■ (2)

 第一印象は、派手、だった。明るい色の髪と、職業を問いたくなる突飛な柄の着物。浦島虎鉄の格好に思わず目を丸くした江雪だが、やはり、表情の変化に気がつけるものはいなかった。
「おっ。新入りさん?」
 彼もまた、鯰尾のような人懐こさがあった。軽快な笑顔を向けられて、江雪は傾げるように会釈して「江雪左文字です」と本日何度目かの自己紹介をした。
「兄さん……?」
 浦島の後ろに立っていた子供が顔を上げる。高い位置で結った髪がやせ細った枯れ枝の先のようにガサリと揺れる。小夜左文字の目つきは先天的に睨みつけているみたいだ。感情の浮かびにくい瞳の中の驚きの機微は、流石血縁、兄には伝わった。
「久方ぶりですね、小夜」
「あぁ、うん……」
 江雪の呼びかけに、小夜は、戸惑いを含んだ声を返す。
「なんだよ、小夜。兄ちゃんだろ。嬉しくないの?」
 面倒見がいいのだろう。江雪よりも実の兄らしく、浦島は小夜の肩を小突いた。小夜も嫌がっている様子はなく、素直に揺られていた。
「……そういうわけではない。ただ……ここは、兄さんには向かないかもしれない」
「向かない?」
 浦島が、じぃっと江雪の顔を見上げてきた。鉄仮面のように痛切な無表情、に見える。内心では動揺していることも深い色の瞳に沈んでしまうのだ。
 浦島は軽く頷いた。どこか合点のいくところがあったのだろう。
「あー……主さん、そろそろ来るから」
「はぁ」と、江雪はため息のような相槌を打つことしかできなかった。
 足音が二つ、近づいてくる。どこか不ぞろいな印象だ。
「わぁっ」
 ささやかな女性の悲鳴だった。一同が心配から緊張するのが、事情をわからない江雪にまで伝わってきた。
「馬鹿! 無理すんな!」
 乱暴な男性の怒鳴り声だ。それでも女性は威嚇されることもなく笑うので、仲が悪いわけではないのだろう。
「大丈夫ですかあ?」
 鯰尾が障子を開けて、廊下を覗いた。
 すぐそこまで来ていた女性は眉を下げて困ったように笑っていた。
 がっちりとした体格わりには小柄な、目つきが悪い男が女性の二の腕を掴んでいたが、ぱっと手を離してそっぽを向いた。同田貫正国だ。
「離れろっつうの」
「ごめんなさい。滑ってしまいました。いけない、いけない」
 女性は小首をかしげて照れ笑いを浮かべる。見た目よりは少しばかり年なのだろう。青白い肌とやせ細った華奢な体は陽のあたらないところで育った枯れ枝のようであり、事実とは別にしても臓器のどこかが悪いのではないかと直感的に思わせる不健康さがあった。
「主さん、主さん。小夜のお兄さんが来ましたよ! 江雪左文字さんです!」
 鯰尾が両手のひらを上にして江雪のことを示した。こうされても気まずいものだが、江雪は「どうぞよろしくお願いいたします」と軽い会釈をした。
 派手やかな動作に和んで、女性はふっと微笑む。
 同田貫は斜に構えて眺めるだけだ。
「私は、ここの審神者です。よろしくお願いいたします」
 深々としたお辞儀だ。顔が上がると、どこかホッとしたような笑みだった。 
「江雪さんは、太刀なのですね。お強いんでしょうね」
「……どうでしょうか……」
 力量に自信がないわけではなかった。しかし、興味もないことだった。どうでもいいから、言葉を濁す。
「控えめな方なのね」
 審神者は口元を押さえて静かに笑った。春風のような上品な笑い声は、男ばかりの場所には少々不釣合いなほど浮世離れした少女らしさがあった。刀のときに、見たことがある。位の高い人間が持った刀ほど、彼女のような人間に出会う機会は増えるだろう。深層の令嬢、というものは、戦場で振るわれる実践用の刀とは正反対の位置にいるものではないか。
「私は……戦いが嫌いなので」
 もしやこの人ならばこの気持ちをわかってくれるのではないか。江雪の心に、孤独とも希望とも言いがたい感覚がよぎる。わかられたからといってだからどうだという諦めも、口にしたあと、すぐに訪れた。
 ぽつりとつぶやいた言葉に、場が凍った。向いていない、と言った先ほどの小夜の言葉を思い出すもの数名。

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