うそ  1/1

昼休みも半分を過ぎた頃、自販機でジュースを買い、中庭近くを通ったところどこからか名前を呼ばれた。

「やっぱり名前ちゃんだ!何してんの?」

振り返ってみると、声の主は体操服姿のあの彼だった。彼の背後にある校舎の陰で何かが動いた気がして不思議に思いつつも彼と少し話した。

「ね、この間の約束覚えてる?」
「え?…っと、うん、覚えてるよ」

一瞬悩んだけれどすぐに思い出した。この間、エースへのプレゼント選びに付き合ってほしいと言われたのだった。微笑んで答えると彼も嬉しそうに微笑み返してくれた。

「休みだし、明日はどうかな?何か用ある?」
「ううん、大丈夫だよ」
「そっか!じゃあ明日の10時に△△駅でいい?」
「うん、わかった」

明日の約束が決まったところで次の授業開始まであと10分を切っていることがわかり、慌てて別れて教室へ戻った。











「ただいま」
「おかえり」

部屋の扉を開けると、そこにはわたしのベッドの上で我が物顔で漫画を読むエースの姿があった。いない間に侵入されるというのは昔からだけど、なんとなくいつも軽く驚いたフリをしてしまう。

「エース来てたんだね」
「おう、遅かったじゃねぇか」
「ノジコとクレープ食べてきたの、話が弾んじゃって」

鞄を置き、ほうっと一息つくと、ブレザーを脱いで壁に掛けた。そこでチラとエースを見るが、なぜかとても優しい笑みを浮かべていて、逆にわたしには苦笑いが浮かんだ。

「あの、ここにいられると着替えられないんだけど…」

こんなこと言うのは初めてで昨日のキスのこともあって少し恥ずかしい。いつもなら着替えの時は気付いたらエースから出てってくれるのに。わたしが困ったように言ったのに対し、エースは少しムッと唇を尖らせた。

「いいじゃねぇか、一緒に風呂入った仲だろ」
「それは子供の頃の話ね!」
「今だって大人じゃねぇだろ」
「…そうだけど」

動く気がない。と全身で表すエースを見て、これは無理だなと確信した。はーっ。と息を吐いて部屋を出る。

「もういいよ」

冷たく言ってしまい、なんだか少し罪悪感が生まれた。キッチンに入ってエプロンを着けると、エースもわたしについて来ていたみたいで少し安心した。

「エースは夕飯食べてくの?」
「あー、うん、そうだな、食う」
「はいはい」

既に作る品は決まっていた。冷蔵庫の中から食材を取り出し、チラとエースを見ると、キッチンの入り口に凭れ腕を組んでこちらを見ていた。少しやりにくさを感じたけれど、気付いていないことにして、まな板と包丁を用意した。その時、背後から身体を包まれて、きゃっ。と声が出た。お腹と首に腕を回され、肩にエースの顎が乗った。

「何!?危ないよ!」
「なんかこうしたくなった」
「はい…!?」

耳元でエースの声が聞こえ、背中からは体温が伝わってくる。この間のこともあり、身体に熱が上るのがわかった。

「ちょっ…も、もう離れてよ…」

返事がない代わりに腕の力を強められた。要するに離れる気はないってことなの…。このまま調理を続行することも出来ず、大人しく固まっているとエースが低く声を出した。

「なぁ」
「なに…?」

おそるおそる聞き返す。

「明日さ、久々に2人で出掛けようぜ」
「え、明日…?」
「うん」

明日は、あの彼のエースへのプレゼント選びに付き合うという約束がある。
先約は先約だよね……。

「…ごめん、明日はちょっと」

エースからの返事はすぐになくて、拘束が緩んだかと思えば、身体を反転させられ、二の腕を掴まれる。こちらを見下ろすエースは、眉を寄せわたしを睨みつけていて恐怖さえ感じた。おもわず視線を逸らしてしまう。

「ちょっと、なんだよ」
「…約束があって」
「誰と」
「と、友達…」

グッと顔が近付く。目合わせようとするエースとそれを避けるわたし。そのやりとりにさらに気が立ったのだろうエースはわたしの顎を掴んで無理やり唇を合わせた。

「んっ!…ちょっ!」
「だから、誰だよ」

あのことエースには秘密でお願い!
彼の言葉を思い出す。もしかするとエースを驚かせるつもりなのかもしれない。ここでわたしが話してしまったら彼の計画がパーになってしまう…。

「エッ、エースの知らない子!」

咄嗟にグイッとエースの肩を力いっぱいに押した。エースが半歩下がったところで、なんとか出来た距離を保とうと腕を伸ばした。だけど、それ以上エースはなにもしてこなかった。

「……そうかよ」
「…エース?」
「…やっぱ飯いい、帰るな」
「えっ、ちょっと、エース…?」

力が抜けたようにエースはキッチンを出て行き、そのまま部屋からも出て行った。
この間からエースの行動が読めないし、何を考えてるのかもわからない。さっきの表情には恐怖すら感じたしこのまま追いかけることも出来なかった。


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