きみのひ

 世に言う、倫理観だとか常識だとか、純愛だとか貞操観念だとかとは、かけ離れて生きてきた自覚がある。
 そう言う範疇のものは、多分ちっちゃい頃からの育った環境で培われるものだ。ならその時に一緒にいたのが、とんでもない考え方をする奴だったなら、そりゃあもうズレて育つのって当たり前だと思う。それが、立派な反社のトップを走る組織で幹部なんてしてる人なら、なおさらのこと。
 
 
 
 私の目の前で、私の人権を争ってる二人が、その私をこの常識知らずに育てた元凶たちである。
「今日は俺の日」
「は!?」
 灰谷蘭と灰谷竜胆。昔は六本木のカリスマで、今や反社の幹部にまでなった、頭のネジが何本か飛んでる男たちである。蘭ちゃんと竜ちゃんとの出会いは、私がまだちっちゃい頃、と言っても小学校五年生くらいの時だった。
 私の親はまぁ俗に言う育児放棄というやつで、暴力こそ振るいはしないけど、養育という精神をドブに捨てた人たちだった。あったかい手料理なんて食べたことないし、お袋の味は菓子パンだし。そんな家にいても楽しくないやって、家出同然で外をほっつき歩いてばかりいた私も、まぁそこそこにネジは外れていたと思う。
 でも小学五年の子供が夜に行く宛なんてないし、公園のブランコで深夜に黄昏てた時に、私を見つけたのが二人だった。四つ上と三つ上の男の子、初めの印象はそんなものだったけど、一緒にいるうちに警棒で人を殴るわ、人の関節をパキパキ外すわで、まともじゃないなぁと思った時にはもう時すでに遅し。私を気に入ったまともじゃない男たちから、ちっちゃい女の子が逃げられるわけがなかった。
 そのままずるずると引きずられるように、二人と一緒に生きてきて、今や立派な反社会勢力梵天幹部、灰谷兄弟の情婦なんて呼ばれるまでになったのである。まぁ普通に楽しく生きてきたし、これからも楽しく生きていくのでオールオッケー無問題だ。多分、私も頭のネジは結構外れてるようである。
 まぁ、そんなことは置いておいて、今私は目の前で人権を争われている。親権じゃなくて、人間が誰しも生まれた時から持ってるはずの人権を、ないないされて勝手に好き勝手されてるのだ。というのも、この二人が仲が良すぎるのが問題で。
 兄の蘭ちゃんも私を気に入ってて、竜ちゃんも私を好きになっちゃった。普通なら私のために争わないで〜って展開になるやつなのだけれど、この頭のネジが外れた紫頭兄弟は残念ながらそうはならなかった。
 この二人は、二人とも好きならシェアしちゃえばいいじゃん、というアホみたいな結論に至ったのだ。それは、まぁそれでもいい。私だって二人とも同じくらい好きだし、殴り合いで決めても、シェアに至っても結果的に大差はない。多分。
 問題なのは、私の体が一つしかないことだ。この二人、シェアするのに決めたはいいけど、そもそも我が強いのでシェアに向いてない。どっちも自分の方を向けと言われても、私の首は一方向しか向かないから、一人は後頭部とお話しすることになるのだ。それがお気に召さなかったらしく、じゃあ担当の日を決めよう、とりあえず交互に独占なってなった結果がこれである。譲り合いの精神を幼稚園から学んできたほうがいいと思う。
「兄貴は昨日一緒に寝ただろ!」
「夜だけだし〜、デートとかしてないからノーカンだって」
「それは出張だったから! しかも俺も一緒に出張したのに追い出したんだから、俺の日でいいじゃん!」
 どっちでもいいって言ったら多分、二人とも興味ないのかって怒り出すから何もいえずに喧嘩を眺めていた。
 正直な話。私はこの交互に独占の制度には不満があるのだ。昨日は暫定蘭ちゃん、出張で三日空いて、その前も多分蘭ちゃんだった、その前の日は竜ちゃん。蘭ちゃんと竜ちゃんが交互に来るのに、私に何も決める権利がないの、おかしくない? と思うのである。
「ねぇ、」
「あ〜?」
「ンだよ」
 なんで不機嫌なんだろ、ちょっとムカつく。私のこと勝手に決めちゃうのに、私が口出ししたら不機嫌になるなんて、唯我独尊もいいところである。それでこそ灰谷兄弟だって、二人を盲信してる部下さんとかは言うんだろうけど、勝手に独占契約される側としては不満極まりない。
 元々ないとは言い切れないけど、反社で情婦なんてやってたら、度胸ははちゃめちゃに身につくんだ。不満はイヤって言わないと、女に権利がない世界だからね。
「蘭ちゃんの日と、竜ちゃんの日はあるのに、私の日がないのおかしくない?」
 むーって顔をして不満をぶちまけた私に、蘭ちゃんと竜ちゃんはあっけに取られた顔をする。あ、この顔知ってる。自分達の常識をひっくり返された顔、よく二人が取引先にさせてる顔だ。
「ん〜?」
「えーっと?」
「だから、二人は私を好きにできる日があるのに、私が二人を好きにできる日がないの、おかしいでしょって言ってるの」
 私は間違ったこと言ってない。恋人として、お付き合いをしてるかという問題はちょっと端っこに置いておいて、幹部の情婦として囲われてるとしても、私と二人は対等な関係である。他の幹部の人が囲ってる女の人がそういう立場かは知らないけど、私と蘭ちゃんと竜ちゃんは対等。上とか下とかはないのだ。
 だからこそ、おかしい。独占権が二人だけにあるのはおかしいのだ。私だって、二人を好き勝手したいのである。
