知らない世界  1/1

移り変わる窓の景色に目をやりながらも、頭の中はさっきのことでいっぱいだった。

様々な思いが頭の中を駆け巡る。

今まで幼なじみとして近くにいすぎた。エースに恋人ができて、いいタイミングだから少し距離をおこうとして…。いや違う。わたしが見たくなかっただけだ。他の女の子といるエースを見て、自分が傷つきたくなかっただけ。

幼なじみとしていようとしてくれていたエースを突き放した。


「お前もあそこまで感情的になるんだな」
「えっ?」


突然自分へかけられた言葉に今はこの人と同じ空間にいたのだとやっと思い出す。
声の主トラファルガーさんはハンドルを握り前を見たまま。
その姿を見ると高校生のわたしには非日常な空間に今更ながら緊張した。


「何があったのか知らねえが、あの男はお前のことが相当好きなんだろうな」
「そんなことないです。エースとは幼なじみで昔からずっと一緒にいたから、彼もわたしも無意識に傍にいようとしちゃうんだと思います」
「……不憫だな」


自分で言ってて悲しくなってきた。トラファルガーさんの言った意味は分からないけれど、わたしの想いを見透かしてのことだろうか。
トラファルガーさんは会うのは2回目だし、全然関係のないことなのに、あの場面を見られたからなのか、トラファルガーさんの大人な雰囲気のせいなのか、口から思いが溢れてきた。たぶんわたしも誰かに聞いてもらいたかったんだと思う。


「今までずっと一緒にいたのに気づけなくて。やっと自分の気持ちに気付いたんです。友達にも応援してもらって、自分なりにできることを頑張ろうって思って」


トラファルガーさんは何も言わない。その空気感のおかげかどんどん思いが溢れてきた。


「だけど、エースにはもう彼女がいて、わたし知らなくて。その彼女に付きまとってるって言われて、自分が邪魔者だってやっと気づいたんです」
「それで?」
「今日、中学のころから毎日作ってたお弁当を作るのをやめました。それでエースは怒って、何も言わなかったわたしが悪いんですけど。なんかいろいろ勘違いされちゃって……。すみませんご迷惑かけて」
「向こうだけじゃないんじゃねえのか」
「え?」


言われた意味が分からなくて、顔を見るけれど、「もう着く」と言われ、車が大きく傾いた。見れば病院の駐車場に入ったみたいだ。

そう言えば病院に来いって言われてたなぁ。と今更思い出した。

連れられて入った病院は相変わらず人が多くて騒がしいところだった。
この間トラファルガーさんとおにぎりを食べたところでは患者さんと見舞いの人が楽しそうに話しているのが見えた。

トラファルガーさんについてエレベーターに乗って5階で下りる。そこは玄関とは違って人はそんなに多くない。いわゆる入院中の患者さんがいるところだろう。

そのフロアのナースステーションのトラファルガーさんが顔を出すと、そこにいた看護師さん達がみんなトラファルガーさんに注目した。


「先生今日も素敵だわ…」
「今日はお休みじゃなかったのかしら?」
「あら、あの女の子は誰かしら?」
「子ども?迷子よきっと」


いろんな声が聞こえる。
それを見ただけで、トラファルガーさんの人気がわかり、そんな人にわたしなんかが隣に立っていいのかなんて考える。


「ロー!!何してるの!?」


通りかかった看護師さんがトラファルガーさんに気づくと、眉を吊り上げてこちらへやって来た。それをみてトラファルガーさんは面倒そうに顔をしかめる。


「あんた昨日どこ行ってたのよ!結婚式の打ち合わせがあるって言ったでしょ!」


え。って、トラファルガーさんの婚約者!?
名前で呼ぶあたり、他の見ているだけの人たちと違って親密そうだとは思ったけど、まさか婚約者だったなんて…。


「おれには関係ねえだろ、お前の好きにすればいい」
「そういう問題じゃないの!ファミリー全体のことなんだから!……で、この子は何?」


ぐいぐいとトラファルガーさんに掴みかかる勢いで怒っている女性が少し離れていたわたしに気づき、ジッと顔を近づけて来て上から下まで見下ろされる。


「わっ!」


トラファルガーさんはわたしの腕を掴み彼女の前に出すと、あー。と口を開いた。


「そこの高校の名前だ。こいつにお前の仕事見せてやってくれ」
「ええっ!?」
「はぁ!?」


わたしも聞いていなかったことで驚くが、彼女の方はさらに怒っているように感じた。


「あんたねぇ、あたし暇じゃないのよ!まだやることたくさん残って…」
「ならおれが言ってくる」


女の人の言うことを途中で止めたかと思いきや、ナースステーションへ向いた。わたしも彼女もどうするのかと不思議に思って見ていると、トラファルガーさんは言った。


「こいつ借りていいか」
「「どうぞ〜」」
「仕事が残ってるらしいが」
「そんなの誰かに振り分けますわ」
「だとよ」


余裕綽綽なトラファルガーさんにさらに眉を吊り上げたけれど諦めたように一つ溜息を吐いた。


「名前、こいつはベビー5、この病棟の看護師だ」
「よ、よろしくお願いします」
「おれはちょっとすることがあるから、1時間後にここに迎えに来る」
「はぁ、もう仕方ないわね」


トラファルガーさんはそう言い残すとどこかへ立ち去って行ってしまった。なぜこんなことになったのかわからないわたしはトラファルガーさんの後ろ姿からベビー5さんへ視線を移す。彼女もまたトラファルガーさんの後ろ姿を見て溜息を吐いた。


