マルコも名前もいなくなって、いつも騒がしい食堂が静寂に包まれた。
さっきのマルコの怒鳴り声で集まって来た輩もなんだなんだ?と首を傾げているが、さっきの出来事を見ていた奴らは誰も言葉を発しようとはしなかった。
「名前……!!」
「エース…!」
おれの腕を掴もうと手を伸ばしたサッチの手を振り払うようにしておれは食堂を飛び出した。
名前が出てって暫く呆然としてたから出遅れちまった。もう姿も見えねぇし、足音もきこえない。
名前が一番に向かうところなんて全く思い浮かばなくて、とりあえず名前の部屋へと足を向けて全速力で走り出す、途中船員とぶつかりそうにもなったけど、どうした?と聞いて来るそいつらに説明している暇はなかった。
「名前ッ……!!」
ノックもせずに、バン!と扉を開けた。
薄暗い部屋の中を目を凝らして声をかけた。
「名前…?」
いない。ハァーと手をドアに掛けながら項垂れる。そのしゃがみ込んだ先に一冊の本が転がっていた。
「なんでこんなとこに…」
よく見りゃ名前がいつも読んでいる本の一つで、本棚に戻しておこうと思い立ち上がると、誰もいないこの部屋の異変に気付いた。
この部屋の床に、置いたと言うよりは乱雑に散らかされたようなたくさんの本。
頁が開いていたり、表紙が折れてしまっていたり。
よく見れば本棚の中はほぼ空で、何冊か残っている程度。
これ、もしかして名前がやったのか…?
あんなに大切に扱っていたのに?
あんなに読書が好きだったのに?
たくさんの疑問が頭に浮かぶが、さっきの出来事が名前にとってそれほどショックだったってことだろう。
パタン…、パタ、パタ
残っていた本棚の本が一冊倒れ、それにつられるようにその隣もその隣も倒れていく。
それに何だか嫌な予感がして、手に持っていた本を本棚に戻して、部屋を飛び出した。
「元帥殿!チャルロス聖様からの伝言です!」
部下からのその言葉にセンゴク元帥は頭を抱えた。
「なんだ…」
「はっ!あの娘を早く連れて来いとのことで」
「全く…天竜人というものは……」
もういいぞ。伝えるとはっ!と敬礼をして部屋を出て行く部下の背を見てハァ。とため息が出た。
「ぶわっはっはっはっはっ!!」
「ガープ!!せんべいを食いながら笑うな!口から飛び出とる!!」
それでも笑い続けるガープにまた頭を抱えた。こいつもまた身勝手なやつだった。
「またやってくれたのぅ、天竜人…」
「全くだ……」
お前のわがままも似たようなものだという言葉は胸にしまっておいた。
「居場所は掴んでいるんじゃがのぅ、場所が場所じゃな」
「よりにもよって白ひげの船の船員を欲しがるとは…」
「まだ確証は得とらんじゃろ」
「4番隊隊長のサッチと一緒にいたという目撃情報がある、その付近の住民もそのような女は知らんと言うとる」
なるほどな。と呟いた奴はまたバリバリとせんべいを頬張って、ぶわっはっはっとまた大口を開けて笑いはじめた。
なぜ笑う前にせんべいを食うんだ…!
「まぁ、その情報はあっとるじゃろうなぁ、どうするんじゃ?」
ニヤリと片眉を上げて楽しそうにこちらを見やる奴を一瞥して先程見ていた手配書に目を通した。
「海賊というだけでも犯罪者、まして天竜人に手をあげたんだ、逮捕する理由は十分にある。白ひげの船員だろうと関係ない」
名前、か…。
サッチが呼んでいたという名前。
このような女の船員は白ひげの情報から得たことがない。今まで表に出さなかったのは何故だ…。
戦闘において見たこともなければ、事件で名前が挙がったこともない。近くにいた人物が撮ったという彼女の写真を眺めるが、見れば見るほど一般人だ。
このような女をあの場所へ連れて行くのは不憫に思えたが、彼女は天竜人に手をあげた。
過去、犯罪者はそれ相応の報いを受けている。
ただ、彼女はその先の行く先が少し違うというだけだ。
「モビーディック号をを見つけだせ!」
パチンッ!
そんな音が響いてふと我に返る。
今…、おれは何をした…?
目の前では、大切な娘であるはずの名前が頬を抑えていて、ジンジンと痛み、震える自身の右の掌に驚いた。
名前に手を上げたのか…、このおれが…。
「マジかよ…」
「マルコ隊長が名前を……!?」
周囲からそんな声も聞こえたがやはり頭は冷静だった。おれは名前へ一歩詰め寄る。
マルコ!と飛び出して来たエースを視線で抑え、怒鳴った。
「こんなことして、どういうつもりだよい!!」
「ご、ごめんなさいっ!」
おれに怯えるように頭を下げた名前、するとどこからやってきたのかサッチがおれの手を掴んだ。震えていることに気づかれないよう掌に力を込めたが、たぶん奴は気付いたのだろう、すぐに離すと少し間を置いて名前の隣で頭を下げた。
「おれが悪いんだ…、ちゃんと見てなかったから…」
「サッチは悪くない…ごめんなさい…」
グッと握り拳を作り、おれは2人を見下げた。
「わかってんのかい…」
「わかってます、もうこんな危ないことしません…!!」
「違う…」
違う、違う、全然わかってねぇ…!!
おれは今まで名前の存在が海軍や政府に見つからないよう細心の注意を払って来たんだ。親父のナワバリ以外の島には必ず隅々まで見回りをさせたし、戦闘の時は必ず船室の奥へと隠した。名前が刺青を…親父のマークを入れたがった時もダメだと言った。
名前がこの船に乗っていたという事実を身体に刻むということも、世間に知られることも、それは後々名前の人生を狂わせるからだ。
海賊だったというだけで犯罪者、ましてや賞金首なんて賞金稼ぎからも狙われる。安泰なんて程遠い人生になっちまう。
「賞金首になるってことは、一生この船で暮らすってことなんだぞ!!」
しん…と静まった空間
名前がゆっくりと顔を上げ、サッチも、は?と言うように俺を見た。
「どう…いうこと…?」
「もう、一般人として島で暮らすことは出来ねぇ、一生この船で暮らすしかないってことだ」
睨みつけるように名前を見て言い放った。
それって…。と名前の出した言葉に片眉を上げ続きを待つ。
「いつか、わたしを船から降ろす気だった…?」
縋るようにおれを見る名前に、冷めた視線を送るとサッチが、何言ってんだよ。と割って入ってきた。
「あぁ、降ろす気だったよい」
名前の目が見開かれた。
「じゃあなんで……今まで…」
「デカくなりゃどこかの島に降ろすつもりだった。ここより安全な場所の方がお前も幸せに暮らせるだろうと思ってたからだ。降りてから職に困らないよう航海術を叩き込んだんだよい」
「ちょっと待って…。わたしそんな暮らし望んでない!!」
望んでいなくてもそれが名前のためだ。航海術を持ってればなんらかの仕事には就ける、どこかの島で平穏に暮らして、本当の家族を作って…、それが名前にとっての幸せなはずだろい…。だが…
「まぁ、賞金首になっちまった今、二度と平穏な暮らしなんて出来ねぇよい」
そう吐き捨て、おれは名前の横を通り過ぎた。
カツ…カツ…カツ…
涙を流している名前の姿が目に入りながらも、そのまま食堂を出て、暫く進んだところで壁に拳をぶつけた。
「……くそっ…!!」
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