夜、甲板に出てきた。
バタン…。
「今日は…来てねェか…」
また名前と会えないかと、たまにだけど、夜の甲板にやって来ていた。げど、あれから名前とは一度も会ってねェ。まぁ、名前も忙しそうだったし、おれも酒飲んで寝ちまうことが多くて、そんな頻繁に来られなかったしな…。昼間みんなといるときも普通に話すけど、ここで二人で話すのはなんだか特別な感じがするから好きなんだけどな。
今日も名前の姿は見えなかったが、そのまま部屋に戻る気にもなれず、なんとなく船縁に手を置きながら、沿って歩いてみる。
ザザーン…ザザーン…
目を瞑り、波の音を聞く。
今日は一回も話してねェなー…
名前は昼寝してるの見ただけ、近付こうとしたらその前にマルコが連れていっちまったし…。
火傷の痕は気にしてねェってマルコが言ってて安心した。もう謝るのはやめよう。
“だから…もう謝らないで…”
名前に言われた言葉を思い出す。確かに、おれにずっと謝られても良い気はしねェよな…。おれは謝ってれば罪が軽くなる気がしてただけなんだ。なにも名前のためになってないのによ。これからは名前のためにおれがしてやれることを考えねェと…。
なんでこんなにも四六時中名前の事を考えているのかは自分でもよくわかんねぇ。名前に対するこの想いが、火傷を負わせてしまったという罪の意識からなのか、家族として大切なだけなのかはまだよく分からねェけど、ただ、名前にはずっと笑っていてほしいと思う。名前の声が聞きたい。たくさん話してほしい。おれの名前を呼んでほしい…。
「エース?」
そう…そんなかんじ…
…!?
「おーい、寝ながら歩いてるの?」
目を開けると目の前に名前がいて、おれは驚きで目を見開く。寝るときの服装でパーカを羽織り、手には湯気の立っているマグカップ。そして、本人はおれを目をまん丸にして見上げていた。
「名前」
「うん?」
「いたのか…!」
「え?うん」
と名前は、ふ。と海へ視線を戻す。まさか会えるとは思ってなかった…。緩む頬を抑え、おれも名前の隣へ並んだ。
「もしかして毎日来てたのか?」
「毎日はさすがに…、でも結構来てたかも…」
「マジかよ…」
じゃあ…、もっと名前に会うチャンスがあったんじゃねェか…!
チラと隣にいる名前を見る。
「好きなんだな」
「うん…!」
つい口をついて出た言葉に名前は視線を海に向けたまま返す。横顔からでも嬉しそうなのが伝わってくる。
その時、ヒュゥ。と正面から風が吹いた。名前はマグカップを左手に持ち、空いた右手で顔にかかった髪を耳にかける。そしてまた、海を見ながら微笑んだ。
さっきまではあんなに会いたいと思っていたのに、たくさん話したいことがあったのに、いざ名前と二人になると何を話したかったのか分からなくなる。
「エースは?毎日来てたの?」
何を話そうかと悩んでいるおれは名前の質問に反応が少し遅れてしまった。
「おれは…たまにな」
「そうだったんだ。全然会わなかったねー」
そう言っていつも通りに笑う名前。それを見て、おれはなんで緊張してんだろう。と思えてきた。いつも通りに話せばいいじゃねェか。何を悩んでんだおれ。
「眠くねェの?」
「昼間に寝ちゃったから、眠気なくなっちゃった」
あはは。と自嘲気味に笑う名前。
そうだ、いつも通りでいいんだ。
「マルコに持ち上げられても爆睡だったもんな」
「見てたの!?恥ずかしい…」
「いや、あ、た、たまたま見えただけだ…!」
「どうしたの?」
焦るおれを見て名前はクスクスと笑う。あぁ、やっぱり名前は笑ってるのが一番だな。すっげェ可愛い。でも、同時になんでこんな海賊船に乗ってんだ、って思っちまう。
名前は海に背を向け、今度は船縁に背を預けた。手に持ったマグカップに口を付け中のものを一口飲む。中身がなんなのかは分からねェけど、名前が微笑んだからきっと好きな飲み物なんだろう。
「ふー、最近はエース大活躍だね」
「そうか…?へへっ」
確かに、最近じゃ敵襲って聞くと真っ先に飛び出して行っちまう。もっと考えてから行動しろ。ってマルコには言われちまったけど…。本能だ、本能。
「エースは戦闘中が一番生き生きしてるって、サッチも言ってた」
「そっ…か…」
なんだか照れる。なんて返したらいいのか分からない。おれいつもどんな風に話してたっけな…。
「エースとこうして話すの楽しいね」
「おう、おれも」
たぶん、おれの顔赤くなってる。今は夜だし、名前には見えてねェだろうけど。
「ふわ〜ぁ、眠くなってきたかも…」
片手で口を抑え欠伸をした名前は目を擦りながらこちらの向いた。そんな名前の頭に手を乗せる
「もう寝ろよ、マルコに怒られるぞ」
「うん…。ねぇ」
ゴシゴシ…と名前はまた眠そうに目を擦る。
「ん?」
「明日も、ここ来る?」
それってまたおれと話したいってことか?だったらすげェ嬉しい。
「おう!」
笑顔で答えたおれに名前は満面の笑みを見せてくれた。
「おやすみ」
部屋へと帰って行った名前を見送った後、しばらく自分の右手を眺めていた。
おれ、名前の髪に触れんの、初めてだった。
サラサラ…だったな…。
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