ふっと、意識が浮上した。
いつのまにか寝てしまっていたみたい。
目を開かなくても、布団と、右手に人の手の温かさを感じる。お父さん…かな。
そっか、わたしは家に戻ったんだ。
これから、3人での生活が始まる。

それが嬉しくて、ギュッと手を握り返せば、名前?と声がかかった。
その声はお父さんのものじゃない。でも、誰の声かはすぐにわかった。

ハッとして目を開けば、眉を寄せたエースと目が合い、その瞬間エースの顔がパァッと明るくなった。


「ッ名前…!!」

「……えーす…?」


自分の声の掠れ具合に少し驚いた。それに、なんだかすごく久しぶりに声を出した気がする…。

エースのちょっと待ってろという言葉に頷くと、握られていた手が離され、エースが視界からいなくなった。

今の状態では部屋を見回すことは出来ないけれど、置いてある器具や、薬品の匂いから、ここが医務室であることがわかる。
それに、何より驚いたのが自分の腕から伸びる管。辿ってみると点滴のパックに繋がれていた。


「船医!名前が目を覚ました!!」
「本当か!」


奥からそんなやり取りが聞こえ、エースに続いて船医さんがやってきた。


「今ミラノがマルコ隊長を呼びに行った」
「そっか、ありがとよ」
「名前、気分はどうだ?」

「…大丈夫」


わたしの返事を聞いて、エースも船医さんも安心したように肩の力を抜いた。


「まだ寝ていなさい」
「うん」
「エース、ついてろよ」
「おう」


エースはさっきいた椅子に座ると、ごく当たり前のようにまたわたしの手を握った。

船医さんは点滴のパックを見て何かメモをとると、また奥の部屋へ行ってしまい、エースとわたしだけが残った。


「……わたし…いつから眠ってたんだろう…」


エースを見たけれど視線は合わされなかった。

夕飯を食べてからお父さんと一緒にハーブティーを飲んだところまでは覚えてる…。もしかして、それも夢だったのかな…。

マルコとの喧嘩や抱きしめてくれたことは現実だったと言い切れる。だったら…島に上陸したところから……

夢、だったんだ……。
お父さんと一緒に暮らせるって思った時、すっごく嬉しかったしのに…。マルコにも頭下げて頼んでくれたし…

マルコも……。

ッ!!

すぐに身体を起こして、エースに握られている手を素早く引いた。
エースは離れた手に驚いたようにわたしを見た。


「名前?」


「……エース」


エースが驚いたようにわたしを見つめた。
思い出したよ…。


「なんで、わたしここにいるの?」


エースはすぐに目を逸らして俯いた。

あれは夢じゃない。現実。
わたしが島に残るって決めたとき、マルコは抱きしめてくれた。あの感覚は、今までと同じで本物だった。


「……エースが、連れて来たの?」
「あぁ、けど…「なんで!?」


食らいつくように言ったわたしに、エースは驚いたように黙った。それから、なんと言おうか考えるかの
ように視線を動かした。


「…帰る」


わたしがそう呟いたとき、部屋が大きく揺れた。

まさか…

「出航してるの…?」
「…あぁ」


目を見開いた。
もう海の上だなんて、どうすることも出来ない…。

確かに、マルコに言った。ずっとここにいたいって…。自分が勝手なのはわかってるけど…。お父さん達と、やり直せると思ったのに……。


そのとき、医務室の扉が開いた。


















マルコと一緒にオヤジの部屋にいたとき、ミラノがすごい形相で飛び込んできた。


「名前が目を覚ましました!」

「ほんとか!」


マルコを見るとオヤジと頷きあっていて、それからすぐに扉に向かったのにおれも続いた。
















医務室に入ると、ベッドの上に座る名前と、気まずそうに名前を見つめるエースがいた。
なんつーか、明らかにまずい感じの雰囲気……。


「なんで……ッ!!」


膝を抱える名前は、泣きそうな顔でエースを睨みつけた。
一体何がどうしたってんだ。

マルコはそんな2人に気づきながらも、気分は悪くねぇかい。とか言いながらベッドに近づいた。


「マルコ!すぐにわたしを島へ戻して、お願い、背中に乗せて…?」
「名前…、そりゃぁ無理だよい」
「どうして…!?わたしの好きにしていいって…!」
「……あぁ、だが危険な目には合わせられねぇよい」
「危険?お父さんと暮らすことが?もしそうだとしてもどうして勝手に連れてきたりなんて…!」
「それは……」


エースが口を開いた。だが、名前と目が合うとすぐにそらして、眉を寄せて黙った。
たぶん、どう言おうか考えてる。
オヤジにああ言われたけど、やっぱ、言い方は難しいよな……。


