■ (4)

 解散後は、穏やかな体を取りながら各自の緊張が満ちていた。まるで敷地内にピリピリとした空気の結界が張られているようだ。いつもの持ち場に向かい作業をするのが億劫なほど、もしくは、作業をして頭の中を空っぽにしたいほど、今日ばかりは落ち着きが保てなかった。
 身の置き場がない江雪の傍へ、小夜がついた。小夜の傍には、浦島がついて回った。
「……わからないことがあったら、聞いて」
 必要最低限のことしか言わないぶっきらぼうな施設紹介だった。そんな小夜の言葉数少なめの説明に、臨場感たっぷりで、やや不必要な情報まで付け足すのが浦島だ。
「小夜の説明じゃ半分くらいしか伝わんないぞー。わかんないところだらけだよ」
「そう。悪かったね。苦手なんだ、こういうのは」
「小夜はサービス精神が足りないんだよ。もっとこう、アピールしないと女の子にモテないぞ!」
「あまり興味ないな……」
「ガキだなー! まあガキだなー! ちっちゃいもんなっ」
 浦島はわしわしと小夜の頭を撫でた。すっかり子ども扱いだ。小夜は心のうちを見せることなく、ただ仏頂面でされるがままに立ち尽くしていた。
 江雪には、浦島が一方的に小夜のことを愛でているように見えた。
「弟と仲良くしていただき、ありがとうございます……」
 長兄としての礼のつもりだった。軽く冗談交じりに受け流すかと思いきや、浦島は妙にかしこまって肩幅を縮める。
「やっ。仲良くしてもらってんのは俺なんですよ! 本当ですよ!」
「蛇の道は蛇って言うからね」
 ポソリと小夜が低い声でつぶやく。ギクリと浦島の口の端が引きつった。賑やかで明るい印象の浦島には似つかわしくない翳りは、周辺に満ちた緊張とは異なる影だ。
「いきなり、本当にいきなりですみません。本当に、ここに来たばかりだし……でも、その、ちょっと……相談乗ってもらっても、いいですか?」
「はあ。なんでしょうか」
 浦島の大きな目が真剣に江雪を見上げる。これには江雪も戸惑うばかりだった。しかし、黙って聞くことしか、この本丸を知る手立てはなかった。

*****

 浦島の兄である蜂須賀小鉄は、最初期から審神者に仕えていた。業界ではいわゆる初期刀と呼ばれる秘書的存在である。部隊内では最高の練度を誇り、そもそもの気質や実力も備わっているため、非の打ち所がない隊長としての実力を存分に発揮していた。
 蜂須賀の力があり、任務は最小限のコストで最大限の結果を出していたと言えよう。怪我人が少なければ、手入れの時間も資材もかかるまい。その分だけ装備に力を入れ、無理をせず撤退する形で作戦を練っていたという。
 しかし、あるとき検非違使が現れた。検非違使はまるで時間の圧力そのもののような只者ならぬ強さで彼らを苦しめていた。鯰尾のわき腹をえぐり、蜂須賀の背中を斬りつけ、宗三を一息で破壊した。

*****

「いたんだよ。宗三兄さんも。今は、もう、いないけど……」
 悲しみも見せないよう、小夜はまっすぐの声で言ったつもりだった。それでも吸い込んだ息が湿気っぽい。言葉端の呼吸が小さく奮えた。
「……蜂須賀兄ちゃんは『重症のまま帰って手当てされるくらいなら、弟を助けて折れる』って言ったんだ。かっこいいだろ……兄ちゃんは知ってたんだよ。主さんが命削ってやってること。だから、だから……だからってさ……」
 額を抑える浦島。感情がふつふつと瞳へとこみ上げてくる。瞼が熱くなった。
「やっぱ蜂須賀兄ちゃんかっこいいよなぁ。主さんと俺達のこと、命がけで守ったんだぜ。自慢の兄ちゃんだよ。だからさ……本当に悔しくてさ……俺……どうしていいかわかんないんだよ……」
「簡単だよ。浦島は、自分の意思をとりたいのか。それとも、主をとりたいのか。主をとるということは、主を守った蜂須賀の意思を取るということ」
「それで割り切れないから苦しいんだろ!」
「その通り」
 小夜は一つ頷く。まるで大きな声を出した浦島を鼻でせせら笑うようだ。浦島は少しカチンと来たように口をへの字にした。
 じりじりと小夜が視線を上げて、江雪を見つめる。まっすぐ過ぎる視線。しかし薄ら寒いような空虚さが瞳の奥で空回りしている。何もできない、ということへの、苦しいほどの絶望が彼の青い瞳を凍えさせていた。
「兄さん。どうやって僕たちのこと、救ってくれるの。まさか駄々こねるだけで何もしないなんてこと、ないよね?」

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