キトがこの船に来て4日?5日?とりあえずそれくらいの日にちが経った。

調達も済んだし、ログも溜まったし、明日にはこの島を出るらしい。
今日は最後の一日ってことでみんな朝から島に遊びに行ったり、昨日から泊まって帰ってなかったりで、いつもなら賑わってる食堂もここ最近は人が疎らだ。


二日ぶりに船で朝食を取ることにしたおれの前にはキト、名前、エースの3人

相変わらずこの並びで座ってんのな…

競うように名前に話しかけるキトとエース、それに嫌な顔一つせず笑顔で返している名前。いることに気付かれているのかいないのか、完全に放置されているおれサッチ。


「そういえばキトくん」
「はい?」



名前がキトに話しかけたことで、喜びと少しの驚きを表情に表すキトと、その名前の後ろからすごい表情でキトを睨みつけるエースという面白い構図が出来上がった。



「島の人達にもう明日には出るって伝えたの?」
「あ、それおれも思ってた」



おいお前ら3人とも、いたのか?みたいな顔すんなよ…!
おれ悲しいぞ…!


それより、名前の質問はおれもずっと思ってたことだった。明日にはこの島とはおさらばだってのに、キトが島に降りてるの見たことねェんだ。

キトは少し視線を下げて自嘲気味に笑うと口を開いた。



「わざわざ報告しなきゃいけないような家族、おれにはいませんから」



キトの言葉を聞いて、エースは睨みつけていた鋭い視線を緩めた。

あぁ、そうか。そういや、こいつ家族いないっつってたな…。
でも長年この島で暮らして来たんだろ、ダチとか世話になった人とか…、いねェのか…?



「ずっと1人で生きて来ましたから、おれがいなくなっても誰も気付かないでしょうし、大丈夫です」



キトの悲しそうな声に、ついにエースの眉が下がった。
いつも喧嘩してるとは思えねェくらい、キトのことを心配してるような…。そんな表情。



「お魚屋さんのおじさん」



全員の視線が下がっていたところへ名前の声が聞こえ、キトもおれもエースもえ?と名前を見る。
名前はもう完全に体ごとキトの方を向いていて、優しく微笑んでいた。



「パン屋さんのご夫婦と娘さん」
「……なん…で」



名前が言う言葉にキトは目を見開いて驚く。



「あと…レストランのおじさん」
「なんで…知ってるんですか」



困惑顔のキトに名前はクスッと笑った。



「いるでしょ?心配してくれる人たち」
「え……」



あぁ、そういうことか。
ふとエースを見れば、こいつもおれと同じように笑っていた。



「みんな、最近キトくんが顔出さないって心配してたよ」



名前の話によれば昨日上陸した時にいろんな奴らからキトの話を聞いたらしい。


キトは島にいる頃日雇いの仕事で生計を立てていたらしくて、魚屋もパン屋もレストランもよく手伝わせてもらってたんだと。



「きっと、何も言わないまま別れちゃったらみんな悲しむよ?この島にはキトくんを大切に思ってくれてる人たちがたくさんいるんだもん」
「………はいっ…」



名前の優しい言葉にキトの目から涙が溢れていた。なんで気付かなかったの?ってクスクス笑いながらキトの頭を撫でる名前に、エースは少し悔しそうだけど、ヘヘッと笑ってその様子を見守っていた。