「う、うん」
「お前の言ってることはわかるよ」
 私の剣幕にちょっと焦ったような顔をする蘭ちゃんと、しっかり焦ってる竜ちゃん。こんなこと言われるなんて思ってなかったのが、わかりきってる。それはまぁ仕方ない、私だってこんなに揉めてなければ別に言わなかったと思う。揉めてるからこそなのだ、どっちかで揉めてるなら、二人ともで良くない? ということである。
「だから! 今日は私の日ね、私が二人を独り占めにする!」
 にんまり笑ってそう言うと、二人はなんだかおかしな顔をした。いつも通りカッコ良くはあるけど、何かを噛み締めるような顔。面白いけど、なんか馬鹿にされてる気もしなくない。どうでもいいけど。
「兄ちゃん」
「ん?」
「俺たちの嫁が可愛すぎて死ぬかもしれん」
「オタクの部下がそんなタイトルのマンガ読んでたワ」
 なんかわけのわからないことを言ってるけど、とりあえずヒートアップした私の人権争いは、私自身の勝利で終わったようである。そりゃそうだ、私の人権だもの。ここはその人権というものが一番軽い世界だから、当たり前ではないんだけど。
 ヒートアップした日は、どっちにしてもどちらにしても夜がとんでもなくハードなことになるので、避けられてよかった。本当に、よかった。あとはもう二人を疲れさせて、夜はさっさと寝てもらうだけだ。今日は出張後のお休みだけど、明日は普通にお仕事だもの。ついでに私にもハニトラのお仕事もある。今日は確実に寝かせてもらわないといけないのだ。
「ということで、蘭ちゃんと竜ちゃんは、これから私をエスコートして、お出かけしてください!」
 両手を広げてにっこり笑うと、二人が眉をひくつかせて真っ赤になった。あ、ちょっとかわいい。初めからこんな顔見れるなんて、私の日の幸先は良さそうだ。
「あー、マジ可愛くてどうにかなりそ」
「信じられる? これ俺の嫁」
「俺たちの! な!」
「こらー! 喧嘩しない! 私の日に喧嘩は無しなの!」
 せっかくヒートアップしてたのを抑えたのに、他のことで喧嘩されたら元も子もない。それに二人の喧嘩、最後には凶器がでて、関節技が出て、血がどばどば出て洒落にならないのだ。低気圧かける寝起きの蘭ちゃんくらい、洒落にならないヤバさなのである。だから、せっかく勝ち取った私の日のお出かけ前に、喧嘩なんてされたらたまったもんじゃない。
「俺らに喧嘩すんなって言うのお前くらいだわ」
「いや、みんな思ってるよ。二人が聞かないし言わせないだけ」
 九井さんとか望月さんとか、部下さんとか。三途さんは日に油を注ぐし、鶴蝶くんはそもそも喧嘩好きなので背中押しちゃうけど、九分九厘の人は灰谷兄弟に喧嘩をしてほしくない派だ。なにその派閥馬鹿みたいと思うだろう。私もそう思う。でも、そんな派閥ができるくらい、二人の喧嘩はかなりの修羅場で、災厄なのだ。台風の中で歩き回る方が、全然マシなくらい。
「ふーんどうでもいい」
「心底どうでもいい」
「ほらね、だからみんな言わないんだよ」
 二人がこんな感じだし、喧嘩の種は尽きないので、矛先を三途さんが引き受けてくれる時以外はこれからも、修羅場は起きるだろう。今日はなさそうだから、もうそれでいい。今日がよければ全てよしだ。明日は明日の風が吹くんだから。
「ともかく! 今日は喧嘩はダメなの!」
「はいはいわかったわかった」
「お姫サマのお望みど〜り、喧嘩しねぇからワーキャー喚くな」
 あ、蘭ちゃんちょっと飽きてきてるな。蘭ちゃんがこういう芝居がかった言葉遣いをする時は、退屈になってきた時と興味が尽きてきた時だ。そろそろお出かけしないと、私の日の時間が少なくなってしまうから、いい頃合いだろう。
「わかればいいの。……で、今日はどこに連れてってくれるの? 蘭ちゃん王子様と竜ちゃん王子様?」
 蘭ちゃんのお芝居に乗っかって、二人の大好きなニッコリスマイルで首を傾げて見せる。私、二人といてお芝居も上手くなったの。ハニトラ結構上手って、九井さんにも褒められるくらい。
 蘭ちゃんと竜ちゃんはきっとそんなの気づいてるだろうけど、今日という特別な日は乗ってくれるらしい。心の中でガッツポーズを決めた。
「お前人を乗せる天才だよなァ」
「好きなとこ連れてってやるよ、どこ行きたいの?」
「うんと、ね。まずは……」
 いつも撫で回されて、好き勝手めちゃくちゃにされるのだ。今日は私の日だから、蘭ちゃんと竜ちゃんにされた。ら分を倍返しにして、めいっぱいお姫様を満喫してやろう。こんな日、次にいつ来るかわからないもの。
 今日がどう終わったって、明日なにが起きたって。私たちが三人ずっと一緒なのには変わらないけど、今が楽しいのが一番なんだから。この後、二人がどれだけ不満を言っても、今日は私の日だ。
 世に言う、倫理観だとか常識だとか、純愛だとか貞操観念だとかとは、かけ離れて生きてきた自覚がある。
 そう言う範疇のものは、多分ちっちゃい頃からの育った環境で培われるものだ。ならその時に一緒にいたのが、とんでもない考え方をする奴だったなら、そりゃあもうズレて育つのって当たり前だと思う。それが、立派な反社のトップを走る組織で幹部なんてしてる人なら、なおさらのこと。





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