エースの言う通りに船を出港させ、落ち着いたところでサッチとともに急いで医務室にむかった。


バン!


扉を開けると、ベッドに寝かされている名前が目に入り、身体には何本か管が繋がれていた。その脇の椅子に座ったエースが名前の手を両手で握り締めていた。


「エース、一体何があった…」
「……」


サッチの問いかけにエースは反応を示さない。
説明しろと言ったところで、奥の部屋から船医が出てきて、その前におれからいいか。と言った。
おれたちが話を促すと、船医は名前を一度見つめてから口を開いた。


「名前の体内からマラックハーブという強力な睡眠薬の成分が検出された」
「…は?」
「睡眠薬…?」


なぜそんなものが名前の体内から…。まさか、エースが…!?いや、エースはそんなことする奴じゃねぇ…。いくらあいつが名前と離れたくなくても、名前を傷つけたりなんて絶対にしない。


「マラックハーブは森なんかに普通に生えていて、一般人でも簡単に手に入れることが出来るものだ。5g摂取すれば一晩効き目があるもんなんだが、名前はどうやらその倍以上飲まされた可能性がある。マラックハーブは強薬だから10g以上の摂取は仮死状態になる可能性が高いっつって世界政府に禁じられている」


今…。仮死状態っつったか…?じゃあ名前は今、仮死状態にあるのか…?
おれの頭の中が混乱する。
だが船医は穏やかにふっと笑った。


「名前は大丈夫だ。マラックハーブには解毒剤が存在する。まぁそれはこの世でたった一種の海王類から取れるものなんだが、偶然この間釣り上げたやつから取れたんで、薬品庫に保管しておいたんだ。それに、マラックハーブの成分は全身に回るまで少し時間がかかる。だからその前に解毒剤を打った。偶然が重なって名前は助かったわけだが、なにはともあれ、早くにここへ連れてきたエースのおかげだ」


黙って聞いていたおれたちは船医が話終えるとエースを見た。相変わらず名前を見つめているが、さっき血相を変えて船に戻って来たときとは違う落ち着きみたいなものがあるなと思った。


「エース、いい加減に話せよい…」
「……あぁ」


エースは立ち上がっておれたちを見た。


「でも、場所…、変えていいか?名前に聞かれたくねぇから…」


船医によると名前の体内のマラックハーブは解毒したが、今効いている分がなくなるまで目は覚まさないらしい。それに名前も話に加わったほうがいいんじゃねぇかと、おれとサッチは一度顏を合わせたが、さらに頼む。と言ったエースには黙って頷いた。













エースの頼みで場所を変えることになり、おれたち3人はオヤジの部屋にやって来た。

名前が船から降りるって話はおれが報告したからオヤジは知っている。
それから、エースが名前と戻って来て出港を早めるって時にも許可は出してくれたものの、訳を知っているわけではない。
だからオヤジへの報告も兼ねて、オヤジの部屋を選んだ。

オヤジの部屋にはオヤジと数人のナースだけで、おれたちがやって来てもナース達を追い出すことはしなかった。


「しけたツラして、一体どうしたってんだ」


ずっと俯きがちだったエースが、オヤジの言葉で顏を上げ、泣きそうな顔を見せた。それにオヤジは片眉を上げる。


「……名前の父親だったんだ……、海軍に通報した村人ってのは…!」


エースがそう訴えるように言い、おれとサッチの目が見開かれた。


「どういうことだよい」


父親は名前を匿うと言っていたはずだ。通報はあいつがしたって…、どうなってる…!!

オヤジもおれもサッチも、エースの次の言葉を待った。


「おれが行ったとき、名前はもう眠らされてた。そんで、奥の部屋から名前の父親と母親が話してんのが聞こえたんだよ…。名前を海軍に渡して、その金で母親の手術をするって…!!」


グッと拳を握った。顔も険しくなってるのがわかる。
嘘、だったのか…!
油断していた…、名前が父親と和解し、一緒に暮らすと嬉しそうに笑っいたため、名前を守ると言った父親を易易と信用してしまった。
おれは…、もう少しで名前を海軍に渡してしまうところだった。
あの時エースが飛び出して行かなければ今頃あの子は…!
思い返すほど、自分が情けなくなる。

エースの話のあと、黙り込んだおれ達と違い、オヤジはすぐに口を開いた。


「そうか、そうだったのか…。だが、それだと出港を早める必要はなかっただろう」


オヤジの疑問に、おれとサッチもエースを見た。
確かにそうだ。名前を引き取りにくるだけの雑魚海兵どもにおれたちが負けるはずがない。そんなこと海軍もわかってるはずだ…。


「名前の父親が言ってたんだ、大将が動いてくれたって」
「大将…!?」


なぜ大将を動かす…。あいつらを寄こすってことはおれたちと戦争でもする気なのか?
おれたちが負けるわけはねぇが、お互いの被害が大きくなることは予想できるだろう。


「エース、お前の判断のおかげで助かったぜ。グラララ、ありがとよ」


オヤジの手が伸びてエースの頭に乗せられた。だがエースは浮かない表情のままだ。


「おれ…、名前がこのこと知ったら、悲しむんじゃねぇかって思っててよ…」


エースの言っていることを理解し、おれもサッチも黙り込んだ。船医は、今効いている薬が切れればすぐにでも目を覚ますと言っていた。そうなると名前はここにいることに驚くはずだ。

ようやく長年の気持ちに整理をつけたってのに、また両親に売られたと知ったら…?また彼女を傷付けるかもしれないのに、真実を伝えるべきなのか…?

おれが必死で思考を巡らせても、どれが正しい答えなのかわからない。
その時に、オヤジが静かに笑った。


「真実を伝えるのかどうかは任せるが、名前はそんな弱くねぇはずだぜ」


エースがオヤジを見た。迷いがなくなったように、力強く頷いた。


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