緊急で隊長会議が開かれる。と、朝飯の後片付けをしているときに連絡が回って来た。
一体なんの用件でだと伝えにきた隊員に聞くも、そいつも内容までは知らされていないようだ。


「こんな時期に一体なんだろうな」
「さぁ…」


ついこの間島を出発して、航路についてはその時に会議したばかりだ。しばらく島に着く予定もないため隊ごとに仕事を振ることもない。
昨日は奇襲があったが見事勝利に終わり、その後は勝利の宴がされて、親父も含め全員が大盛り上がりだった。

だから今現在、会議しなければならないほどの案件が全くと言っていいほど思い浮かばない。平穏に越したことはないけど、平穏すぎて海賊としては退屈なくらいだ。


「マルコが?」
「はい、なんでも緊急のことだと親父に言ってたみたいで」


聞けば今日の緊急会議をすることになったのはマルコの一声でらしい。
まぁ、マルコが言うくらいなら相当なことが起こったのかもしれねぇし、おれも急いで行った方がいいかもな。

皿を洗っていた手を止め、蛇口の水も止めた。


「悪いお前ら、後頼んでいいか」
「「了解っすー!」」


隊のやつらに残りの片付けを任せるとしておれは厨房から出ることにした。
そこへタタタッと小さな足音が聞こえて来たかと思うと、おれの前で止まった。


「んお、どうした名前?」
「あ、えと、わたし、お皿洗うの手伝う!」


ミラノに見繕ってもらったんだろう黄色のワンピースの裾を握り締めて、おれを見上げて真っすぐにそう言った。
船に来たころはマルコ以外には心開かずで、怖がられてたみたいだったが、最近じゃおれにもビビらずに話しかけてくれるようになってきた。それがもうほんとに可愛くて仕方がないし、皿洗いだって、名前なりにみんなと打ち解けようとしてるんだと思うと、兄としては応援してやりたい。


「ありがとなー!おれは会議に行かないとだからさ、厨房にいるやつらと頼んでいいか?」
「うん!ありがとう!」


キュウンと心臓が掴まれたみたいになって、思わず手で胸を抑える。

あー、いや、これはマルコの気持ちがわかっちまう。

この間マルコが徹夜続きだった時、疲れが溜まってるみたいだったから面白半分で名前をしかけてみた。もちろん効果はてきめん。あのおっさん、しばらく顔がゆるゆるに緩んでやがった。もう幸せが顔から溢れてるって感じで。
あの時はハルタと笑ってたが、今ので溜まってた疲れが吹っ飛んでった気がした。と同時に顔面も緩む。このまま会議なんてほっぽり出して名前と皿洗いをしてたいとさえ思ってしまう。

あー、まじでおれの妹可愛い。


「サッチも会議がんばってね」
「おう!…ん?」


だけど、名前の左手についた白いものが目に入って、思わずその小さな手に手を伸ばした。見れば小さな手には合っていない大きさの包帯が巻き付けられている。


「これ、どうした?」
「あ、これは、さっき転んで、ちょっと切れたからミラノさんが手当してくれたの」
「痛むか?」
「全然痛くないよ。こんなの大げさだよね」


そう言ってクスクス笑っているため、そこまでひどい傷ではないみたいだ。それには一安心だが、この包帯が巻き付いている状態では皿洗いは……。


「名前、これじゃ皿洗いは難しいだろ、包帯が濡れちまう」
「あ…」


おれの伝えたことで気付いたらしい名前は心底悲しそうな表情を浮かべる。そんな姿を見ておれの心臓がざわざわと騒ぐ。違う!おれは名前のこんな表情が見たいんじゃない!いつもの可愛い笑顔を見せてくれー!と心の奥が叫んでいるようだ。
こんなおれも相当な兄バカだな。と自嘲しつつも、掌を見つめる名前の頭にポンと軽く手を置く。顔を上げた名前にニッカリ笑ってやると不思議そうに首を傾げた。


