カフェを出て、シャボンディパークへ向かうことになり、にぎやかな街の中を進んだ。
サッチによると、それほど遠くないらしく、徒歩で行くことになったのだけど、さっきからよく見るシャボンに乗った自転車のようなもの、ボンチャリと言うらしいけど、あれもすごく気になる。



「ボンチャリ借りるか?」
「ううん、また後でいいや」
「そっか。って名前ッ、こっち!」
「わっ…?」



いきなり腕を取られ草の裏にサッチと一緒にしゃがみ込む状態にされ。どうしたのかとサッチを見上げるが口に指をあてて言葉を制された。


くいくいと指の先を向こうの道に向けていたのでその先を見てみると道路の真ん中に一匹の犬の姿が、そしてその周りの人たちは皆、膝をついて頭を下げていた。
その光景に思わず目を見開く。



「なに……あれ」
「あの犬は天竜人のペットだ。近くに奴らもいる」


険しい顔をしてその先を見つめているサッチにわたしもゴクリと喉を鳴らした。


天竜人……、直接見たことはないけれどどういう人たちなのかは知ってる…。

800年前に世界を創り上げた王達の末裔で、聖地マリージョアに住む世界貴族。彼らに法律なんてなく、何をしても許される。人を殴っても、蹴っても、殺しても……。



「これから奴らが通る、絶対にここから出るんじゃねぇぞ」
「…うん」



彼らに何かすれば近くにある海軍本部から大将がやって来るっていうのも聞いたことがある。暫くはこの場所でやり過ごそう…。


犬は道にひれ伏す人々の臭いを嗅いだり、尿をかけたり、それに何も出来ずに口を噛み締めている人もいた。



「来た……」



道の向こう側に、ゆっくりだけど確実にこちらに向かって来る影が見えた。

距離が近くなって姿を確認すれば、それは丸々と太った男で、犬と同じように丸い透明なマスクを着け、ハァハァと息を乱している人間の背に乗っていた。



「はあ"…はあ"……」
「お前遅すぎるえ、サルウに追いつくのにどれだけかかるんだえ」


ドガッ
「うがっ……!!」



ひどい…、既に傷だらけなのに…



腹を蹴られた男の人はついに倒れてしまい、天竜人はその人に向けて銃を構えた。



「トロい奴は嫌いだえ、死ね」



天竜人が引き金を引こうとしたその時



ワン!ワン!!
「離してよー!ぼくのボール!!」

「ん?」



「あの子供やべぇぞ!」



5歳くらいの小さな男の子が天竜人の犬とボールの取り合いをしていた。
きっと、わたしを含めてその場にいた全員が冷や汗を流したと思う。



「シュウト!!」



その子の父親と思われる男性が飛び出して来たかと思うとその子と犬を見て顔を青くした。



「パパー!!この犬ぼくのボールを!!」
「シュ、シュウト…」


「なんだえサルウ、このボールが欲しいのかえ?」
ワンワンワン!!



同時にこのような会話がなされ、父親は子からボールを取り上げようとした。



「シュ、シュウト!ボールならまた買ってやるから離しなさい!」
「ぼくこのボールがいい!!」
「す、すみませんチャルロス聖様ッ、す、すぐに…」
パァン!!



父親が最後まで言い終わらないうちに乾いた音が響き、血が飛んだ。それと同時に父親が足を押さえ、うめき声を上げて倒れてしまった。



「ぱ……ぱ…?」



ポトンと、子どもの手から落ちたポールをすぐに犬が咥えたが、子どもはもう、それを取ろうとはしなかった。


足を引きづりながらも起き上がり子どもの前に立った父親を見て子どもは涙を流し始めた。



「お願いします、この子だけは見逃してください…!!おれのたった一人の…か…」
パァン!!
パァン!!



また銃声が響き、父親はお腹を押さえて倒れた。

あんなに撃ったら命が…!!!

