「な、なんだ…、これは…」



開きっぱなしの扉から名前の部屋の中が目に入り言葉を失った。


それと同時にオヤジの言葉を思い出す……。



















食堂を出てから一度自分の部屋へ戻り、荒れる心を落ち着けた。昼が過ぎてオヤジへ報告に行った。名前が起こした事件のこと、それから、名前が指名手配されたことを話した。



「グララララ!そうか、とうとう名前も賞金首か!グララ!それで、てめェの面ァ、情けねぇわけか」
「あぁ…。ついに名前の幸せを実現してやれなくなっちまったよい…」
「名前の幸せなァ…」



さっきナース達に注意されたばかりだというのに、さっそく大きな徳利に口をつけたオヤジは、ゴクリと喉を鳴らすと、今度はおれにそれを投げた。

飲めということだろう、口に含むとカッと喉が熱くなって、逆に心は冷めた気がした。

そうなるとずっと自分の中にあった想いが溢れ出した。



「あいつはおれにとって娘も同然なんだよい…!こんな危険な場所で一生を終えるより、何処かの島で幸せになってほしい…」



「グララ…、名前の幸せを望むのはおれも同じだ、だがなぁ…。それで名前は本当に幸せなのか?」


「は…?」


「お前の言う、幸せってのはこれだろ?
あの優秀な航海術で仕事に就き、どこかの島で平穏に暮らすこと。
てめぇが10年間望み続けたこれは、名前が望んだ幸せか?」


「そりゃあ、こんなっ、いつ死ぬのかもわからねぇ海賊船より、普通の女は島での平穏を望むはずだよい…!」


「普通の女なぁ。それを、名前の口から聞いたことはあんのか?」



ギッと睨まれて思わず視線が落ちた。



「……ねぇ」



おれの、間のあった返答にオヤジはまた盛大に笑った。



「マルコ、お前が今まで名前の為に望んできたことは否定しねぇ。だけどよ、一度名前から望みを聞いてやっても良いんじゃねぇか?名前はもう子供じゃねぇ、それにあいつは賢いだろう。自分がこの先どう生きたいのかくらい、考えてるはずだぜ」


「……」



オヤジの言葉がスッと心に入って来た。
確かに…おれは一度も名前の考えを聞こうとしなかった…。勝手に名前の幸せを決め付けて、押し付けて、傷付けた。



「名前の過去知ってんだろう、あいつは、親に売られた。だから、お前にも捨てられると思ってんのかもしれねェなぁ」
「そんなことは絶対…っ!」



あの子はおれの娘だ。捨てるなんてあり得ない、ちゃんと話さなければ、



「名前のとこ…、行って来るよい…」
「グララララ、行ってこい」

「あぁ…!ありがとよい!」















一度名前から話を聞こう、そう決心させてくれたのに…、なんだこの荒らされた部屋は…。
名前がこんなこと…、いや、きっとそうだ。おれがそこまでさせるほどのこと言っちまったってことだ…。




「チッ!どこにいるんだよい…」
「名前なら甲板だぜ」



声の方へ振り返ると、廊下にサッチのやつが立っていて、眉をはの字にしておれを見ていた。



「あー。ほら、船尾の木箱積まれてるとこ」
「あぁ…、そうか…」
「お前さ、さっき食堂で言ってたこと本気で思ってんの?」
「……」



オヤジとはまた別の…、核心を突かれた気がした。

おれは…、名前を手放したくねぇ…。
降ろすなんて本当は望んでない。



「お前の言ってたことも分かる気はするけど、おれはずっと名前と一緒にいてぇ!名前が決めたんならまだしもさ、名前を降ろすとかお前が勝手に決めんなっつの!」



言い切るとニッと笑い、早く行ってこい。と背中を叩かれた。



「おぅ」












船尾の木箱が積まれてるところ、そこの後ろを覗けばエースと、その肩に寄り掛かる名前がいた。



「あ、マルコ」
「よぉ…」
「名前なら今寝たとこだぜ」
「そうかよい」



名前は髪で顔が見えないが、手はしっかりとエースのスボンを握っていた。



「あ、あー…、おれさ、腹減って死にそうだから名前のこと頼んでいいか?」



エースがそんな風に言うので少し驚いた、エースなりに気遣ってるんだろうな。了解を意を示すとエースはニィと笑った。


ズボンを握っている名前の手をそっと外すと、ゆっくり立ち上ちあがった。すかさずおれが名前の身体を支える。



「じゃあおれ行くぜ」
「あぁ、ありがとよい」



エースが立ち去り、名前の髪をそっと耳に掛けてやると、見えてしまった腫れた目。



「すまねェ…」



きっと、眠っているのも泣き疲れたからだろうな…。
おれは何やってんだ…!
大切な娘を遠ざけて、傷付けた。



「マルコ…?」


ハッとして見ると、名前が顔を上げておれを見ていた。



「泣いてる…」
「え…」



自分の顔に触れると確かに濡れていて、泣いたのはいつぶりだろうかと笑いが溢れた。



「ハハッ……わりィ…」
「なんで謝るの、あたしこそあんなことして…、本当にごめんなさい」
「いや…、悪いのはおれだ…」



名前の頭をガシガシと撫でてやり、またおれの肩に凭れさせた。



「あのよい…、聞かせてほしいんだ」
「うん…?」



とても不安そうに言葉の続きを待つ名前の頭をまたポンポンと軽く叩いた。



「名前はこれから、どこでどう生きていきたいのか。それを教えてほしいんだよい」
「わたしは…」



グッと何かを耐えるように一度口を閉ざすと、ハァッと深呼吸した。



「わたしは、この船で、航海士として生きていきたい!…です。ずっと、みんなと一緒にいたいです…!」



ハッキリとそう言い切った名前の頭をまたガシガシと撫ぜた。



「そうか…、そうだねい…」
「たくさんの家族がいるここの生活が好きです…!」



今にも涙が溢れそうになりながらも、訴えるようにおれに言う名前に、今までのおれがどれだけこの子を見ていなかったのかを理解させられた。



「すまなかった…」
「え…っ?」
「お前の幸せを勝手に決めつけるようなことして…、本当に悪かった」
「そんな…っ」



戸惑う名前の身体を引き寄せ、正面から抱きしめた。そこまで逞しくはないが、しっかりと成長しているのは分かる。



「本当は、手放したくないんだよい…!」



名前の細い腕がおれの背中に回された。同時に嗚咽も聞こえる。



「じゃ、じゃあ…!ずっと、ここにいてもいいですか…?」
「当たり前だろい…!」
「ふっ…ぐ、うぅっ……よかっ…た…!」













お互いに涙が引いてくると、どっちからともなく笑いあった。



「名前…」
「ん?」
「1番隊に戻るかい?」



2番隊への異動のとき、半ば無理やりだった。もし、今名前が戻りたいと言うなら…


だが、名前は笑っただけで首を横に振った。



「ううん、いいや。エース1人だと報告書書けないからわたしがいなくちゃ。それに、2番隊楽しいんだ」


あ、1番隊も楽しかったよ!


慌てて付け足す名前に軽く吹き出した。



「分かったよい、お前の好きにすればいい」
「うん、ありがとう」



頭を撫でてやると、名前は嬉しそうに笑った。

もう、名前を遠ざけるなんて馬鹿なこと考えるのはやめよう。この子と、その笑顔を守ろう。


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