「どういうことだよ」
今、マルコから聞いた話が信じられず、自分でも驚くほど低い声が出た。
「名前がこの島に残る!?なんでそんな話になってんだ!!てめぇ!海軍が来ることを知らせに行ったんじゃねぇのかよ!」
思わずマルコに掴みかかると、サッチが落ち着け!とおれの腕を抑えた。
「マルコてめぇ……、また前みたいな考え持ってんじゃねぇだろうな…」
「これは名前が決めたことだよい。おれは名前の意思を尊重する」
「昔自分を売った親と暮らすってのか!?そんなこと名前が言うわけねぇだろ…!?」
あくまでも落ち着いているマルコにおれの焦りはさらに大きくなって、グッと拳を握った。
今日の昼に会った時は、親父さんとうまくいって良かったなっつったけど…!!まさか残るって言うとは思わなかったからで…。
「ここに戻って来てねェのが何よりの証拠だろい」
「……ッ!」
確かに、もしマルコに無理に残れと言われたとしても、嫌なら自分で戻って来れるはずだ。
「おれたちが出港してからも父親が匿ってくれるとよい。明日の朝見送りには来てくれるらしいから。お前も受け入れろ」
ポンとマルコの手が肩に乗せられたが、すぐにその手を振り払った。
「おれが迎えに行く」
「あ、おいエース!」
歩き出せばサッチが止める声が聞こえたが、マルコが行かせろ。と止めたようだった。
「本人に聞けば納得するだろい」
カッと目と拳に力が入る。そのマルコの言葉は、名前が自分の意思で残ると言ったってのが事実なんだってわかるもので、だけど、だからってじっともしていられずそのまま船から降りた。
昨日歩いた道を思い出しながら辿れば、なんとか名前の家に辿り着くことができた。
窓から灯りが漏れているから誰かはいるんだろうとわかり、意を決して扉をノックした。
「……」
が、暫く待っても誰も出て来ず、もう一度ノックした。
それでも反応がないので、おかしいと思いつつドアノブに手を掛けると、ガチャと音を立てて簡単に扉は開いた。
「誰もいねぇのか?」
顔だけ覗かせるが誰もいないようだ。悪いと思いつつもそっと中に入って扉を閉じた。
部屋は昨日と同じで何も変な所はなく、人の気配もねぇが、テーブルの上に空のコーヒーカップが置いてあった。
少し奥まで進むと、昨日のあのソファで名前が眠ってるのを発見して、それになんだかホッとした。
「名前…」
寝顔が気持ち良さそうで、本当にこの空間に安心してんだな。って思った。
「ッ?」
その時何処かから話し声が聞こえて、その声の方へ顔を向けると、名前の母親がいるあの部屋の扉があった。
そっと近付いて、扉に耳をくっ付けた。
「まさか、一緒に暮らすとまで言ってくれるとはなぁ」
「本当に良かったわね」
父親と母親の声だ。会話の内容はおそらく名前のこと。
こいつらも名前が帰って来て喜んでんだな…。
マルコの言ってることが真実だってわかってんだ。でも…、おれだって名前と別れるなんて嫌だ。って思っちまったんだ。
やっぱり名前の望むとこに行かせてやるのが一番だよな…。
おれは名前の頬をひと撫でしてゆっくり立ち上がった。
「今はどうしてるの?」
「眠らせてる、あの睡眠薬は凄い効き目だ。これで2.3日目を冷ますことはない」
もう船に戻ろうと足を動かした時、この会話が聞こえて、また耳をくっ付けた。
どういうことだ。なんで名前に睡眠薬なんか…。
「連絡したらすぐに海軍大将が動いてくれたよ。今こっちに向かってるそうだ」
連絡って…、通報したの、名前の父親だったのか…!?
「これで、名前の懸賞金とモビーディック号の目撃情報提供料で、合計6000万ベリーだ。もしかすると他の賞金首のも貰えるかもしれん!」
「よかった…、わたし助かるのね…」
「この金でドラム王国へ行こう、あそこの医者なら、お前の移植手術も必ず成功させられるさ」
耳を疑った。
まさか…、また…名前を売ろうとしてんのか…?
こいつら…、売られた名前がどんな気持ちになるのかわかんねェのか!?そのせいで、名前が何年苦しんだのかも知らねェで…!!
娘を売った金で将来を楽しそうに語ってるなんて、こいつら人間のクズだ…。
今すぐにでもこいつらを殴ってやりてぇけど、名前が飲まされた睡眠薬ってのが心配だ。
2.3日眠り続けるって、相当やべぇんじゃねェのか…。
とにかく、ここままだと名前が危ない。
おれはすぐに名前を抱き上げてこの家を出た。
出港が早まったってのもあって、マルコから名前の話を聞かされたあとも、甲板には多くの船員が残っていた。そんな中。
「エースが帰って来た!!」
船縁から陸を覗いていたやつがそう叫び、末の弟を心配していた全員が安堵の息を吐いた。
えらく早え帰りだけど、ちゃんと頭冷えたのかよ…。さっき飛び出してってから。30分くらいしか経ってねぇだろ。
エースが受け入れられないのはよくわかる。名前が船を降りるなんておれだって信じられねェ。
でも、先日あれだけのことがあって、マルコがそんな嘘を言うはずがねぇってのもわかってんだ。
明日、見送りには来てくれるらしいし、そん時ちゃんとさよなら言わねェとなぁ。
ダンッ
音をたてながら甲板に飛び乗ってきたエース。
そして、その姿を見た全員が目を見開いた。
「え?」
全員が意味がわからないというような表情を見せる中、エースの表情は暗くて、何か思い詰めてるみたいな。何か言葉を発するわけでもなく、ただそのまま船室への扉へと歩みを進めた。
甲板にいる多勢の船員達は、エースが通ると道を開けた。
「ちょ、おいエース!」
おれが声を掛けても反応なし。そこでついにおれの近くにいたマルコがエースの肩を掴んだ。
「なんで名前を連れて来てんだよい」
そして、グッと力を入れてエースを振り向かせる。
「ッ…!!?」
振り返ったエースを見て、おれもマルコもギョッとした。
なんて顔してやがる。なんで、そんな泣きそうな顔してんだ…。
「エース、説明しろよい」
さっきまでちょっと怒り気味だったマルコも、何かを察したのか、しっかりエースの目を見て諭すように言った。
「説明なら後でする…、だから今は、こいつを医務室に連れてかせてくれ…」
頼む…。と首を下げたエース。
エースの腕の中にいる名前を見れば、外傷はないものの気を失ったように眠っていた。
そんな名前を見ると、マルコはエースを見て、わかった。と告げた。
許してくれたマルコに少し冷静になったらしいエースは思い出したように、それと!と言った。
「もう全員乗ってるか?すぐに出港してくれ、早くこの島から離れたほうがいい」
ちょっと待て、名前はどうするんだ。この島に残るんじゃ…。
そう思ったけど、あまりにも真剣な目で言うエースに、これはエースの我が儘とかじゃなく、本当に大変な事態が起こっているんだと理解した。
「わかったよい、おれも後で医務室に行くから、名前を頼んだ」
そう言ったマルコに、コクリと頷いたエースは、大事そうに名前を抱え直すと、急ぎ足で船室へ入って行った。
「すぐに出港の準備をしろい!!」
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