「あいつ、昔から自分勝手なのよね」
「そ、うなんですか」
「さ、ついてきて」
「はいっ」


仕方ないと言いつつもベビー5さんは病院内を丁寧に案内してくれた。外来では様々な科があってそれぞれに患者さんがやって来ること。ベビー5さんのいる病棟では入院患者さんを看ること。それ以外にも手術室や、いろんな検査室にも看護師さんはいてそれぞれで合った仕事をしていること。どれも自分の知らなかったことばかりだった。
看護師の仕事って採血したり器具を渡したりだけだと思っていた自分の知らなさに恥ずかしくなった。


「ところで、ローとはどこで知り合ったの?」
「あー…それは、いろいろあって」
「ま、詳しくなんてどうでもいいけど、あいつがこんなことするなんてことに驚いてるのよね」


ベビー5さんの話によればトラファルガーさんは人には基本興味がないそうで、医師として淡々と仕事をしているだけ。そういう人らしい。


「きっとあなたのこと相当気に入ったのね」
「わたしのどこがですかね」
「あいつの考えなんてわたしには理解できないわ」
「なのに結婚しちゃうんですか?」


肩をすくめるベビー5さんに、こんなことを言うのは失礼かとも思ったけれどつい疑問を口から出してしまった。
すると数秒の沈黙が訪れた。
ベビー5さんは目を丸くしてわたしを見ている。


「え?結婚ってローとあたしってこと?」
「え?違うんですか?」


きょとんと見つめ返すとべビー5さんは盛大に噴き出した。


「ないないない!違うわよ!あたしローと結婚なんてしないわ!ただの幼なじみよ」
「だってさっき…」
「確かに結婚はするけど、相手は別の人よ。ローなんかよりも素敵な人ッ」


両手で頬を抑え、目がハートになりかけているベビー5さんを見ると、その人のことが相当好きなんだろうと予想がつく。


戻って来たトラファルガーさんと合流すると、ベビー5さんとわかれて再度彼の車に乗る。


「帰るか。家どのへんだ」
「えっ、はい」


もう帰るんだ。一体今日のこれはなんだったのか、トラファルガーさんの考えが全く理解できない。病院の仕事の見学なんてとっても貴重だったけれど…。

家の方向を伝えるとそちらに向かって車が動き出す。また同じように窓の景色を眺めていると、信号で止まったところで彼が口を開いた。


「どうだった、少しは視野が広がったか」
「え?」
「人間ってのは興味があること以外自分で調べたりなんかしねぇし、それ自体を知らなければ興味を持つこともない。なのに、なんでか知った気でいるもんだ」


言われてみて気づく。今日のことで今まで知らなかったことが増えたのは確かで、今までのわたしなら看護師の仕事についても単純なものだと思ったままだった。これまで大きな病気もしたことのないわたしは、病院の仕事に興味を持つこともなかった。病院の仕事なんてその方面に興味があるか、実際に就職してみないと知る機会がない。きっと他にもよく知らずに決めつけていることがあるんだろうな。



「前に来た時に言っただろう。この世界に興味がわいたって」
「そんな…」


そんなわたしのつぶやきを覚えててくれたんだ。
ほんのり心の中に温かい気持ちが広がっていく。
ベビー5さんはトラファルガーさんは人に興味がないって言ってたけど、そんなことない。人のためにって考えてくれる素敵な人だ。


「少しでも興味が沸いたならとことん知っておくほうがいいと思ってな」
「ありがとうございます」


わたしが言ったのにトラファルガーさんがフッと笑ったのが分かった。

もうあと少しで家に着く。
家が近づくにつれ、またエースとのことを思い出してきた。

きっと憂鬱な気持ちに表情も変わっていたんだろう。トラファルガーさんがまた口を開いた。


「人間関係もそうだぞ。ほとんどの奴が本心なんて出してねえのに、勝手に知った気でいる。ちゃんと知ろうとしないと相手の気持ちってのは見えてこないもんだ」
「勝手に知った気でいる……」
「あの幼なじみとは本心で話したことはあるか?」


言われてドキリとした。
エースとは長く一緒にいすぎた。だから言わなくてもわかってるって無意識に思っていたのかもしれない。だけど、まさに今日の昼休み、エースは話そうとして来てくれた。なのに、わたしは……。周りの目線とかあの子に怯えてエースと向き合えなかった。


「わたしは、どうすればいいんでしょうか」
「よく考えてみろ。なんでお互いに無意識に傍にいようとするのか」
「わたしは……」


エースが好きだから。
最近になってやっと気づいたけれど、その気持ちでだ。


「お前だけじゃなくて相手のこともだぞ」
「それは……」


“好きだからだよ!!”


エースの言葉を思い出す。
これは…、きっと幼なじみとして。だってエースには彼女がいる。


「憶測で相手の気持ちを考えてんなら前と変わらねえぞ」


トラファルガーさんの言葉はわたしに重く突き刺さるものばかりだ。
確かにわたしはエース本人から気持ちを聞こうとはしなかった。エースの傍にいるだけでエースの考えてることまでわかっている気でいたのだ。
それが間違ってるなんて疑いもしなかった。




「ありがとうございました」


マンションの前に到着し、車から降りる時にそう言えば、トラファルガーさんからは不敵な笑みが返って来た。


「また、病院のことで知りたいことがあればいつでも連絡してこい」
「はいっ、ありがとうございます!」


少し深めにお辞儀をして車が出発するのを見送った。
不思議と心の中のモヤモヤは薄くなっていた。
自分の行動すべきことが少しでもわかったからかもしれない。


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