ジャックは台所に立つと、あっと言う間に、ほかほかの料理を作り出してしまう。黒いエプロンを結んで。スパイスをひとつまみ。さらさらと。あつあつのフライパンのなかをかき回して。湯気がくゆんで消えていく。香ばしい、見えない魔法が鼻をくすぐって。口の中に甘い液が満ちるのがわかって、くっと飲みこむ。できあがったものは、ぴかぴかのお皿の上に。
「おいしそう」
さっきまで、ただの野菜だったのに。緑の深い草。ごろごろした、土の匂いがする実。つやつやのでこぼこ。エトセトラ。エトセトラ。みんないっしょになって、ジャックの指先の上で踊る。切りそろえられてゆく。
「魔法使いなの?」
ふ、とジャックが笑った。
「お前だって今に出来るようになる」
「じゃあ、ティーは魔法使いの弟子?」
「俺に弟子入りするのか」
「だって、ジャックしか教えてくれる人がいないよ」
そうなのだ。彼しかいないのだ。わたしには彼しかいない。
でも、彼はどうだろう。
彼は誰に魔法を教わったのでしょう。わたしじゃない誰か。もちろん、誰だっていいのだけれど。今はわたしだけのひとなのだから、誰だっていいのだけれど。
「ティーにも魔法が使えたらいいのに……」
やさしい指先がお皿に触れる。
「……女には、男には使えない魔法が使える」
ジャックは懐かしいものを思い出す顔をしていた。それは、わたしじゃない。ジャックが想いをはせて、懐かしんでいるのは、わたしじゃない。
「それは、どんな魔法?」
招き寄せられて、手をとられる。耳に触れる唇。きっと、彼はここがわたしの弱いところだと知っている。甘い囁き。秘密を教えるみたいに、こっそりとしている。
「たくさんある。女のほうが、魔法をかけるのは得意だと思う。お前だって、ちゃんと使えてるよ」
ジャックの親指が、手首をさする。ぞくぞくとした。瞳が潤んでしまう。うそつき。いま、わたしに魔法をかけようとしているのは誰。
「ティーも、ジャックに魔法をかけたことがある?」
ふしぎな感覚が、胸に巡る。ぴりぴりして、息をするのがむつかしくなってくる。
「うん。お前は、きっと魔女だ」
低い声が耳を撫でた。とくとく。わたしの心臓が小さく鳴っている。胸の奥で、ふるえている。
「……手、洗ってこい」
いとしい熱が、そっと惜しむように離れていった。
ねえ、わたしの魔法使い。わたしは一体どんな魔法をあなたにかけたというの。わたしの言葉が呪いに? それともこの指が?
わたしに何ができたでしょう。それはまだあなたの中に残っている? わたしはあなたを幸せにする魔女?それとも−−−−−。
「いただきます」
あたたかい食卓。食べて、このからだを、おいしい魔法で満たすのだ。
どうかこれからもわたしだけの魔法使いでいてください。わたしも永遠にあなただけのものでいます。
わたしが魔女なら、きっとそういう呪いをかける。
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