「皿を洗うんじゃなくて、洗った皿を棚にしまってってくれるか?」
「うん!」


本当なら怪我してる手を使わせたくはないが、おれたちのために何かしてくれようとしてるんだ。そんな気持ちを汲んでやりたい。
嬉しそうに厨房入って行った名前を見送り、おれは気持ちを引き締め、緊急会議が行われる親父の部屋へ向かった。




親父を中心に全隊長たちが集まり緊張が高まった。自然とこの会議開催を発令したマルコへと視線が集まる。


「マルコ始めろ」
「あぁ」

親父の一声でマルコが「実は…」と口を開いた。


「名前が怪我をしたんだよい。甲板で転んで」


ゆっくりと話すマルコから誰も視線を外せず、ゴクリと息をのんだ。
マルコの話し方があまりに深刻そうできっと他のやつらは大けがでもしたと勘違いしているに違いない。だけど、この空気の中、名前がピンピンしてたとはおれは言えなかった。


「さっき名前に会ったがピンピンしていたぞ」

ナイスだジョズ!
ジョズの一言で張りつめていた空気は緩んだのが分かった。


「大したことないのか」
「それは良かった」


ジョズのおかげでいつもの空気感に戻り、発言しやすくなったように思う。
口々に安心したという声が聞こえた。
おれ含めこいつらも相当な兄バカたちだ。妹が心配だったんだろう。
てか、ジョズのやつ名前と話せるのかよ!おれより見た目いかついだろ!
まぁ、親父やマルコにも心開いてるんだから、見た目ってわけではないのか。


「問題はそこじゃねぇ!!」


マルコの大声にまたピンと空気が張りつめる。
親父が呆れたような仕方ないというような少し笑いながら溜息を溢した。

また再びマルコに視線が集まる。とマルコは自身のポケットをごそごそを探り始めた。
そして何かを手に取って前に突き出す。


「怪我の原因がこれだってことだよい」


全員がその小さな何かに釘付けになる。いやだって、これって。


「つまようじ?」


見ただけで分かりきっているはずなのに、全員の心の声を代弁するかのようにハルタが確認をとった。マルコは無言で頷くとそれをパキッと真っ二つに折った。


「昨日の宴で誰かが甲板に投げたんだろうよい」
「つまようじくらい誰かが使ってるだろう」


何がおかしいんだ。とでも言いたげにラクヨウが言った。
そんなラクヨウをマルコがキッと睨む。一瞬睨まれたラクヨウは顔を歪ませて後ずさった。いやわかるぞラクヨウ。だってマルコのやつそんなに睨む?ってくらい睨んでる。覇気がすごい。


「こいつが名前が転んだ先に落ちてて、名前の手に傷が出来たんだよい」
「そいつはかわいそうになぁ」


イゾウがそう言うと、マルコはそうだろうとでも言いたげに深く頷いた。イゾウはマルコの扱いが上手い方だが、他のやつらはマルコの気に障らないよう発言を止めたようだ。


「だから、つまようじの使用を一切禁止しようと思うんだよい」


大真面目な顔をしてそういうマルコに、全員の目がテンになった。
さすがのイゾウも煙管を落としかけていた。



「はっ!?ちょっ、は!?」
「それは、えっと、ん!?」
「いや、意味がわからん」


みんな思考が追いつかず言葉が変になっている。


「ちょっとそれは大げさすぎない?」


ハルタくんよく言った。つまりみんなが言いたかったことはこれだ。たかが一本のつまようじが落ちてて、まぁ良くないことだけど、妹が怪我をして、つまようじ禁止令なんて聞いたことねぇよ。しかも本人の怪我も大したことない。これでつまようじ禁止はさすがに大げさすぎる。


