はじめての  1/1

夕飯を食べ終わっても、片付けを終えても、わたしの父が帰ってきても、エースはまだ自分の部屋に戻らなかった。


「なぁ名前」


ルージュさんは友達と食事に行っていてまだ帰らないらしいから家にいても1人だしこっちのが良いんだそうだ。別にうちとしても何時までいてくれたって構わない。


「名前」


だけど、明日の小テストの勉強をすると言ったわたしの部屋にまで乗り込んでくるとさすがに邪魔だなぁと思い始めた。
わたしの勉強机の椅子に座りくるくる回るエースをチラと横目で見る。床に座りローテーブルで勉強するわたしをジロと見下ろす姿に小さなため息が出た。


「なんで無視すんだよ」
「えっ?あ、ごめん。なに?」


ついつい考え事に夢中になってしまっていた。ムスッと怒ってますと表情に表しているエースを見る限り、相当エースの声を聞き流してしまっていたようだ。

エースは椅子から立ってわたしの隣まで一歩で来ると、そこに座り、ズイッと顔を近付けてきた。それには驚いて思わず身体を反らした。


「なぁ」
「な、なに?」


真剣な表情で見つめられ固まる。なぜか手で逃げ道を探している自分がいて、これが本能なのかと感心した。


「名前はさ……彼氏いたことあるか?」
「……は?」


つい呆けた顔をしてしまった。ポカンと口が開いて閉じない。真剣な表情をしておいて、まさかそんな質問をされるとは思っていなかった。
こんなこと聞かなくてもわかってるはずだ。これまでずっと一緒にいたのだから。彼氏がいたらここまでエースと一緒にいられるはずがない。エースも遊ぶ女の子はたくさんいるみたいだけど特定の女の子は作らない。
お互いにわかりきっているはずの質問に不思議に思いつつも正直に「ないよ」と答える。


「そうか」


なんだか安心したように、優しく微笑むエース。
その笑顔に少し安心したのか逃げ道を探していた手は止まる。


「…じゃあキスも?」
「……付き合ったことないのにしてるわけないじゃん」
「…だよな」


エースの笑顔が近づく。
不意にエースの指が唇に触れた。
突然のことに顔が熱くなってエースを見つめる。エースからは熱い視線が向けられていて目が離せなかった。


「じゃあさ、していいか?」
「え!?」


途端にエースが近付いて来る。もともと近い距離にいたから時間はかからなくて、手を後ろについて距離を取ろうとするもすぐに追いつかれた。
左手を後頭部に回され、右手で左頬を包まれる。


「ちょっ、ちょっと待ってエース!」
「待たない」
「やだっ、ちょっ!!」


床についていた手を離しても倒れることはなく、その手でエースの胸を押すも全く効果はない。そのままエースの顔が近づいて来た。


「…っ…!!」


唇同士がくっついた。だけどすぐに離されることはなく、エースはの唇はハムッとわたしの唇を甘噛んだ。


「…んっ…やっ、やめっんんっ…」


名前を呼ぼうと口を開いた瞬間、エースの舌が口の中に入って来て、そのまま口の中をなぞるように動き回った。
初めての感覚に頭がくらくらする。

なにこれ、全く頭が追いつかない。いくら幼なじみだからと言ってこんなことしたことはないし、第一わたしはエース以外でもしたことはない。ファーストキスをこんな形で奪われるなんて全くの想定外だった。


「んっ」


何分経ったのかわからないけど、唇が離れると、わたしは呆然とエースを見た。だけどエースは何も言わずまたわたしの首筋に顔を埋める。


「ひっ…!」


ペロッと首筋を舐められた。
そして直後に軽いリップ音が聞こえ、エースは顔を上げた。さっきまでとは全然違い、とても満足そうな表情をしている。


「……っなんで」
「名前ー!悪いがタオルとってくれー」


父の声だ。お風呂から上がったがタオルが準備出来ていなかったらしい。わたしは慌てて頭を切り替えて、すっかり緩くなっていたエースの腕から抜け出し部屋を出た。


「はぁっ」


どうしよう、心臓がうるさい。
胸を抑えて鎮めようとしてもさっきのエースの顔が頭から離れず、一向に収まる気配がない。
ただ、なぜエースがあんなことをしたのかはわからなかった。


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