「マルコ隊長、航路を見ていると怪しい雲が…」


「マルコ隊長先日海軍本部から追跡船を派遣したと情報が入り…」


「マルコ隊長手合わせお願いします!!」


「マルコ次の島に着いたらなんだが…」


ここ最近、船の進路のこと、前々から約束していた隊員との手合わせ、海軍の嬉しくない動き、次の島での配置決めなど様々な仕事が重なり徹夜続きだった。そのせいか自分でも驚くほど疲労が溜まっている。

さすがに少し休むと航海士たちにも伝え自室に向け足を進めていた。

そんな時……


「マールコ!」


そんな高い声と共に腰辺りに巻き付く声と腹部に当たる小さな衝撃

顔を下に向ければ小さな黒い頭が見え、その顔をおれの腹に埋めていた。

どうした?と問いかければ、くふふっ。とくぐもった声と共にその頭が揺れた。

その頭を撫でてやろうかと手を伸ばすが、その頭がグリグリとおれの腹に押し付けられ思わず手が止まる。

この子は一体何がしたいんだ。

この船に名前が来てどれくらい経っただろうか、まだまだ気を許せる奴が少ないなかでも毎日いろんな奴らが相手をしているせいかこの船に慣れ笑顔を見せる回数も増えた。

それでもこの子はおれに絶対的な信頼を寄せてくれているのだろう。他のやつらよりも相手をしてやれる時間は少ないがおれのところには毎日顔を見せにくる。

今日は誰からこんな話を聞いた。こんなことをした。

楽しそうに話す名前は、あの頃の人に怯えていたころの子どもとは見違えるほどだ。
きっと元は明るい性格なのだろう。今はあの海賊が奪った彼女の明るさを取り戻してくれればそれでいい。

さて、この子は一体いつまでこうしているつもりなんだろうか、特に急ぎの用はないがこうも廊下のど真ん中で頭を押し付けられればさすがにどう対処すべきかわからない。
もしかするとこの歳の子では普通のことなのか?なら親ではないおれが知るはずがない。
そんな風に考えを巡らせているとまたくぐもった声が聞こえる。


「マールコッ」
「なんだよい?」


名前を呼ばれさっき止めてしまった手を再度伸ばし、今度こそその小さな頭を右手が捉える。柔らかい髪を軽く撫でるとひょいっとその頭が動き名前が顔を見せた。

軽く驚き、今度はなんだと目を開くと、名前は、にひっ。といたずらな笑顔を見せた。


「だーいすきっ!」
「……ッ!」


ドンッと胸を撃ち抜かれたような衝撃
今までたくさんの敵と対峙し戦ってきたがここまで静止させられたのは初めてじゃないだろうか。それくらいこの子の笑顔には破壊力があった。


「疲れてる人にはこうすれば元気あげれるんだよってサッチが教えてくれたの」


マルコ最近疲れてるでしょう?
なんて優しい子だ。そこまでおれを思ってくれてるのか…!!きっとおれも疲れてるからだこの子の優しさが本当に沁みる。


「マルコ…?」


心配そうにおれを覗く名前だが固まって動かないおれに不安気な表情に変わった。


「名前」
「えっ…わっ」


名前の脇の下から手を入れその小さな体を持ち上げる。額と額を合わせ静かに微笑んだ。


「おれも、名前が大好きだよい」







……ルコ

…………マルコ


「…ん」

「マルコ、起きて」


遠くで聞こえていた声が近くなり、ゆっくりと目を開くとそこには名前がいた。
だがそれは先ほどまで一緒にいた小さな名前ではなく大人に成長した名前だ。

名前は優しくおれの名を呼んでいたが、目を覚ますとその表情を困ったものを見るような目に変えた。


「こんなところで寝ても疲れとれないよ?」
「んん……あぁ」


そう言わて周りを見ればここは自室ではなく航海士室、中央にある大きなテーブルには海図や地図、定規などが乱雑に置かれている。
おれがいたのはそのテーブルの横にある古びた椅子だった。

ここ最近この部屋に籠って航路の調整をしていたのを思い出した。それがいつのまにかこの椅子で眠ってしまっていたらしい。
それをこの子に発見されたわけか。


「部屋…行くよい」
「うん、最近忙しそうだったしよく休んでね」


そう言って部屋の扉に向かう名前の背を見て、先ほど見ていた夢を思い出した。
疲れていたからあんな昔の夢を見たのか。
夢だがあれはたしかに10年前にあった出来事。あの時は名前の言葉と笑顔で疲れが吹き飛んだものだった。

大きくなったな。改めて彼女の成長を噛みしめた。


「マルコ?」
「ん?」
「行かないの?」
「あぁ、行くよい」


おれが動かないことを不思議に思ったのか名前が振り向く。お前の成長を感じたなど言えることはなく、何時間座っていたのか分からない椅子から立ち上がった。

ギシ…。木の音が鳴る。
時間が経ちこの椅子がここまで古くなったように、あの子は成長していったんだな…。
ただの椅子を見てここまで考えが巡るとは相当疲れている。名前の言う通り大人しく部屋で休むことにしよう。


ガシッ


一瞬何が起こったか分からなかった。ただ、背中に回る腕と胸辺りに押し付けられる頭、懐かしいものを感じた。


「どうしたよい?」
「ふふっ…」


名前が顔を上げ、ニコリと微笑む。
あの頃よりも顔と顔の距離が近い、だが確実に重なるものがあった。


「マルコ、だーいすき!」


ぶわり。ぞわり。何かが体中を駆け巡る。

先ほどまで感じていた疲れが全て吹き飛ぶような。

あぁ、もう。この子は…。
本当によくできた娘だよい。

相変わらずおれに比べれば小さいが確実に成長したその身体を引き寄せ抱きしめる。


「おれも、名前が大好きだよい」
「ふふっ、覚えてたんだ」
「当たり前だろい」
「そっか……ふふっ」


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