パンとオモイ  1/1

「名前、お前どっか具合悪いのか?」
「え?」


きょとん。まさにこんな感じの表情を浮かべ、エースを向く。

ついさっき帰宅して着替えていたところルージュさんから夕飯を一緒にどうかとメッセージが来ていた。もちろん行きます。とすぐに返事をして着替えてお隣へやって来たわけだけど。食事の準備のためテーブルを拭いていたところ冒頭のエースの言葉だ。


「なんか……」
「ひぁっ…」


エースが顔を近づけて来てくんくんと首辺りの匂いを嗅がれる。
突然のことに驚いて変な声が出てしまって少し頬が赤くなった。


「病院行ったろ?匂いする」
「うそ!」


慌てて自分の腕の匂いを確認するけど病院の匂いなんて何もわからなかった。
それに着替えてきたのにそれでも判別できるエースって犬か何かなの?


「名前ちゃん調子悪いの?もしかして無理に誘っちゃった?」


キッチンからパンの乗ったお皿を持ってきたルージュさんが綺麗な形の眉を歪める。
ちょうどエースとルージュさんが並ぶかたちになり相変わらず似ている親子だなと思った。
そばかすだけじゃなくて、優しいところとか包容力だとか、ふいにエースが出す落ち着く雰囲気は全部ルージュさん譲りだ。

それに相変わらずの美人。昔から老けたなんて一度も思ったことがなくてずっと若々しくてかわいらしさが残る人。そんな人をいつまでも心配させるわけにはいかなくて、わたしはすぐに否定した。


「どこも悪くないから大丈夫!病院には用があって行っただけだから」


心配してくれたエースにも伝わるよう微笑んで言えば、納得しきっていなさそうながらも「そっか」と笑顔が返ってきた。


「そう…?心配だわ…。無理しちゃだめよ」
「うん、ありがとう」


微笑んで返すと「やっぱり名前ちゃんはかわいいわね」とステキな笑顔で返してくれた。


「はやく食おうぜ」
「そうね、さっ、どんどん食べて感想聞かせてね」
「わ、すごいたくさんだね」


ルージュさんが持ってきた大きめのお皿にはたくさんの種類のパンが乗せられている。
デザインにもこだわられてて見てるだけでも楽しい気分になる。

ルージュさんが働いているのはダダン・ベーカリーというパン屋さん。少し山の方にあるから認知度はそんなに高くないけど、味がおいしいだけじゃなくて、ルージュさんや店長のダダンさんたちの人柄の良さに常連客が多いお店だ。
ルージュさんが朝早くから出て行くのは遠いっていうのもあるみたい。

でも自分の好きなようにパン作りができることにとってもやりがいを感じるらしくてルージュさんはとっても楽しそう。たまにこうやって新作を出すときにわたしにも食べさせてくれるのだ。


「うん!おいしい!」
「ほんとっ?それ自信あったのよ」
「うめぇ」
「よかったら明日のお昼に持ってって、名前ちゃんにもお弁当作りの休日が必要よね」


ぱちん。と綺麗なウインクを決めたルージュさんはパンを数個とってそれぞれを袋に入れてくれた。

そのあともいろんな話をしながらたくさんのパンを楽しんだ。
一緒にルージュさんが作ってくれたオイモスープもいただいて美味しさに頬がとろけそうだった。





「エースの部屋久しぶりに入ったかも…」
「そうか?」


夕飯を終えて、特に居座る理由もなかったけれど「ゆっくりしてって」というルージュさんの言葉もあってエースの部屋へ行った。

久しぶりに入ったその部屋は綺麗に整頓されているけれど家具とか置いてあるものはやっぱり男の子っぽい。

ルージュさんはベルメールさんのところにもパンを届けてくるらしく出かけていった。
夜だし危ないからついて行こうかと言ったけど「大丈夫よ、わたしだって護身術くらい身につけてるわ」と腕を曲げて笑われただけだった。

つまり今この家にはわたしとエースしかいない。
こんな状況今までもあったはずなのに、エースの部屋だからかな。

なんか、緊張する。

エースはいたって普通だけど、わたしは少しぎこちなくベッドの端に座った。
エースは机の椅子に座る。


「ル、ルージュさん大丈夫かな」
「プッ、名前なんか緊張してね?」
「そんなことっ」
「母さんなら大丈夫だって、おれの母親だぜ?」
「あぁ…」


なんかそう言われると納得してしまう。
このエースを女で一つで育てる人だもんね。

エースをまじまじと見て考えていると、エースが椅子の向きを変えて背もたれに両手を乗せた。「なぁ」とその口が開く。


「ん?」
「病院に用ってなんだ?」


またその話か。と思い、それが表情にも出てしまったのだろうエースが「言いたくねぇのかよ」と不服そうに口を尖らせた。
その顔がおかしくて少し微笑んで病院に行くことになったいきさつを話した。