「いや、今回は軽傷ですんだが、次はどこかに刺さるかもしれないよい。もし胸に刺さりでもしたら…」


ありえない最悪を想定して頭を抱える我らが1番隊隊長に全員が冷めた視線を送る。

これ、名前が絡んでなかったら、こんなことで緊急会議なんか開くなって暴動を起こすところだぜ。

あ、つーか。


「はいはいはい!異議あり!」
「なんだよい」
「料理に使うんだけど、つまようじ」
「んなもんつまようじを使う料理はしなくていいよい」


なんて暴言!!こいつ、名前のためってなると周り見えなくなりすぎじゃねぇか?最近それがエスカレートしてる気がするぜ。


「酒のつまみのチーズとかつまようじあったほうが食いやすいだろ」
「あー、それは確かにあるね。手汚れたくないし」
「そのまま詰まったもん外すのにも使えるしなぁ」


ほらみろ、明らかにつまようじ禁止反対派しかいねぇだろ。
だがしかし、マルコパパの恐ろしさはここからだった。


「んなもん、お前らなんのために短剣持ってんだよい。それでチーズも食えるし詰まったもんもとれるだろい」
「いやいやいや!歯ぐき切れるわ!!」


前言撤回。さっきの暴言は全然暴言じゃねぇ。こっちのが遥かに暴言だったぜ。
こいつ名前の手は心配なくせにおれたちの歯ぐきは心配じゃねえのか。


すぐにマルコ以外の14人で集まって円を作った。


「あのバカだめだ。名前のことしか頭にねぇ」
「つまようじ禁止なんて極論すぎだろ!」
「もし決まっちまったらこの船が血まみれになっちまうぞ」
「それだけは避けねぇと」
「おれ、剣を口に入れるとか無理なんだけど」


今、モビーの歯ぐき事情がおれたち14人の隊長たちに任せられたと言ってもいい。
だけど、マルコの頭脳はモビーで一番と言ってもいい。何を言っても真顔で返される気しかしねぇ…。くそ。おれたちの頭脳じゃ太刀打ちできねぇ…。


「「オヤジィ……」」


縋る思いで親父を見つめれば、さっきと同じように呆れ半分面白さ半分といった表情を浮かべていた。そんな親父が「マルコ」と口を開いてくれた。


「なんだよい親父」
「つまようじを禁止するのはおれもやりすぎだと思うぜ」
「だけど親父!!」
「だから、甲板に捨てるのを禁止すりゃあいいんじゃねぇか」
「あぁ…。たしかに」


さすがだ親父。マルコが納得した。
おれ達からは自然と拍手が上がった。

親父の提案のおかげで全員の意見がまとまり始めた。さすがだぜ親父!!
そこから意見を出し合い最終決定した。


「つまようじやあぶねぇものは甲板に限らずゴミ入れ以外に捨てるのを禁止するよい」
「いいんじゃねぇか」


みんなの意見をまとめてマルコが発表すれば親父も頷く。おれたちも頷く。


「もし船で投げてるやつがいたらおれのとこに連れてこいよい」


捨てたもの刺してやるよい。
恐ろしいマルコの発言にこいつならやりかねないと全員が思った。


「各隊員たちにもしっかり伝えておけよい」









「あの日以来、船でつまようじを捨てる者はいなくなった…」
「そ、そんなことがあったの!?」


知らなかった…。と驚いた瞳でおれを見つめる名前。


「マルコって名前絡むと無茶苦茶だよなー」


笑いながらチーズを口に放り込むエース。

この話をこいつらにする日が来るとはなぁ。
名前は「あの時の傷本当に大したことなかったのに」今は傷一つない自分の掌を見つめる。その手首辺りには大きな火傷の痕。
エース火からおれを守ろうとしてくれた時のだ。

つまようじ一本であの騒ぎだったもんだから、その手首の火傷のときはまじでエースが殺されるんじゃねぇかって思ったぜ。
今じゃこいつと名前がなぁ…。

呑気に笑うエースを見ていると、チーズを食い終わったのかそのつまようじで歯の間をスーハ―してやがる。そんでそれを……ポイッ。

あろうことか後ろへ投げた。


「おまっ、人の話聞いてたかよ!?」
「んぁ?聞いてたじゃん」
「ならこれはなんだよい?」


ほらみろ…。エースの後ろにはさっきエースが投げたつまようじを持って微笑むマルコ。
微笑んでるだけでめっちゃ怒ってる。












「ずびばぜんでじだ」
「わかればいいんだよい」


[ 130/130 ]

[*prev] [next#]


もくじ



×
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -