合わせていた手を緩め、ギュッと閉じていた目もゆっくりと開いた。
「終わったか?」
「うん。ちゃんと、あいさつ出来たよ」
「そうか」
芝生の上にたくさんのお墓が並ぶ中、その一番端におばあちゃんのお墓はあった。
立ち上がってお父さんと並び、もう一度おばあちゃんの眠るお墓を見つめる。
横目に見た父はどこか寂し気な目でおばあちゃんのお墓を見つめていて、わたしは昨晩聞いた母の容態のことが頭に過ぎり、ねぇ。と小さく口を開いた。
「お母さんってもう長くないんだよね……」
「あぁ…」
「もし…、お母さんもいなくなっちゃったら…」
「父さん…、1人になっちゃうなぁ…」
「そ…なんだ…」
「まぁ、お前は気にするな」
そう言うと、ポンとわたしの頭に手を置いたけど、その時のお父さんの悲しげな笑顔が脳裏に焼き付いた。
「今晩はもう船に戻るのか?」
「どうしよう、マルコには好きなだけいろって言われたんだけど」
「だったら今夜も泊まっていかないか」
「うん、じゃあそうする」
「嬉しいよ」
最後に買ってきた花を添えて、おばあちゃんのお墓を後にした。
「すまないが夕飯の買い物を任せてもいいか?父さん先に帰って昼食の用意をしてくるよ」
「うん」
「これに書いてあるものを頼む」
「わかった」
お墓を出てお父さんと別れて1人街へ向かう。何度か物珍しそうな視線を向けられたけど、そんなの全然平気。
そう思い歩いていると、突然名前を呼ばれた。
「名前ッ!!」
「わっ!びっくりした」
「へへっ、買い物か?」
「うん、夕飯の頼まれたの」
「そっか!親父さんと上手くいってよかったな!」
その言葉には思わず頬が緩む。つい最近まで、こんな風になるなんて考えたこともなかった。
「あ、エースも夕飯来る?」
「いいのか!?」
一瞬で目を輝かせたエースに、もちろん。と言ったけど、少し考えたエースは、いや。と口に出した。
「やっぱいいや。家族水入らずで楽しんでこい」
「はは、なんかエースらしくないね」
「そうかぁ?ま、いいじゃねェか、船戻ったらいつでも食えるだろ」
「うん…、そうだね」
そのあとは、少し話してからエースと別れた。
「ねぇお父さん…」
「ん?」
「わたし…」
父と向かい合って夕飯を食べている時、わたしは、今日一日自分の中でずっと考えていたことをついに口に出した。
ここで暮らしてもいい…?
わたしの言葉を聞いた父は手を止めると、驚きでいっぱいにした顔をわたしに向けた。
「ダメ…かな…?」
「い、いいに決まってるじゃないか!」
「よかった…」
「そうか…。ここに残ってくれるのか…、はは。嬉しいよ…」
静かに、涙ぐみながら喜んでくれた父にわたしも笑顔を溢した。
船を降りることになる…、でも、お父さんを1人には出来ない。そう思った。
夕飯も終わって落ち着いたころ、わたしとお父さんは食後のコーヒーを飲んで落ち着いていた。その時。
コンコンッ
家の扉をノックする音が聞こえた。
すぐにお父さんが扉を開くと、姿を見せたのはマルコだった。
「名前、ちょっといいかよい」
「え、う、うん」
話さなきゃ、決めたんだから。
立ち上がって、すぐにマルコの前まで行った。でもそれより先にマルコから話されたことに言葉を失った。
「実は、明日出港することになった」
「えっ…!?」
「海軍がこの島に向かって来てるらしい、島の誰かが通報したんだろうよい」
そうだ…、白ひげ海賊団の目撃情報だけでも賞金がもらえるんだった…。
「明日の朝には出るつもりだよい、だからお前も今夜中には船に戻れ」
「……」
言わなきゃ。ここに残るって。
意を決してマルコを見つめると、話を促すかのようにマルコは片眉を上げた。
「あの!わたし、ここで、暮らすことにした…」
わたしの言葉のあとマルコは考えるように黙った。顔を見上げるとジッと見つめられて、目を離せなかった。
「お母さんの病状が良くないのは知ってるでしょ…?もし、お母さんがいなくなっちゃったら、お父さん1人になっちゃうんだって…っ!1人が寂しいのは、わたし、よく知ってるから…、だから…」
目に涙が溜まった。
マルコは少し眉を寄せて口を開いた。
「言いたいことはわかるが…。おれたちが出港したあとでも海軍はこの島に来るんだ、捕まっちまうぞ」
「…っ」
マルコの言う通りだ、島の誰かに通報されたんならわたしがいることも知ってるはず、ここに住み続けるのは無理だ…。
「私が匿います!村人には船で行っちまったことにすりゃあいい!海軍が去るまで私が匿う!」
お父さんがわたしの後ろから力強い声を発していて、わたしは驚きで勢いよく振り返った。
「だから…、お願いします!この子を私の元に置かせて下さい!」
「お父さん…」
マルコは暫く考えると、静かに、わかった。と言った。
「ほんと…?」
「前に言ったろい?お前の決めたことならおれは止めねぇよい」
「マルコ…ッ!」
そう言って優しく笑ってくれたマルコを見て、思わず目の前にあった胸に飛びついた。
すると、慣れたようにに受け止めてくれて、背中をポンポンと優しく叩いてくれる。
もう…、こんな風には抱きしめてもらうことが出来なくなる。そう思うと今までのたくさんの思い出が頭の中に蘇ってきて、涙が溢れ出した。
たくさんいろんなことを教えてもらった。
いろんな経験をさせてもらった。
何より、命を救ってもらった。
そして、こんなわたしを今までずっと育ててくれた。
「マルコッ…!ありがとう…!」
「こちらこそだよい、こんなおれを慕ってくれて、ありがとうねい」
最後に頭をポンポンと撫でられ、顔を離された。
「いつまで泣いてるんだよい」
「だって…」
指先でそっと涙を拭われると、さっきよりもマルコの顔がよく見えた。
呆れたように笑っていて、その笑顔はすっごく優しくて、わたしの大好きなマルコだって改めて思えた。
「名前を…、よろしく頼むよい」
「もちろんです…!」
最後にお父さんに頭を下げると、マルコは船へと帰っていってしまった。
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