「キト、お前やっぱ島に残るんだってな〜!」
「おれたちは今日出ちまうけどよ、家族には変わりねェからな!」
「また来るな〜!」
「お騒がせしてすみませんでした。おれもすっごく楽しかったです!またいらして下さい」
出航の日の朝、みんなが甲板でキトくんに別れの挨拶を述べている。わたしは完全にタイミングを逃してしまって、少し離れた所でなんだか嬉しそうな顔をしたエースとそれを見ていた。
「名前さん」
「は、はい!」
色々考えていた所でキトくんの方から呼んでくれ、わたしは慌ててキトくんの前に向かった。
「あっ、あの…」
「名前さん、短い間でしたけど、ありがとうございました」
「こっ、こちらこそ!楽しかったよ」
キトくんはなんでそんなに余裕そうなんだろ。年下なのにな…。
わたしなんて、どんな顔をすればいいのか、どんな風に言えばいいのか、それらが分からなくて目を合わせられず、少し俯いてしまった。
「あのっ…昨日の返事なんだけど…」
「名前さん。ちゃんと顔見せて聞かせて下さい」
「あ、う、うん」
ゆっくり顔を上げていくとキトくんの真剣な瞳とぶつかった。思わずゴクリと息を飲んでしまいふぅと少し吐き出す。落ち着け、わたし。
「わたしは…この船のみんなが好き、海で生活することも好きなの。だから…ごめんなさい、この島で暮らすことはできない」
まただんだん視線が下がっていってキトくんの鎖骨当たりに目をやる、暫くの沈黙の後、上から声が降ってきた。
「名前さん、そんな顔しないで下さい。おれは大丈夫ですから」
「え…?」
今、わたしどんな顔してるの?
ポンポンと頭に手を乗せられ顔を上げると笑顔のキトくんがいた。
「申し訳なく思わないで。たくさんおれのこと考えてくれたんですよね…、おれはそれだけで十分です」
「ごめんなさい…」
だから謝らないで。と言われ、昔自分がエースに言った言葉を思い出してふ、と笑ってしまった。
そうだ。謝られ続けるのも辛いってこと自分がよく分かってることじゃない…。
するとキトくんが右手を差し出す。
「最後に握手なんて変ですかね」
「ううん、変じゃないよ」
そういえば、キトくんの乗船が決まった時もこうやって握手したなぁ
わたしも右手を出してその手を握った。
「じゃあ、お元気で」
「うん、キトくんも」
手が離れ、キトくんは縄梯子の掛けられている船縁に飛び乗った。もう行くのか、と思ったところでキトくんが振り返る
「エースさん!」
「あっ!?」
「次会った時、まだエースさんのものになってなかったら、おれ遠慮しませんから!」
「へっ、あぁ!」
なんの話だろうか?ものって何?
なんだかよく分からないけど、お互いに笑顔を見せあってキトくんは縄梯子を下りて行ってしまった。
「出航ーー!!!」
錨が上げられ、ゆっくりゆっくり船が岸から離れて行く。
「またね!キトくん!」
「はい!また!」
船縁から手を振るけど、キトくんの姿はあっと言う間に小さくなってついに見えなくなってしまった。
真っ青の海が広がっている中、島の方向を見続けていると後ろから声が掛けられた。
「名前!サッチ特製ミルフィーユあるぜ!食うか?」
「うん!」
停泊中いろんなことが起こったけど、やっぱりいつもの家族での出航。
弟や妹は欲しいけど、やっぱり妹っていうのもまだ捨てられない。
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