幼なじみ  2/2

結局あのまま名前からなんの連絡もなく、気が重い朝がきた。

あまり期待はしてないけどとなりへ迎えに行こうとドアを開ける。
すると同時にボスン。とドアの向こうで何かが落ちる音がした。

不思議に思って部屋から出て確認する。
何かが落ちていてそれを拾い上げた。


「これ…」


紛れもなくおれの弁当箱の袋。
慌てて拾い上げて確認すると、しっかり重い。


「名前…」


途端に頬が緩む。


「用意してくれたのかよ」


やべぇ……。

こんな今まで当たり前だったことがうれしくて仕方ない。
それと共に安心という温かな気持ちが胸の中に広がっていく。

思わず叫びたくなるがさすがにここではまずいので気持ちを抑えた。

となりの部屋の前に行くも気配はなく、もう行ってしまったということがわかる。

だけど、弁当を作ってくれたという事実がおれたちの関係を続けてもいいんだと名前が言ってくれているような気がした。





「なんだエース今日は上機嫌だな、仲直りしたのかよ」
「ん?や、まぁな」
「んだよ、まーた愛妻弁当か」


おれにも食わせろ。と覗くサッチから弁当を遠ざける。


「絶対やらねぇ」
「ちぇーって、ミネちゃん!」
「ん?」


サッチがおれの後ろに視線を移したことでおれもそちらを向く。するとそこには赤い弁当袋を持ったミネがいた。

ミネは微笑むとこちらへやって来た。


「あ、エースくん」
「ん?」


おれの横へ来るとミネは気まずそうにおれと弁当を交互に見た。


「もしかして、名前ちゃんお弁当作ってくれたの?」
「おお!心配してくれてありがとうな!もう大丈夫そうだ」
「あ…、そうなんだ」
「ミネちゃんもしかしてその弁当!」


サッチの言葉にミネは慌てて弁当袋を抱きかかえるようにして、首を振った。


「違うの!エースくんお弁当なかったら困ると思っただけだから!」
「え、じゃあ代わりにおれが…」
「ううん!友達と食べるから大丈夫!」


ミネは「じゃあ!」と手を振るとそのまま教室を出ていってしまった。
挙手したサッチの手が空を切って机の上に置かれる。


「あーあ、ほんっとモテ男ムカつくぜ」
「知るか」


サッチが視線を送ってくるが無視した。

だけど、悪いことをした。ミネが弁当を作ってくれてるなんて考えもしなかった。どうせ食えるしもらって食えばよかったな。
なんとなく、去って行くミネの後ろ姿が寂しそうに見えた。




行き慣れたはずの部屋の前、一度溜まっていた唾をのみ込んだ。
最初になんて言うかとか、名前はどんな顔するのかとか、早く会いたいくせに不安がノブを回すのをためらわせる。

あーもう!行くぞ!

中に入ると、トントントントンと規則的な音。名前が料理をしてる音だって一瞬でわかった。
キッチンへ入ればエプロンを付けた名前がこちらを向いて、「あ」と声に出した。
そして、ぎこちない感じが残りつつも微笑んだ。


「おかえり」
「ただいま」
「お弁当箱そこに出しておいてね」
「おう」


あまりに自然に接してくる。いや、いつも通りをしようとして逆に不自然な感じもする。
おれが弁当を袋から出して分解してる時も名前は手を動かし続けていて、鍋をかき回してる。


「今日なんだ?」
「えっとカレーにしようと思って、食べてく?」
「うん」


後ろに回って覗き込めば名前が一瞬身体を硬くしたのが分かった。
名前もなんか緊張してる。
すぐにでも抱きしめたくなるけど抑えて小さめに声を出した。


「あ、あのさ…」
「なに…?」
「こないだは、ごめん」
「あ…、うん」


なんのことかなんてすぐにわかっただろう。名前は少し俯きがちに頷いた。


「もう、あんなことしないからさ…」
「ん、ちょっと怖かった」
「悪い…」


お玉を持つ名前の手首を見ればまだ少し赤い気がした。
その手に触れようと手を伸ばしたところで名前が振り返った。

近い距離にいたから向かいあうけど、名前はおれの胸辺りから見上げて、その大きな目を細めて微笑む。


「これで仲直り。もう、今まで通りだね」
「……おう、そうだな」


今ままで通り。それって幼なじみってことだ。それじゃダメなんだ。それじゃ今までと何も変わらねぇ。一歩踏み出さないと。こいつは手に入らない。


「名前」


おれが呼びかけると、きょとんとおれを見つめて来て、その目を逸らさずに赤い頬に手を添えた。軽く動かすと、滑らかに指が肌の上を滑る。
あぁ、ほんとにすげえ好きだ。もう逃がさねぇと目で訴え、自然と顔が近づいて行く。

唇と唇がほんの数センチまで近づいた…。


カタカタカタッ


一瞬で意識が呼び戻されたような感覚。
名前が作っていたカレーの鍋が噴き出したようだ。名前はすぐに振り返り鍋の火を慌てて止めて、溢れた汁をふき取るため台拭きを手に取った。

まさか一世一代の告白を鍋に止められるなんて考えていなかったおれは立ち尽くしてしまった。どうやってさっきの雰囲気を取り戻そうか考えていると、名前が手を動かしながら声を出した。


「あ、あのエース……」
「な、なんだ?」


さっきの後だとさすがに気まずい雰囲気に自然とおれも身構える。
だけど、名前は申し訳なさそうに続けた。


「この間のもなんだけど、その、やめてほしい」
「何をだよ?」


なんとなくなんのことかはわかった気がするのに、わざと気付かないふりをする。
自分の心の中が焦ってるのが分かった。


「キ、キスとか…、好きな人とするものだから…」
「お前はおれが嫌いなのかよ」
「そういうわけじゃなくて…」


不安気な名前は視線を彷徨わせ一生懸命何かを伝えるように言葉を絞り出す。
意を決したように振り返り、おれを見つめ言葉を紡いだ。


「その、わたしはそんな関係になりたくない。エースは大事な幼なじみだから」


おれを傷つけないようにだろうか、だけど「大事な幼なじみ」という名前の発した言葉はおれに深手を負わせるには十分だった。
気持ちを伝えるどころか、その前にお前に可能性はないと言われた。
名前は飽くまでおれと幼なじみでいたいってことだな。それ以上は望んでない。
こんなに一緒にいたのに「幼なじみ」の気持ちもわからなかったなんて。


「そっか」


さすがのおれでもそこまで言われてしまったらもう何もできない。
精一杯の良い幼なじみとして笑顔を作った。


「わかった。もうしねぇ」


頭を撫でようと伸ばした手を引っ込める。
おれの初恋は見事に失恋に終わった。


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