話終えると突然エースが立ち上がる。


「お前!男に会いに行ったのかよ!!」


突然の大声に、ビク。と肩が強張る。
恐る恐る視線をエースへ向けると、ありえない。というような表情をわたしに向けていた。


「なんで?借りたお金返すの当然でしょ?」
「おれに言えよ!ついて行くに決まってんだろ!」
「なんで!エース関係ないじゃん!」
「お前なぁ!」


エースが椅子から離れズカズカこちらに近づいてくる。目の前に来るとズイッと顔を近づけてきて鼻と鼻がくっつく。


「この間あんなことがあったばっかだろ!懲りろ!」


この間とはわたしがエースのクラスメイトに騙された事件のことを指しているんだろう。
たしかにあの時はエースがいてくれて助かった。だけどそれとこれとは話が別だ。

エースの迫力に身体が萎縮しそうになるが負けじと睨み返した。


「トラファルガーさんはあんなことしない!」
「わかんねぇだろ!」
「なんでっ…」
「男なんて下心しかねえんだよ」
「っきゃ…!」


瞬間肩を押されて背中に軽い衝撃がした。
ギュッと手首を掴まれて布団に押し付けられ、身体の上にはエースがいて身動きが取れない。


「やだ、離して!」


抵抗するわたしとは対称にエースはじっとわたしを捉える。

なんでそんな泣きそうな顔するの…。

わたしの心の声なんて届かないまま、エースは小さく口を開いた。


「おれにだって、ある」
「え……っん」


言葉を理解する間も無く、唇が重ねられる。
突然のことで逃れようと頭を動かすけどエースは撫で付けるようにわたしの頭を抑えた。
数回繰り返されたかと思うと今度は隙間から舌が中に侵入してきた。


「んっ…!」


エースの顔が首筋に移動する。
ツ…と舌で舐められるとびくりと身体が固まった。


「やだ、エースほんとにやめて」


どう考えても危ない方向なのに、エースは何も返してくれなくて、わたしはただ足をバタつかせて抵抗するしかない。


「エース…!!」


ピピピピピッ


エースの後ろで電子音が鳴る。
それによりエースの動きが一瞬止まったのを見計らって力いっぱい身体を押し退け拘束からすり抜けた。

扉の前で一度振り返ってからそのまま部屋を飛び出した。




走って自分の部屋に戻ると、ぐたっと力が抜けて扉の前でしゃがみこんだ。
掴まれた感覚が残ってるみたい…。

自分の手首を見れば少し赤みがかっていてそれを隠すように自分で握り締めた。


「…はっ…ぁ…」


目を閉じると途端にさっきのことが鮮明によみがえって来る。
なんだか、エースがエースじゃないみたいだった。

この間同じようなことをされた時とは違う、今日のエースは何か怒ってた。
睨みつけるエースの瞳が浮かぶ。


こわかった…。

初めてエースを怖いと思ったかもしれない。

なのに最後に見えたエースの切なげな表情が浮かぶとギュッと心臓を掴まれたような感覚に陥る。


「なんであんなカオしてたの…」


エースが分からない…。

あ…。

そういえば、ケータイ置いてきちゃったな…。

だけど、今さら取りに行けるような状況でもない。


「もう…どうしよう…」










ピンポーン


びくりと肩に力が入った。
父なら鍵を持っているはずだ。もしかしてエース…?
エースならすぐに開けて入って来るかもしれないと扉を見るけどその扉が開く気配はない。


「名前ちゃん?」


ルージュさんだ。聞こえた声にすぐに扉を開ける。
優しく微笑んでくれているルージュさんにひどく安心した。


「名前ちゃん明日のお昼のパン。持って帰るの忘れたでしょ?あとケータイも忘れてたって」
「あ…、ありがとう」


ルージュさんからパンの入った袋とケータイを受け取る。
ケータイには一件の通知が着ていた。


「いいのよ、今日はありがとう、また一緒に食べましょうね」
「うん、こちらこそお邪魔しました」
「ふふ、おやすみなさい」


ルージュさんとわかれて自室に戻りケータイを開いた。
通知の相手はエースからですぐに開いてみる。


「ごめん」


たった一言が送られてきていた。


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