暫く泣いて涙が収まったらしいキトは顔をあげて残りの涙を服の袖で拭い、強い目で名前を見た。



「おれ、島のみんなにちゃんと言って来ます」
「うん」
「名前さん、一緒に来てくれませんか?」
「うん、いいよ」



お?いいのかよエース?
そう思って見てみたが、エースは飯に顔を埋めて睡眠中だった。















「キトじゃねェか!!お前一週間くれェ顔見せねェで何してやがったんだ!」
「大将……」



魚屋さんの前を通りかかると頭にハチマキを巻いたガタイの良いおじさんがキトくんに声を掛けた。

少し怒ったような、でも安心したような、多分何日も顔を見せないキトくんを本気で心配してくれていたんだと思う



「お前が来ねェと大変なんだ!ほれ!手伝え!」
「うわっ」



ドカッとキトくんの腕に魚がたくさん入った箱を乗せた大将さん、キトくんも苦笑いを見せながらも嬉しそうにそれを運んで行く。



「お!お嬢さんにはこれ貸してあげるよ」
「へっ?」



ニッカリ笑顔でエプロンを渡され思わず変な声が出てしまった。
そこへ運び終えたキトくんが戻って来て焦ったようにわたしからエプロンを奪い取り大将に押し付けた。



「ちょっ!名前さんにまで何させる気だよ」
「名前ちゃんていうのかぁ!前にも来てくれたよな!キト、お前えらく可愛いお嬢さん捕まえたじゃねェか」
「そ、そういうんじゃないから!」



キトをよろしく頼むよ、なんて言う大将さんは本当にキトくんのことを想っててお父さんみたいだな。と思った。
そんな大将さんの手からエプロンを受け取った



「はい、お手伝いしますね」
「名前さんッ……!」



わたしは大丈夫。と微笑めば渋々ながらもキトくんも頷いてくれた。


それからは大忙し、魚屋さんのお手伝いなんて初めてしたけど、とっても忙しくて、とっても楽しかった。

来る人来る人、キトくんに声を掛けて行って、そしてみんな安心したように帰って行った。


キトくん、家族いない。なんて言ってたけど、こんなにもたくさん、家族のように想ってくれる人たちがいるじゃん…。





「いやぁー!今日は助かったよ!ありがとよ2人とも」
「わたしも、楽しかったです」



もう夕方になっちゃって、朝には大量にあった魚も全て売り切れ、明日はまた大将が朝に仕入れに行くそうだ。



「また頼むぞ〜!なぁ、キト!」



そう笑いながらキトくんの背中を叩いた大将はとっても楽しそうでキトくんのさみし気な表情には気付いていないよう、そこでキトくんは意を決したように吐き出した。



「あ…、あのさ、実は…おれ、明日この島出るんだ!白ひげ海賊団の船に乗ることにした」



キトくんは一息に言い切った。大将さんはそれを聞いて右手で抱えていた空の箱を地面へと落とした。



「お前……海賊になるのか……」
「うん。家族なんだって、その船に乗ってる人達はみんな…。おれにもやっと、家族が出来るよ」



キトくんの嬉しそうな言葉に一瞬目を見開いた大将が手で顔を抑え俯いた。
少し、手の隙間から見えるだけだけど、大将、泣いてる…
肩も心なしか震えてるし、キトくんも気付いているんだろうけど、気付いていないフリをする



「だから、手伝えるの今日が最後だっ…「馬鹿野郎!お前…、お前…!なんでもっと早く言わねェんだ…!!」



大将が涙いっぱいの顔でキトくんの肩を掴む、それと同時にキトくんの目からも涙が溢れ出した。



「ごめん、でも…、みんな、おれのことなんて…「そんなわけねェだろうが…!!この島の住民が、何年お前を見守って来たと思ってんだ!」



ごめん、とキトくんが呟いたところで大将がキトくんを抱きしめる。



「お前はこの島の住民たちをただの他人とでも思ってんのか?毎日お前に仕事用意して、飯なんかもよく貰ったろ。キト、お前はずっと1人だと思ってたのかもしれねェが、お前が小さな頃にこの島に流れ着いた時からおれたちはみんな親としてお前を見守って来たんだよ…!!」
「……たッ…大将…」
「この島の全員に会ってからよく考えろ、ちゃんと分かるはずだ、お前が1人じゃないってこと、お前がいなくなったら悲しむ人間がいること」



身体を離すと大将はハチマキを外して、それでキトくんの顔をぐしゃぐしゃと拭いた。


そんな2人を見ていて、わたしも知らないうちに涙が頬を伝っていた。


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