病院 1/1
このあたりでは最も大きいといわれているドンキホーテ病院。
またトラファルガーさんに電話をしたら待合で待ってろと言われたので少し緊張しつつも大きなガラスドアの正面玄関から中に入った。
足を踏み入れた瞬間病院という慣れない空間に圧倒された。
せわしなく人が動き回り騒がしいけれど賑やかではない不思議な空間。
待合の椅子に向かいながらぐるぐる頭を動かしてあちこちに目を向ける。
大きな受付には列ができるほど人が並んでいて、順番待ちをしている人も多数。
受付にいるお姉さんたちは忙しそうにだけど一人一人丁寧に案内をしていた。
病院で働く人って初めて見たかも……。
お医者さんだけじゃなくてリハビリをしている人や看護師さんに連れられて歩いている患者さん。まだ小さい子を抱いたお母さんらしき人や、泣きわめく子どもをなだめる看護師さん。
待合からでもたくさんの人が見えた。
今まで知らなかった世界だなぁ……。
「悪い待たせた」
後ろから低い声がして振り返ると視界に入ったのは真っ白な白衣で、少し視線を上げると待ち人であるトラファルガーさんの顔が視界に入る。
今日は黒ぶちの眼鏡をかけていて髪が少し乱れている。
以前会った時よりも疲れているようで、やはり申し訳なさが募る。
「いえ、全然待ってないです!」
トラファルガーさんは一瞬わたしがさっきまっで見ていた方向に視線を投げてから、そうか。と言った。
慌ててお返しするお金を入れた封筒と紙袋を渡すと、紙袋を受け取ったトラファルガーさんは不思議そうな表情をわたしに向けた。
なんだかその表情が可愛く見えて少し微笑んでしまう。
「あ、気持ちだけですけどお礼です。良かったら」
「あぁ…」
散々悩んだ挙句持ってきたお礼の品はコンビニのおにぎりとブラックコーヒーだ。
会ったのは一度だけだし好みもわからないからあの日トラファルガーさんが買っていたおにぎりとブラックコーヒーにした。
さすがにおにぎりの具までは見ていなかったけど、無難なおかかと梅干しにしたから大丈夫だと思う。
トラファルガーさんは「ありがたくもらっておく」と口にして紙袋を覗き込んだ。
「ちょうどこれから飯を食う予定だった」
「そうだったんですか、よかったです」
「だが…」
わたしが笑うとトラファルガーさんは紙袋からおにぎりを一つ取り出しわたしに見せた。
少し微笑み口を開いた。
「おれは梅は嫌いだ」
「えっ、すみません!」
見せられたおにぎりのパッケージにはデカデカと書かれた「梅」と言う文字。
誰でも食べられるだろうと無難に梅干しを選んだというのにまさか梅が苦手だとは考えていなかった。好物でなくても嫌いでもないと思ったんだけどな。
「これわたしがもらいます!代わりに何か…!」
「いや」
代わりの物を買ってこようと院内にあるコンビニに向かおうとしたが咄嗟に手首を掴まれた。突然のことに驚く。
振り返ってトラファルガーさんを見るけど無表情な彼からは何も伝わってこない。
え…。
「こっち来い」
「…はい」
軽く引っ張られながら彼について歩く。
一体どこに行くのだろう。不思議に思いつつもトラファルガーさんの後ろ姿を眺めた。
着いた先はフリースペースのようなところで4人掛けの丸テーブルが何ヵ所か置かれていた。大きな窓から光が差してくるそこは待合と比べるととても明るく感じる。
患者さんがお見舞いに来た人と話しているのも見られて、飲食も自由みたい。
そこのテーブルの一つにトラファルガーさんは座り、わたしも座るように促した。
「これ、お前が食え」
「えぇ?」
「おれも今から休憩なんでな」
トラファルガーさんは不敵に微笑んでおにぎりを差し出してくるものだから、いいんですか?という問いは言わないでおいた。
なんだか彼とおにぎりがアンマッチで面白い。
おにぎりの一番上に齧りつくが、一口では具の梅は出てこなかった。
でも、ただの白ご飯でもとてもおいしく感じる。
普段コンビニのおにぎりをよく食べるわけじゃないからかな冷めててもおいしい。
ふと、視線を上げるとおにぎりを頬張るトラファルガーさんが目に入った。
モゴモゴ口いっぱいに入れてまるでリスみたい。
その姿に思わずプッと吹き出すもトラファルガーさんは不思議そうな表情を向けるだけで何も言ってこなかった。
リスのように頬張っているおにぎりをゴクリと飲み込むと口を開いた。
「さっきは何を熱心に見てたんだ」
「え?」
「おれが声をかける前、どこかを見てたろ」
「あぁ…」
見られてたんだ。
トラファルガーさんはわたしを見つめながらパクリと最後の一口を放り入れた。
また頬を膨らませておにぎりを食べるトラファルガーさんに少し笑みをこぼし、わたしは口を開いた。
「なんか…、わたしが無知だっただけなんですけど、病院っていろんな人が働いてるんだなと思って」
わたしは近所にある小さな病院しか知らなくて、病院にはお医者さんと看護師さんしかいないと思ってた。だから、こんなにもたくさんの人が医療を必要として来ていて一人一人に丁寧に対応してるってすごいことなんじゃないかって思った。きっとまだわたしの知らない職業もたくさんあるんだろうな。
と思っていたことを伝えるとトラファルガーさんはコーヒーの蓋を開けながらまた口を開いた。
「へぇ…」
「もう高2なので、進路のこともあるし、いろんな世界知らなきゃなと思って」
「それで?参考になったのか」
「はい、この世界に興味わきました」
「そうか…」
医療現場で働くことの想像なんて今までしたことなかったけど、きっと、たくさんの人を助けることが出来る素敵な職業なんだろう。
一瞬トラファルガーさんの眼鏡が光が反射して目が合わなくなる。
それに黙ってしまったから何か考えているみたい。
わたしは食べかけだったおにぎりを一口食べた。
「……なら」
「はい?」
ピピピピッ
突然の電子音。その音はトラファルガーさんの首に掛けられていたPHSから発されたもの。赤い紐に掛けられていたそれはドラマでしか見たことのなかったものでまさかここで鳴るなんて思っていなかった。
トラファルガーさんはすぐに出ると数秒で会話は終わり立ち上がった。
「悪いな戻らないといけなくなった」
「いえ、忙しいのにありがとうございました」
「いや、また連絡する。 名前」
「……え?」
聞き返すわたしに返事はなくて不思議に見返すも帰って来たのは先ほど見たものと同じ不敵な笑みだった。
また連絡するって…なんで?[ 13/37 ][*prev] [next#]
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