- ナノ -





「やあヨツバ!久しぶりだね!会いたかったよ!」
「こんにちはお兄ちゃん。早速だけど帰れ」
「酷い!」

きっぱり言い放つと、兄はショックを受けたような顔で叫んだ。
ああ、「兄」と言っても、意地悪で嫌味ったらしいゴヨウ兄さんのことではない。

「はるばるジョウトから会いに来たのに…ヨツバ、君は反抗期なのかい?」

実は、私には兄は二人いる。三兄妹なのだ。一番年上の兄が、毎度お馴染みゴヨウ兄さんである。そして、今ぶちぶち言いながら蹲っている仮面男。彼は、二番目の兄…要するにゴヨウ兄さんの弟で私の兄という立場なのが、このイツキお兄ちゃんである。イツキお兄ちゃんは、ジョウトのポケモンリーグで、兄さん同様エスパー専門の四天王として働いている。ややこしいので、「兄さん」「お兄ちゃん」と呼び方を分けている。
んで、お兄ちゃんは、普段はジョウトにいるはずなのに…。

「ヨツバと兄さんに会いたくなってねー!テレポートでパパッと来ちゃった!」
「いくらテレポート出来るからって、勝手にリーグ開けたらいかんでしょ!」
「大丈夫大丈夫、今日挑戦者全然こないし」

そう、お兄ちゃんは自身にもエスパー能力がある。だからテレポートを使ってちょくちょく私たちに会いに来るのだ。ジョウトリーグをサボって。

「連絡もなしに来た上サボりなんて、兄さんに見つかったらまた怒られるよ…」

当然厳しい兄さんがサボりを許すはずがなく、お兄ちゃんは毎度毎度兄さんのカミナリを食らっているが、懲りる様子はない。ちなみに、兄さんは今、久々に来た挑戦者を迎え討つため待機中だ。モニターに映るのは苦戦するオーバさん。この分なら兄さんは大暴れできそうだ。かなり好戦的に笑って出て行ったからなあ。

「この分なら兄さんもしばらく帰ってこないだろ?いいじゃん、お兄ちゃん寂しいんだよ」
「寂しいならワタルさんにでも構ってもらいなよ、お兄ちゃんのサボりの苦情は私らシンオウリーグに来るんだからね!」
ここまで素っ気なくしてもお兄ちゃんはめげない。歳が近いから話しやすいんだけど、いい加減ウザくなってきた。
「もう!いい加減帰りなよ!もし兄さんが帰ってきたら…」
「だから大丈夫だって!」
「何が大丈夫なんです?」
突如割り込んできた第三者の声に、私とお兄ちゃんは凍りついた。
ギギギと振り返ると、そこには、
「兄さん!」
絶対零度の笑みを浮かべた兄さんの姿。
モニターを見ると、オーバさんが逆転勝ちしていた。

あ、やばい。暴れられなくて気が立ってる。

この後、お兄ちゃんがどんな目に遭ったかは、精神衛生上語らないでおく。




で、10分後。

「全く、いい加減そのサボり癖をどうにかなさい!」
頭にたんこぶを作ったお兄ちゃんは、正座で兄さんに説教されていた。当たり前だ。
「ヨツバもです!イツキがサボるようなら殴ってでも追い返すよう言いましたよ!甘すぎます!」
巻き添えキター。勘弁してくれ。話題を逸らそうか。
「ていうかお兄ちゃん、テレポート使えるのに盆と正月の里帰りはちゃんと飛行機で来るよね。なんで?」
「…そういえばそうですね。私はエスパー能力がないので交通機関を使う基準がわかりません。」
良かった!兄さんが乗っかってくれた!
「うーん…気分的な問題と、あと泊まりのための荷物までテレポートさせるのだるいのと、あとリーグから里帰りの交通費出るから」
「せこっ!」
「貰えるもんは使わなきゃもったいないじゃないか!」
「ワタルさんに、お前の交通費を抜きにするように打診しましょうか」
兄さんが冷ややかに言う。
「止めてよ!…まあ、結局里帰りと言ってもシンオウリーグにお邪魔するだけなんだけど」
「正直ただの出張だよね。」
「しょうがないじゃん実家帰りたくないもん」
「もんとか言うな」
そう、お兄ちゃんも実家に帰りたがらないので、私たち三兄妹はシンオウリーグで集まって年越ししたのだ。
なんだかんだ盆と正月には集まる私たちは、仲良しなんだろう。兄二人は、私の誇るべき家族だ。
と、

ピピピピ…

お兄ちゃんのポケギアがけたたましく鳴り出す。
「やば!カリンさんだ!」
ポケギアを見たお兄ちゃんが焦りだした。
「ごめん!そろそろ帰るね!じゃ!」
お兄ちゃんは言いたいだけ言って消えていった。テレポートでジョウトに帰ったのだ。
「あれは何がしたかったんでしょう」
お兄ちゃんがいなくなって静かになった室内に、兄さんのため息が響いた。
「でも、お兄ちゃんがいると、一気に賑やかになるよね。私、お兄ちゃんがいる時の空気、好きだよ」
私がそういうと、兄さんは、苦笑いで、「そうですね」と同調してくれたのだった。




もう一人の兄
(私たちの絆は強い、多分。)






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