名前か連れ去られて3日が経った。
エースの能力のおかげで船底の氷はなんとか溶かすことができたが、だからと言ってすぐにマリージョアに着くわけじゃない。
そのため、現在は緊迫した空気の中で皆それぞれのことをしていた。
ある者は自分の武器を磨き、またある者は戦闘訓練に励み……。
そんな中、おれたち隊長はオヤジの部屋に集まり、今回のマリージョアでの作戦を練っていた。

部屋の中心にある大きな机の上には船の書庫からかき集めた天竜人の資料やマリージョアに関する資料たち。だがおれたちにはマリージョアでどう動くのかよりも大きな問題があった。


「まず一番の問題は、どうやってマリージョアに辿り着くかだよい」


マルコの言葉にいきなり全員が黙り込んだ。
今回最初の課題であり、最大の難問だ。
この世界を半分に分かつ赤土の大陸(レッドライン)こっちの海と新世界を行き来するときに何度も目にするが、頂上を見たことは一度もない。
あの壁を登るなんて不可能だと、誰もがわかっている。だから何も言えなかった。


「よじ登るしかねぇだろ」


エースの発した一言に全員の視線が集まった。やつの表情を見りゃ真剣そのもので冗談で言ってるんじゃないなんてすぐにわかった。


「エース、あの壁見たことあるかよい?」
「当たり前だろ」
「だったら…それが不可能なことくらいわかるだろ」
「そんなの!やってみなきゃわかんねぇだろ?頂上があるんだから、上り続ければいつかは絶対着くはずだ!それなのに、何もしないで壁の前で突っ立ってろっつうのかよ!?」
「そんなこと言ってねぇ、だが、もっと冷静になって考えろよい」


お前、自力であの壁登るのに何日かかる?


マルコのこの一言にはエースも押し黙った。


「まず、何日もかかってる時点で海軍に気づかれる。海軍本部は近いんだ、今度は大将3人相手にすることになるかもしれねぇし、中将にも強いやつは多勢いる。そいつらを相手しながら登りきれたところでマリージョアに着いたら体力は限界に達してるだろい。それから名前を取り戻すためにまた戦えるのか?」
「…………悪い」
「あぁ。だが、みんなお前と同じ気持ちだからよい」
「あぁ…」


マルコの手がエースの頭に乗って、ポンポンと軽く頭を叩いた。

名前が連れ去られてから、エースはずっと思いつめた表情をしている。
おれだって心配じゃないわけじゃねぇ、今すぐにでも連れ戻しに行きたい。だが、一人で行ったところで何にもならないことは理解してる。それにおれは、飯の用意とか、気が紛れる時間があるからエースほどじゃないんだと思う。
エースは今まで一日の大半を名前と一緒に過ごしてたから、名前がいない実感、責任、後悔を人一倍感じてるはずだ。

また握り拳の力を強めたエースを横目で見ていると、扉から数人の船員が飛び入って来た。



「「たっ!!大変ですッ!!!!」」


一斉におれたちの視線が彼らに向く。
そいつらの一人が手にしていたのは新聞で、なんだか嫌な予感がした。


「どうしたんだよい」
「これ!たった今届いた速報なんですけど…!!」


一人がマルコに新聞を渡し、マルコは机の中心にその新聞を広げた。















「いたっ」
「早く歩くえ!」


両手首を拘束されそこに繋がる鎖を引かれる。


どうやら、もうわたしの足は治ったらしい。
もともと黄猿が急所を外して撃ったというのもあるだろうけど、やっぱり天竜人についてる医者は世界のなかでもトップクラスだからだと思う。

ここへ来て何日経ったのかはわからない。

今まではずっと檻の中に閉じ込められていたから…。でも、今思えば檻の中の方が安全だったのかもしれない。


この天竜人、なんの躊躇もなく人を撃つ。射撃の腕がなくても、あれだけ連射すれば抵抗できない人間には恐怖を与えられる。わたしもさっきから天竜人の腰にある銃が気になって仕方ない。

みんなは助けに来てくれるかな…。やっぱりマリージョアなんてとてもじゃないけど危険すぎるよね。もう…、見捨てられたかな…。


「おい!聞いてるのかえ!!?」
「ッ!?」


ボーっと考え事をしていたら、天竜人の顔が目の前にあって思わず顔を引いた。
エースだったらなんとも思わないのに、この人は嫌だ。

いつのまにかわたしは座らされていて、その天竜人もわたしの隣に座っていた。そして斜め前にはなにかメモ帳とペンを持って天竜人に質問してる人がいた。


「だから、何か希望はあるのかえ?」
「え…」
「わちきに言えばどんな結婚式でも挙げてやるえ」


鼻高々というこの男には心底嫌気がさした。
…でも、これは使える…!

マリージョアにいるからみんなが助けにこられないんだと信じたい。
だったら下に降りるように言えば…。
でももしそれでも助けが来なかったら…?
うんん、そんなことはあり得ない。みんなは来てくれる、絶対。


「綺麗な海が見える…、孤島…がいいな…」
「孤島かえ!よし、海の見える孤島で挙げるえ!」















『天竜人チャルロス聖様下界で挙式!

この世界の創造主の血を引く天竜人であるチャルロス聖様の挙式が、赤土の大陸付近にあるアリタナ島で行われることが決まった。
これまでの挙式は全て聖地マリージョアで行われてきたチャルロス聖様だが、今回、ご結婚相手である第1夫人名前様の「海の綺麗な孤島で挙式を上げたい」という申し出により、この度、天竜人の下界での挙式が実現することになった。』


「名前が……結婚……?」


エースが絶望の淵に追いやられたような表情を浮かべた。


「違うよいエース、こんな記事信用ならねえ」
「結婚なんて天竜人が勝手に決めたに決まってる」
「それに、おれたちにとっちゃこれはチャンスだ。この日を狙うぞ」


まさか、天竜人が名前を気に入って追いかけまわしてたとは驚きだが、ナイスだぜ名前、「海の綺麗な孤島」なんて言えばマリージョアから出られると思ったんだろ。さすが頭の良い子だ。つまり、名前はまだあきらめてねぇ。おれたちの助けを待ってる。


さっきの船員達にアリタナ島の地図を持ってくるように指示したマルコは、机に広げられていた海図に何やら線を書き始めた。
ちょうど書き終わる頃、船員たちが戻ってきて、地図を受け取った。



「アリタナ島はそんなに大きな島じゃねぇから島にいるのは天竜人関係者だけだと考えていいだろうよい。だが、島の周りは海軍がしっかり張ってるはずだ。そこをどう切り抜けるかだな」
「大将と中将で固めるだろうが、一点突破するにしても大将とあたりゃ厳しいかもしれねぇぞ」
「そこの切り抜けはおれが考えておくよい」
「おう、頼んだ」


おれとマルコが顔を合わせて頷き、マルコはアリタナ島の地図を机に広げた。


「それから…、アリタナ島には海岸線から森を抜けたところに丘がある、飽くまでおれの予想だが、」
「そこで式をする可能性が高いってことか?」
「あぁ」
「ぜってぇさせねぇ…」


エースが地図を睨みつけたのを見てマルコは苦笑すると、エースの頭に手を乗せた。


「勝負は4日後だ。名前を…おれたちの家族を、絶対取り返すよい」


おれたちはマルコの言葉に士気を高め、大きく頷いた。


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