■ (3)

 審神者は困ったように小首を傾げた。
 唖然とする場を、取り持つように言葉を放つ。
「あぁ、はい……そうですね……私も、嫌い、です、戦い……。できれば、戦いたく、ない……」
 うん、うん、と、審神者はどこか玩具染みた様子で数度頷く。
 見ていられず、同田貫は江雪の胸元をぐっと掴んだ。
「甘えてんなよ。それじゃ済まないんだよ!」
「……いえ、いいえ。いいんです。それで済ましちゃいましょう」
 軽い調子だった。審神者は軽く首を振る。
 掴んだ江雪を突き飛ばし、今度は審神者へ喰ってかかるように同田貫は詰め寄った。
「馬鹿言うなよ! お前がそんなことでどうすんだっ!」
「違うの。私が間違っていたの。戦う意志がない方を戦場に放り出すのは、よくないと思います。皆さんも、無理しないで」
 ぐるりと連中を見渡す審神者。
 気まずい空気が流れていた。
 鯰尾はわき腹を触りながらつぶやく。
「出陣……しなければ、俺達は怪我しないし……そうしたら、主は……」
「それも違います。そんなことは気にしなくていいんです。私は所詮、政府の消耗品ですから」
 どこか諦念を込めた微笑だった。審神者はそれでも笑っている。何も知らない者には暢気にすら見えるが、残念ながら、江雪は他人の機微に敏感だった。
「馬鹿野郎! ふざけんなっ! 何が消耗品だ!」
 ドン! と、同田貫の拳が畳を叩いた。
 びくり、と、審神者が肩を縮込めた。
「おい同田貫、落ち着けって。お前、声でかいんだからさあ」
 難しいことは苦手、と、一歩引いていた御手杵が、怒った同田貫の肩を掴んだ。もしも手が出てしまっても、すぐに止められるように。
 同田貫は奥歯を食いしばる。ふっ、と、感情を吐き出す、腹からの深い呼吸。もう立ち上がることもないと言わんばかりに、腕を組んで目を閉じた。
「……俺は……もう出陣しない」
「えっ?」
 同田貫の発言に、一同の目が丸くなった。
 肩をつかんだ御手杵も同じように目を丸くし、そして、肩を落とすため息をついた。
「俺もやめとく。刺すしか脳がないけど、心はちゃんとあるつもりだ。ここにな」
 とんとんと心臓を拳で叩く御手杵。後ろ手をついて、ペタンと畳に座った。いつも通りの能天気な笑みだった。
「よしっ! もう出陣はやめよう! 主のために!」
 鯰尾が声を張り上げた。骨喰は黙って小さく頷いた。
 相変わらず、審神者は曖昧な笑みを浮かべている。
「……困りましたね。解任されてしまいます」
「それでいいんだよ。それでよ」
 同田貫は、ぼそりと呟いた。
「ストライキされてしまいました。審神者失格だあ……」
 は、と、審神者は笑うような息を吐く。俯く瞳にじわりと涙が浮いていた。 
「すみません……一体、何が起こっているのでしょうか……?」
 ちっとも話が読めない。江雪は自分が立てた波紋に不安になって、小さな声で鯰尾へと問いかける。ここまで黙って聞いてきたが、このままではずっと置いてけぼりにされそうだった。
「……俺達を治すと、主さんが弱るんです」
 悲しみを込めて、鯰尾は目を細めた。
 小夜が付け足す。
「主は生命力を削って僕たちの手入れをしているんだ。だから、僕らが修復にかかる時間の分だけ、主の寿命が縮んでいる。先日、彼女が倒れてようやくわかったんだ。……既に、もうあまり長くないのかもしれない」
「うるせえ! 黙れよ、餓鬼!」
 聞こえるか聞こえないかわからない小夜の言葉を、同田貫は怒鳴って掻き消した。
 小夜は微動だにせず同田貫を見つめ返している。怒ってはいない。深いところで不安定な心がじぃっと背中を丸めている、感情を押し殺した瞳の冷たさだった。
「ありがとう。みなさんの気持ち、とっても嬉しい……」
 順々に仲間の顔を見渡す審神者。涙を引っ込めて、いつもの日向ぼっこをしているような微笑みが浮かんでいる。
「けど、私はここで死ぬことに価値があるんですよ。みなさんと同じ、命懸けなんです」
「あんまり卑屈になるなよ。逆に傲慢だぞ。それに、無理すんなって言ったのあんただろ。責任者のあんたが適当なこと言うなよなー」
 掴みどころのないようなぼんやりしたいつもの調子で、御手杵は審神者に言い返した。
 困りきって、審神者は眉を下げた。言葉が継げなかった。
「……俺が死んでも俺の主は死なせねぇ!」
 同田貫は腹から声を出した。障子が震えるくらいの大きな声だった。
 ぞっとしたように浦島が肩を震わせた。
 小夜はチラリと浦島を見上げ、手を握る。
 握り返す浦島の手は冷たく汗をかいていた。

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