■ (1)

 意識が芽生えた瞬間、以前よりそのようであったという不思議な感覚を抱いた。人の体であることに微塵も違和感を覚えない。そのことが心地悪くて、江雪左文字の眉間に皺が寄った。
「こんにちはっ。俺は鯰尾藤四郎って言います。あなたのお名前を教えてもらってもいいですか?」
 長髪の少年、鯰尾が人懐こく笑いながら見上げてきた。ふとすると女性にも見間違えてしまうような中性的な顔立ちに江雪は多少驚く。傍からは、怪訝な表情、に見える。
「江雪左文字……です」
「左文字? じゃあ、小夜君のご兄弟ですね」
「小夜は、こちらに来ているのですか」
「はい。もう随分前に。とっても頼りがいのある仲間ですよ!」
 鯰尾は遠慮なく江雪の手をとった。突如のことに江雪は驚くが、若干眉が上がった程度で、初対面にはとうてい感情が伝わるものではない。それでも鯰尾は「ささっ、こっちにどうぞー!」と朗らかに笑って手を引いた。

*****

 広間には数名がいた。ちょうど戦から帰還して一息ついているところらしく、反省会のようなやり取りが行われていた。江雪たちが顔を見せると会話は一旦中断された。
「あれ? 主さんは?」
「部屋にいる」
 手短なそっけない回答は、鯰尾とよく似た服を来た白髪の少年、骨喰藤四郎だ。
「新入りか」
 骨喰の大きく涼やかな瞳が江雪を捉える。
「江雪左文字と申します」
 名乗り、軽く頭を下げる。長い髪が肩から落ちると頭が床へと引っ張られるような重みを感じた。
「小夜君のお兄さんだって。似てるよね。目ぇとかさ!」
 鯰尾は朗らかにつけたす。
 あぁ、とか、よろしく、とか、承知の声がちらほらあがった。
「小夜なぁ。今ちょっと立て込んでるから、せっかくだけど少し後にしてやってくれねえか」
 どこか気を使ったようではあるが、おおらかそうなのんびりした口調。緑色のジャージを着た大柄な青年は御手杵である。
「もしかして……」
 鯰尾は顔色を青くする。
 御手杵も、目を細めて緊張を伝える。
「重症だったからな。もう手入れは終わってるし、浦島がついてる」
「……」
 せわしなく喋るような鯰尾の早口が、止まった。
「すまない。かばいきれなかった」
 骨喰が俯きがちに呟く。
「……いや、そういうもんだよ。俺達でもきついんだから、体の小さい小夜はもっときついさ。兄弟は大丈夫だった?」
「あぁ」
「よかった。それが一番だ」
「……あぁ」
 苦いような笑みを鯰尾が浮かべた。辛く気まずそうに骨喰は眉を寄せる。
「すみません、江雪さん。主さんにご紹介しようと思ったんですけれど、もう少しだお時間ください」
「はぁ……」
 どうして、と、追いかける性格ではない。江雪はため息のように相槌を打った。
 今、ここで何が起こっているのか。江雪にはちっともわからなかった。ピリピリした空気が肌を突き刺してくる。一同、ともにどこか疲弊しているようにも見えた。
 どうしようもなく心がざわつく。不安の雲が翳りだしていた。
 戦は、嫌いなのだ。

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