おれたち全員が黙ってしまい、名前は何かあったと感じたのか、さっきのように疑うような視線ではなく、不安そうにマルコの顔を覗き込み、何があったの…?と言った。


「名前、エースを責めるんじゃねぇよい」
「えっ……、うん…」


マルコの言葉のあと、俯きがちにエースを見た名前は「きついこと言ってごめんなさい」と少し頭を下げた。


「いや、おれはいいんだ」


そして、2人して軽く微笑み合ったあと、エースは真剣な表情で名前を見つめた。


「じゃあ…、エース、話してやれよい」
「……おう…」


エースは小さく口を開くと、スッと息を吸った――――





















――――名前の目がこれでもかってほど見開かれた。


「そっか…、また、売られたんだ」


ははっ、泣きそうな顔で名前が笑った。


「名前…」
「エース、ありがとう、助けてくれて」

エースを見てそう言った名前。
涙は流さないけど、なにか絶望じみたものを感じた。


「ごめん…、1人にしてほしい……」


「……わかったよい、ただし、変な気は起こすな」
「わかってるよ…」


いつものように笑った名前だがいつものとは何かが違う、だが、必死にいつも通り笑おうとしていたんだと思う。
そんな名前を見て、おれとマルコは頷くと、視線を名前へ向けたまま身動きをとらなくなったエースを引っ張って部屋を出た。













バタン……


3人が医務室から出て行った。


「……はぁっ」


両手で頭を抱えた。

きっと、あの時だ、わたしが夕飯の買い物に行ったとき、お父さんが1人で家に帰ってった。その時、通報したんだ……。


グッと髪を掴んだ。


裏切られるのは辛い…。

でも、涙は出ない。

わたし自身、信用しきってたわけじゃないのかもしれない…。

でも、少しずつ、家族に戻れる気でいたのは事実。

だけど、もういいや。

初めから期待なんてしなければよかったな……。



コンコンッ


その時、医務室の扉がノックされた。


「名前、入るわよ」


声の主はミラノさん。奥の部屋からでなく廊下側から入ってきたのには驚いたけど、ミラノさんもわたしを見て驚いているようだった。


「もっと泣いてるのかと思った」
「ははっ、わたしもそう思ったんだけど、涙がでないや」
「…そう」


ミラノさんの手には小さな器とスプーンが乗ったトレーがあって、部屋に入るとそれらを脇の台の上に置いた。


「おなか空いてない?あなた、昨日は一日中寝てたから、一昨日の夜から何も食べてないのよ」


そうなんだ…。エースが言っていた。わたしはお父さんにマラックハーブっていう睡眠薬を飲まされたって……。
わたし自身はそんな感覚はないけど、エースが連れ出してくれなきゃ一生眠り続けるところだったんだ……。


「おなかあんまり空いてないんだけど、少しだけ食べる」
「そう、スープならきっとおなかにも優しいわ」


そう言ってスープの入った器とスプーンをよこしてくれて、ミラノさんはベッドの端に座った。。
ゆっくり掬って口に持っていった。
すっごく温かくて、すごく懐かしい感じがした。


「おいしい……」
「よかったわ、あたしが作ったのよ」
「ミラノさんが!?」
「そんなに驚かなくてもいいじゃない」
「えへへ」


一度もミラノさんの料理を食べたことがないわけじゃないけど、白ひげ海賊団の人数が増えて、大所帯になって、ミラノさんは仕事で手いっぱいだったから、ミラノさんの作る料理なんて久しぶりだった。
ミラノさんも、まだまだ訛ってないわねって笑っていた。


「そうだ、名前、ありがとうね」
「え?」


突然のそんな言葉に驚くと、ミラノさんはいつもの余裕のある笑みじゃなく、眉を寄せて困ったような笑顔を見せていた。


「実はね、あたしの妹、天竜人の奴隷だったの。8歳の頃に人攫いに連れてかれて、それから3年間奴隷だった」


わたしは目を見開いた。でも、言葉はなにも出なくて、ミラノさんの話す続きを黙って聞いた。


「両親が海軍や政府に何度も頭を下げて、お金を払って、なんとか妹は帰ってきたんだけど、妹は昔のようには笑わなくなってた。何度も自殺未遂を繰り返して、最後には家に放火した。あたしは出かけていたんだけど、その火事で両親と妹は死んだの。
妹をあんなにした天竜人を許せなかった…。それを黙認してる政府も海軍も、だからあたしはこの船に乗ったのよ。新聞を読んだだけだけど、あなたのおかげでなんだかスカッとしたわ。ありがとう」


ミラノさんの過去なんて初めて聞いた。


「あなたを妹に重ねてたのかもしれないわ、失礼かもしれないけど、でも本当に大切よ。だから今回船を降りるって聞いたときはショックだった」


ミラノさんはわたしの頭をギュッと抱きしめると、ゆっくりと髪を撫でてくれた。


「もう、勝手に降りるなんて決めないでよ」
「ごめんなさい…」
「でも、無事でよかったわ……」
「ミラノさん……」


ギュウッと苦しいくらいに抱きしめられる。
ミラノさんがそんなにわたしを大切に思ってくれていたなんて知りもしないでわたしは…、船を降りようとしてた…。

暫く抱き締めたあと、ミラノさんはわたしを解放すると、両肩に手を乗せてイタズラっぽく微笑んだ。


「あたしも、マルコ隊長と同じ考えであなたには幸せになってもらいたい、でも、それってこの船でもなれるんじゃない?」
「えっ?」
「うふふっ、さ、早く食べなさい、次いつ作れるのかわかんないんだから」


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