…だな」

「おれはあいつの相手はお前だって確信してんだ」


不意の言葉に驚いて目を丸くした。
そんなおれの表情すらもおもしろそうに、おっちゃんは拳で肩を押した。


「名前を、よろしく頼むぞ」


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