わたしが拳を握りしめている横でステファンも天竜人を睨みつけてグルグルと喉を鳴らしていた。



ぐるるる……んぐっ!!
「静かにしろっ!」



ガサ…



「こら暴れんなステファン!!
……名前…?」



自分でも分からない。
あれだけ出てっちゃダメだって言われたのに…。


あの子を助けないと。

勝手に体が動いていた。
















「おい名前ッ!戻れ!」



まずい、おれとしたことが。ステファンに気ィ取られてて名前が行っちまったことに気付くのが遅くなった。


名前は何かに取り憑かれたみてェにふらふらとあいつらの元へ歩いて行く。
後ろ姿だけでも分かる、怒ってんだ。あんな名前は初めて見たかもしれねぇ。



「なんだえお前…!!」



天竜人が名前に気付き銃口を向けた。



「名前ッ!」



おれの声も聞こえていないみたいで全く反応せずにただそちらに歩き続けて、天竜人も引き金を引くことはなかった。



名前の足音と子どもの泣き声だけが響き、さっきまで頭を下げていた市民達も名前の行動に固唾を飲んでいた。


名前は、倒れている父親に縋り付くように泣いている子どもの傍へ行くと、頭を撫でてごめんねと呟いた。



「おねっ…ちゃぁ…ん……」



子どもから離れ天竜人を睨むように見るとスタスタと近付いた。



「なっ、なんだえ…!う、撃つえ!!」
パチンッ



先程とは違う、乾いた音がしたと思えば、天竜人の真正面にいた名前が手のひらで奴の左頬を引っ叩いていた。その行動に市民達も護衛の奴らも、おれも、叩かれた本人も目を見開き驚いていた。



「なっ…!」



鼻水を垂らして驚いている天竜人を前に一言も発さず、すぐに踵を返して倒れている父親の腕を肩に乗せた。それを見ておれも慌てて飛び出す。



「ぱぱぁ……」
「すぐ病院に連れて行こうね」
「名前、俺が運ぶぜ」
「サッチ……、ごめん」
「今はいいから、早く病院」


















チャルロスは全く動かず、何も発さず、彼らの後ろ姿を見ていた。



「チャ、チャルロス聖様、大丈夫ですか!!」



チャルロスはゆっくりゆっくり、手を左頬に宛てた。
そして、にやりと上がる口許



「ほ、惚れたえ…!」


















「あいつ、助かって良かったなぁ」
「うん、良かった」



シュウトくんのお父さんは、後数分遅れていたら危なかったらしいけど、なんとか命だけは助かった。まだ意識はない状態だったから話は出来なかったんだけど、シュウトくんが泣いてありがとう。と言ってくれた。あんなことをしてしまったわたしにとっては、それだけが救いだった。


わたし達はとてもシャボンディパークに行くような気分ではなくなったのもあるが、あんな騒ぎを起こしてしまったので、すぐに船に戻ろうということになり、現在人目につかないよう林の中を歩いている。



「サッチ…ごめんなさい……!!」



ピタ、と歩みを止めて言えば、サッチの足も止まった。



「うん、今回はお前悪いぞ。あれだけ行くなって言ったのに……」



グッと唇を噛み締めた。サッチの言葉は尤もだ、あれだけ注意するように言われてた、マルコからも目立つようなことはするな。って、なのに、あんなことしちゃった。



「でも…、名前が助けたかったってのもおれ分かるからさ、否定はしねェよ」



頭を上げると同時にサッチの手がドシリと落ちて来て、思わずわっ、と声が出てしまった。



「でももうあんなことはしないこと」
「は……いいたたたたっ」



ぐぐぐっと力を込められ頭を掴まれる。痛い、と言えばあんなことした罰だっ。と言われた。



手を離され顔を上げるとニッと笑ったサッチ、それにわたしも笑い返した。



「あ、あの…今回のことは、マルコには…」
「言わねぇよ、でも、バレるのも時間の問題だと思うがな」
「あ…はは……」



記者とかいなかったし、写真も撮られてないと思うんだけど…。


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