絶たれる 1/1

わたしはわたしに出来ること。

今日言われたノジコの言葉を心の中で反芻しながらわたしはスーパーの買い物カゴを手に取った。


「よしっ」


軽く気合を入れる。

今夜もエースはウチに食べに来るか分からない。
だけど、お弁当だけは毎日持ってってくれている。
お弁当だけがわたしの作ったものを食べてくれる唯一の繋がり。
それに最大限気持ちを込めたいと思った。

エースが喜んでくれそうなものをと考えるとやはり精肉売り場へと足が向かっていた。
いろいろ作ってみてもやっぱり焼肉弁当が好きなのがエースだ。
お肉を手に取り自然と笑みが零れた。
それを買い物カゴへ入れ、ついでに魚も見ておこうとそちらへ足を進めた。

肉と違って魚は種類も豊富で季節ごとに出回るものが違う。何がいいかと考えていたところでふいに声を掛けられた。


「あら、偶然ね」
「え」


顔を上げ声の主を探すとわたしの後ろに彼女はいた。綺麗な笑顔を張り付けて。
まさかこんなスーパーにいるなんて思いもしなくて、身が固くなる。


「こ、こんにちは」


ぎこちなく挨拶をすると彼女は「こんにちは」と柔らかく笑った。
この子もこの辺に住んでるのかな。とか、もしかしてエースといたのかな。とか余計な考えが思考を支配する。
それ以外に言葉を発することが出来ずに固まっていると、彼女がわたしの持つ買い物カゴの中を覗いて「ふーん」と声を出した。


「あなた毎日自分でお弁当作ってるんでしょ。すごいわね」
「え、あ、そんなこと…」
「それにエースくんのもでしょ?大変じゃない」
「や、エースのはついでみたいなものだから」
「…そう」


わたしの言葉に少しこちらを睨みつけると一度言葉を止めた。
その時タイムセールが始まるとアナウンスが鳴り一度会話が止まる。
彼女とわたしが見つめ合う。
彼女の瞳があまりに真っすぐにこちらを見つめているものだからわたしも視線を逸らせなかった。

アナウンスが止むと、直後彼女は口を開いた。


「もうエースくんのは作らなくていいから」


彼女の言葉にわたしは「え」と小さく発した。
言ってる意味が分からない。


「なんで…?」
「あんたが弁当作ってくるからエースくんあたしのお弁当食べられないのよ。明日からはあたしが作るから」


彼女に言われたことに眉が寄った。彼女の言っていることは彼女自信の都合であってエースの言葉じゃない。これはあくまで彼女の身勝手ではないのか。
だけど、一つの可能性に気づいてハッとなる。


「もしかして、エースと付き合ってるの…?」


不安を言葉に乗せたようなわたしの口ぶりに彼女は少し口の端を上げた。


「あら、そう言ったほうがわかりやすかったかしら?」


勝ち誇ったような彼女の笑みを見て思わず視線を下げれば買い物カゴの中が見えた。
エースのための肉。


なんだ。もう遅かったんだ。


自分がしようとしていたことが無意味であることに気が付くと途端に虚無感に襲われる。そんなわたしを見てか、彼女は睨むように視線を鋭くとがらせ、ゆっくり、こちらへと近づいて来た。彼女の方が身長が高いからもちろんわたしは見下ろされるかたちになるわけで、ここでも彼女との差を思い知らされた。


「そういうことだから。あなたにいつまでも幼なじみとか言って付きまとわれると迷惑なの。いい加減自分が邪魔ものだってことに気づいたら?あなたのことよく思ってない子たくさんいるから」
「……」


彼女からの言葉の爆弾が真正面から心を破壊していく。
聞いている間にこみ上げるものを感じて、くっ。と下唇を噛みしめた。耐えろ。まだ泣くな。

思い知らされると同時に恥ずかしくもなってきた。
自分はラッキーな立場だったのだ。もしエースとの出会い方が違っていればここまで一緒にいることなんてなかっただろう。わたしはエースにとっての邪魔者。薄々感じていた事実を彼女によって突き付けられた。


「…そう…だね…」
「そうよ」


今、エースとの唯一の繋がりであるお弁当でさえも自分で作ったきっかけじゃない。
幼なじみだからこそできていたこと。

でも、その関係がズルいと言われてしまえば、今まで一緒に過ごした12年間をわたしはなかったことにしないといけないの?

だけど、エースと彼女が付き合っているのであればその幸せを潰す権利はわたしにはない。エースと過ごした12年間は思い出として昇華するのがエースためになるのだろう。

そこまで考えて、彼女に軽く頭を下げた。


「エースをよろしくお願いします」


すぐにその場を立ち去った。


「最後までうざ、エースくんを自分のものみたいに言わないで」


後ろから聞こえた声は思ったよりも自分の心に刺さっていて、耐えていたはずの涙が一滴だけ落ちた。



その日の夜、“ゲンさんの風邪うつされちゃったみたい。大したことないけど一応明日休むわね。名前にもうつしちゃってたらごめんね”

そんな文面にふっと笑みが零れる。お大事にと返信し、画面を閉じると暗くなった画面にはなんとも情けない自分の顔が写った。


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